並盛とゆるキャラ



 今日も今日とて忙しいはずのマフィアのボスは、うきうきと並盛中学の応接室を訪れた。可愛い教え子はいつもの席に座って、仕事をしているらしい。真面目なのだ。と、そこでデスクの上に山と積まれた大量の葉書にディーノは気づいた。
「よう恭弥! どうしたんだそれ」
 どうやら葉書の裏には、どれもイラストが描かれている様だった。それがうずたかく、机の上で楽しげに囀っている小鳥が下手に倒れると埋もれてしまいそうなほど積まれている。ひょっとして危険じゃないだろうか。
 イラストは見るからに幼稚園児作、といったものからプリンターで出力したらしいものまで様々あったが、共通項としてはどれもまあどうしようもない出来だということだろうか。ダヴィンチやミケランジェロを生んだ国の国民としては、どうにもかわいそうになってしまうクオリティである。
「ん。実は並盛でもゆるキャラを作ろうかと思ってね。今選定中なんだ」
「……へえ」
 いつの間にやら日本通の身の上であるから、ゆるキャラなるものが流行っていることは知っている。公共団体等の地域色を取り入れたキャラクターで、商品展開を行っているものも多いとか。その決定権がおまえにあるのかよ、とは突っ込まなかった。並盛中学の生徒の両親親戚縁者その他分の選挙票ぐらいは余裕で持ってそうな秩序様である。
「面白そうだなー」
「碌なのがないよ、全く」
 ぽい、と雲雀が葉書を放ると、小鳥が咥えて右の山の頂上に載せた。ああ確かにこれは碌なのじゃないなあ、とそれを覗き込みながらディーノは思った。
 取り敢えず、審美眼を養うための修行までカリキュラムに加えねばならないわけではないらしい。美術館デートとか、楽しそうだけど。
「お、これは何だ?」
「それは全国のゆるキャラの資料だよ。参考にしようと思って」
「ほう」
 ほんと真面目なんだよなあ、とディーノは微笑ましく思ってみた。大人しくしていれば見た目ただの品行方正な学生である。ちょっと、いやかなりすごく可愛いくらいで。にこにこしながら葉書の横に置かれたプリントをディーノはぺらぺらとめくってみる。
「へえ……うわー……」
 とにかくこの大量の葉書に描かれた絵が、特別個性豊かな出来栄えというわけではないことは判った。なんということだ。
「こりゃまた見事に……あ、これはけっこうかわいいんじゃね?」
「……ああそれはな○すけだよ。杉○区のキャラクターなんだ」
「へえこれがそうなのか。はじめてみたぜ」
「知ってるの?」
「おう、今人気なんだろ? 恭弥に似てるって」
「……………………どこが」
「んーと何だっけ。(地元に)怪獣(がでても勝ちそう)で妖精でエコなキャラ」
「……」
「あれ? 恐竜だったっけ」
「どこがエコ?」
 あ、前二つは突っ込まないんだな、とは思ったが聞かなかった。どんな隠し球が出てくるかわからない弟子である。それとも結構いわれ慣れているのかもしれない。
「ん、ツナから聞いたんだよ。風紀委員が最近ベルマークのカツアゲやってんだろ?」
「エコとはなんか違う気がするけど。ふうん、草食動物がそんなことを。人聞きが悪いね」
 とんでもない笑顔で風紀委員長は目を輝かせた。
「オオレの勘違いかも知れねえ! 徴収、徴収っていってた!!」
「そう? まあ集まりが悪いクラスの責任者は咬み殺すけどね」
「……そうか。まああれだ。ボランティアに積極的なのはいいことだよな」
 口唇を尖らせてそっぽを向く。嘘偽りなく、褒めてやりたいと思っているのだがどうもうまく伝わらない。そりゃ多分応接室の備品が欲しいとか、そんなとこなんだろうとは思うけれども。
「僕はゆるくないよ」
「ああそうだな。恭弥はまだかなりキツくてたいへ……いって、いってえ! いってえって!!」
「意味がわからない」
 おまえそれのどこがわかっていないってと、突っ込みたくなるような表情を浮かべて雲雀はディーノの髪をひっぱった。幼い反応には罪悪感も湧くが、ほんの少し前まで、かなり際どいことをいってからかっても、本当に全く意味がわかりませんという表情を浮かべていたのだ。正直可愛くて仕方がない。
「そうか」
「馬鹿みたいな顔しないで」
「……おう、それが恭弥の望みなら努力する」
 ふいと他所を向かれた隙に、世界平和とか何かについて考える。それかCO2排出量について。たしかな○すけは空気清浄機能が備わっていたはずだ。だがそれは雲雀恭弥だとてそうで、そこにいるだけで周りの空気が煌いて見える。汚れたマフィアのボスとしたら、脈が上がって息苦しくなって仕方がない。
「なおったか?」
「……代わり映えないね」
