床下のキャバッローネ


「俺らのファミリーもこれだけになっちまったな」
 日の入り前の時間、これからの「借り」で使う道具の準備をしながらコーヒーを啜っていると、部下の一人がこんなことをいう。
「なんだよボノ、五千人もいればファミリーとしてやってくには十分人手はあるじゃねぇか」
 ディーノは思わずむっとする。ボスになって数年、ディーノは今日十四歳になる。この年で責務を全うするのは簡単なことではなかった。ただでさえ血の気の多い荒くれ者の集団。人間の世界は危険で溢れかえっているし、肉食系昆虫や鳥、そして猫………生きていくのは簡単なことではない。それでも父から受け継いだファミリーを何とかほとんど減らすことなく頑張ってきたのだ。いくら部下でも、そこまでいわれたくはない。
「ああいやそうじゃねえ。前にはこの家にも俺たちを入れて3つファミリーがあったからなあ」
「あ、それか」
「今頃どこで何してるんだか」
 ディーノ自身の記憶は朧だが、このイタリアの強大なマフィア(だということを「人間」たちの会話から聞きかじってきた)の家の床下には三つのファミリーが存在していたのだ。だが人間に姿をみられて、他の家に引っ越していった。姿をみられればどこかに引っ越さなければならないという、暗黙の了解があるのだ。
「………ごめんな」
「何いってんだ、ボス。いや、ちょっと柄にもなくしんみりしちまってよ。もっと他にファミリーがいればなあ」
「ん? そういうもんか? 酷なことをいうようだが、分け前が増えたわけじゃねぇか」
 人間に気づかれずに「借り」られる資源はそう多くはない。慎重であるに越したことはないのだ。いくら強大なマフィアらしく多くのものを蓄えている家とはいえ、何がきっかけで人に気づかれるかわからない。
「それはそうだけどな。女性がな。あんたの母上………先代の奥様がなくなってから誰もいねぇだろ」
「ああ。そっか。そうだよな華が足りねぇよな」
 わかったように返答するが、ことあるごとに語られるその話題はディーノにとって実感を伴ったものではない。幼い頃に亡くなった母親に関する記憶は殆どなかった。
「そういう話じゃ………いや、まあ、あんたはそのままでいてくれ」
「なんだよ」
「いやなあ、俺らもここから引っ越すんだしな。いろいろ思い出しちまったのよ」
「………」
 引っ越すきっかけになったのはディーノのミスだ。いつものように「借り」にでかけ、そして何故かミスって、荷物を音を立てて落としてしまった。それで姿をこの家に住む綱吉という少年にみられたのだ。だがその後何回か顔を合わせただけだけれども、彼は悪い人間ではなかった。むしろ気が弱く少し頼りないが優しいところがあって、どこか昔の自分を思い起こさせる。体は向こうのほうが何倍と大きいのに、まるで弟のように思える時もあったのだ。だが掟は掟である。ディーノは自分の部下たちを守る責任があって、どんなにこの家に愛着があろうとも、彼らを危険にさらすわけにはいかない。
「おいボス気にすんなよ………あ、ロマーリオ!」
「ロマ! どうしたんだお前!」
 がやがやと声がして視線をやると、家の中に入ってきた部下は足を引きずっていた。そして彼を支える少年は見慣れない顔だ。黒すぐりの実のような、きらきらした目が印象的だった。自分の部下ではないことはすぐに分かった。外の世界にも自分たちと同じ仲間がいた、ということなのだろうか。
「あなたがこの群れのボス?」
 少年は口の端に笑みを浮かべると、肩を組んで歩く手助けをしていた部下を思い切り蹴り飛ばした。
「ロマ!」
「ロマーリオ!! てめぇなにをしやがる!」
 部下たちが怒号を上げる中、ディーノは茫然とその姿を見つめていた。なんといっても、ファミリー以外の仲間の姿をみるのはこれが初めてだったのだ。
「あいつは守ったんだ。あいつなりのやり方でな」
 今にも殴りかかりそうな部下たちを制しながら、ようやく口を開く。今度は驚くのは部下たちの番だった。
「おいロマーリオ………本当か今の話」
 ボノが座り込んでいる負傷した仲間に声をかけると、彼のほうも首をかしげた。
「いや確かに足は庇ったから大事はねぇが………ずっと森で一人で暮らしているっていっててな、群れが大嫌いだともいってたし、いきなり見て驚いちまったんじゃねぇか? 人が多いって説明は恭弥にはしといたんだが」
「恭弥! 恭弥っていうのか、おまえ!」
 聞きつけた彼のボスはすぐ大きな声を上げる。
「うん、あなたがこの群れのボスだね。強いんだって?」
「ディーノっていうんだ」
「ディーノ。戦ってくれる?」
 ざわり、と部下たちが緊張を高める。だが彼らのボスは真っ赤になってこういった。
「オレたち、ここから引っ越さなくちゃいけないんだ。それでな、その、ここをでたらおまえと一緒に暮らしていいか?」
「戦ってくれる?」
「一緒に住めるならいいぜ? 恭弥」
 見つめあう二人をみながら部下たちは頭を抱えた………何もかもこの男所帯が悪いのだ。いやどうだろうか? とりあえずこの少年、雲雀恭弥の住む森にいる「群れ」も風紀財団といって男ばかりで暮らしているらしい。だがさまざまな危険を乗り越えてその森まで辿りついたころには、二人はすっかり盛り上がりきっていて、山二つ向こうにいるという噂の、同じ小さな女性たちのコミュニティに遭遇できたとしても、事態が好転するとはとても思えなかった。まあ本人たちがいいならいいかと、新たな生活に慣れた頃にはすっかり開き直りだした部下たちである。
















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