浴衣



「いやー、おもしろいな。日本の祭りって。みんな浴衣でおめかししてくんだな」
 賑やかな屋台の色彩と食欲をそそる匂い。あと数十分もすれば夜空も華やかに彩られるだろう。だが、雲雀にはただ神経を逆なでしてくるだけだろう人ごみの色合いのほうがディーノには興味深かった。二藍、浅葱に縹、時には赤にピンク。いかにも日本らしく装いを凝らした女の子たちが、楽しそうに談笑している。着物とは違って正式着ではないのだという知識はあったが、正直素材が違うらしいことは流石にわかってもあとは大差ないようにディーノの眼には映る。わからないなりに、いかにもエキゾチックで魅力的だと思った。もちろん隣を歩く見渡した限りでは一番地味な濃藍に絣が入っただけの浴衣の雲雀が一番美しく見えたとしてもだ。白い肌とのコントラストが、鮮烈に訴えてくる。これ以上もっと白く汚されていないものが隠されているのだと。
「おめかしって程でもないでしょ。簡略着だ。要はバスローブだよ」
「バスローブって……それで外歩いてるとか考えるとなんかえろっちいな」
「……」
 軽蔑しきった、という表情を雲雀が浮かべる。大体いつも無口で無表情のように周囲は考えているようだ。確かに必要以上に会話したがらないようなところはあるけれども、表情はかなり雄弁で素直だ。わかりやすく、そして傷つく。
「庶民は銭湯を利用するのが一般的だったってことだろ。ギリシャとかローマとか、別に大衆浴場は珍しくもないでしょ。あなたみたいな人たちの巣窟だって何かで読んだ」
とんでもなく偏見に満ち溢れたことを雲雀がいって、ふんと鼻を鳴らした。
「いや人たちっていわれても……オレ恭弥以外興味ねぇし。大衆浴場とかは昔の話だからさ」
 リベラルというよりはマイルールで生きる人だ。四苦八苦して口説き落とした時も、男同士だということは問題ではなく、ただ自分自身と恋愛という事柄が結びつかないような反応だった。こんなことをわざわざいいだすということはかなり怒っている……気がする。
「どうだか。そんなに色っぽく見えるならさっさと口説いてくれば? あなたならよりどりみどりだろ」
 そしてかなりの馬鹿だ。背けてきた視線を捕まえて思い切り説教してやりたかった。いってわかる相手かどうかは別として。
「一番綺麗なのは濃紺に絣の……かな。色が白いから良く映える。風呂に入ったあとはすぐ赤くなるから……それはそれでかわいいと思うけど」
「ディーノ」
「着物とどう違うのかとかオレにはよくわかんねぇし、日本文化もわかってねぇけどさ、おまえがこの中で一番綺麗だってのはわかる」
 雲雀は小さく笑った。平気なように見せかけて苛立っていたのはわかっていた。
「……馬鹿だね」
「かもな。すげーかわいいし色っぽい。馬鹿かな、オレ」
「馬鹿だよ。いったろ。略装なんだ。そんな大層なものじゃない。お風呂に入ったあと着るようなものなんだよ。だからほら」
 ぐい、とディーノの髪をひっぱると雲雀は耳元で笑った。少し緩んだ首周りが赤裸々になった薄い肌を示している。
「だから肌襦袢だって着なくてもいいんだよ」

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