「うーん……なあ、それよりこれって並盛のキャラなんだろ。だったら恭弥がなりゃあいいじゃねぇか」
「だから僕はゆ」
「それはわかってるって! でもほら、恭弥あっての並盛だろ?」
「……」
 真面目な顔をして考えだした。その前に一瞬、悪い気はしないとでもいいたげに口唇を緩めて、まったくわかりやすいったらない。
「なー、オレが描いてやろうか」
「無茶だよ」
「そういうなって。ガキの頃から絵は得意なんだぜー。それに恭弥の可愛くてかっこいいとこ、一番わかってんのはオレだろ」
「かわいくないよ」
「こういうキャラはかわいくねーとまずいんじゃね?」
「……紙はそこ」
 ソファに座りわくわくとペンを握ったディーノだが、小一時間経つ頃には自分の画力の限界を実感していた。脳内のイメージを紙に写すだけのことが何でこんなにも難しいのか。しかもそのイメージよりも更に可愛らしい人が、隣に座ってこちらの手元を覗き込んでいる。やりにくい。
「ねえ、あなた一体何枚同じものを描けば気が済むのかな」
「え? ちょっとずつ進歩してるだろ?」
「変わらないよ」
「んなことねーって。あでもな、この頬のラインをもうちょいま」
「この背中に生えている羽は何」
「ん、妖精の要素が必要だろ」
 トンファーを握る少年が大きく広げている揚羽蝶の羽はなかなか美しく描けたと自負している。問題は丸っこくなおかつシャープな頬のラインだ。あと目元。あどけなくしかも射殺されそうできらきらしてる。
「この頭についてるのは?」
「トサカ? ほら怪獣でもあるわけだからな。可愛いだろ」
「何かそれを見ているととても生理的に不快な男を連想するんだ」
「……わるい」
 吐き捨てるようにいわれたので慌てて消しゴムで消した。誰ぞの髪型にした雲雀恭弥など、考えるも許しがたい。ディーノはしゅんとして、じゃあこのトサカはどこにつければいいかなあと考えてみた。ちょっと下がって首筋とか。いやそれはもうトサカではなくてたてがみだ。それはそれですごくいいけど。
「仕方ないね。僕が描くよ」
「え!! いやもうちょい待てって! すぐに完璧な」
「もう随分待ったよ。おいで」
 最後の三文字はディーノ以外の相手に向けられたものだった。デスクの上、相変わらず山と積まれた書類の隙間をアスレチックジムよろしく飛びまわっていた小鳥は、すぐに雲雀のほうへ舵を向けた。
 じいっと雲雀は対象物を眺めると、一つ重々しく頷いてペンスタンドを探る。並盛中風紀委員と印字された鉛筆の先が描き出していくものを、ディーノは呆然として見守った。いやまさか、この潰れてカビの生えた饅頭のようなものが、この目の前で盛んに囀っている小鳥なはずはない。「ヒバリ、カワイイ、カワイイ?」と繰り返す小鳥と、ディーノの必死の願いも空しく、雲雀は鉛筆を置くともう一度満足気に頷いた。
「これで決めた」
「え、いやちょっと恭弥おい」
 ぴ、と引きつるような声で鳴くと小鳥は飛び去っていった。いやちょっと待ておまえも逃げるな。この絵は多分お前であって、呪文一つで呼び寄せられる悪魔饅頭大王とかなんかそんなんじゃねえ。
「並盛の森に住んでいる鳥で、歌がうまいって設定はどうかな。CDも出せるし」
「うーそれはまあいいけど」
「可愛いしきっと売れるよね」
 取り敢えず美術館デート、もとい芸術方面に関する教育が早急に必要らしい。マフィアといえど幹部となれば教養を問われる場面も多いのだ。家庭教師として放っておけない。
「恭弥。……いいか、きついことをいうようだけどな」
「二位はあなたにあげるよ。三位は……えーとこれでいいか」
 見るからに適当に葉書を一枚引き抜くと、雲雀は散らかった紙をてきぱきと片づけ始める。
「二位?」
「うん、残りの中ではあなたのが一番いいんじゃない。一位には賞金五十万。二位と三位には商品が出るんだ」
「……」
 その賞品内容を知った時、ディーノは雲雀恭弥に美術教育を行うことをあきらめた。



 数日後、恋人と「二泊三日豪華並盛温泉の旅」に出たディーノは、和風旅館と露天風呂を大層満喫したらしい。だが、いつになく気前のいい恋人が自分が買ってやるといいはった、名物だという温泉饅頭を食べる時には、僅かばかり罪悪感に苛まれたということだ。全く鳥に見えない並盛市のゆるキャラ「ひばあど」は、そのキモかわいさが一部の女子高生に受けた。並中生もお守り代わりにストラップだのキーホルダーだのを持ち歩くので、売り上げは悪くないようだ。
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