「ねぇ」
「は、はいなんでしょう」
 給湯室に向けた足を止めて、草壁は振り返った。並盛にある建設会社の一社は寄付金を渡す際に必ず、京都にある店から取り寄せているという煎茶や玉露のセットも添えてくる。別に厚底で中に別途の資金というか小金色の菓子か何かが入っているというわけではなく、本当に唯のお茶なわけだが、得意げにどこそこのと説明するだけはあって味はかなりいい。応接室には、勿論紅茶もコーヒー淹れられるように用意してはあるが、委員長は特に日本茶を好まれる方である。あと二三袋多めにくれてもいいのに、と思うほどだ。
 そして今日もいつもどおりに煎茶を、風紀、と記された男らしいサイズと風格を持った湯呑にお淹れして、だが委員長は一口含まれてすぐ声をかけられた。何か不手際があったのかと草壁は動揺した。基本的に、出されたものの味に関して多くを語られる方ではない。その飲む速度や表情から、こちらが推し量って、もっと良いものをお出ししたいと工夫するだけのことである。だからこそ驚いて、草壁は息をつめた。
「ねぇ」
「はい。なんでしょうか」
 いい淀むように、もう一度繰り返されたので、草壁ももう一度同じ返答をした。小さく息を吐くと、くるり、と委員長は華麗な仕草で鉛筆をまわした。美しい軌跡に思わず目を奪われる。
「君は父親と………出かけるときどこに行く? 日曜とか………連休とか」
「出かけるとき、ですか?」
 問い返しながらも草壁は困惑する。父親と二人で出かけた記憶など、ここ最近は殆どない。もっと幼い頃はデパートの屋上の遊園地とか近所の公園かなんかに連れて行ってもらったらしい。らしい、というのは全く覚えていないからで、ただ母から聞いた話だとそうであり、またデパートの屋上の遊園地のほうは、確かアルバムに証拠写真も貼ってあった筈だ。動くぬいぐるみの馬にまたがって、得意げな顔をしている写真だ。
 だが物心ついてからは、特にどこかに連れて行ってもらった記憶なぞなかった。父も仕事で日々忙しくしているようであるし、自分は風紀副委員長としての役目がある。それに、親とどこぞに出かけたいなどと考えるような歳ではもうないのだ。
 そう答えようとして、だが草壁は固まった。自分が休みの日に何をしているかなぞ、委員長が興味を持っておられるわけもない。例え持っていられたとしても、それにお応えできるおもしろい話などとても供給できないだろう。そうではなく、委員長が聞かれているのは一つの情報としての、「一般的に休みの日には父親とどう過ごすものか」という選択肢ではないだろうか。そして、委員長の父親といえば、あの、金髪の、イタリアンマフィアだという男である。
 そして、日本の法律で二人がどのような関係として受理されたとしても、実際はそれは隠れ蓑で、本当は夫婦という間柄であるらしい。同性同士の恋人たちは戸籍をそのような形にすることによって、関係の永続を確固たるものにするのだと、最近親しく酒を酌み交わすようになったそのマフィアの部下である男からきいた。委員長がそのような下らない法律やら条例に振り回されている、その事実に草壁は衝撃を受けた。一声かけてくだされば、委員たちは何だってやったろう。デモでもストでも、議事堂の前に座り込むでもいい。いやもっと簡単に、役所の人間に襲撃をかけた方が、話は早かったろうか。だが委員長はそれを望まれない。だからこそ何もおっしゃらないのだ。もしかしたら、そのような騒ぎで耳目を集めることを警戒なさっているのかもしれない。一人だけの問題ではないのだから………そこまで考えて草壁は首を振った。必要以上に詮索することは部下として求められてはいない。
 だが聞かずともわかっているのは、委員長のいう「父親」は実際は血縁上の繋がりのある「父親」のことではなく、あの、夫であるマフィアのボスのことで、つまり、父親と休みにどこに出かけるかと聞かれたということはそれはその、だからその。
「デッ………デッ……………デッかけるかですか、どこに?」
「うん、舌でも噛んだ?」
 ありがたいことに委員長はそう気を配ってくださったが、今は草壁はそれどころではない。なんということだろう。
 ………………………デート。
 委員長が聞かれているのはそれだ。デートコース、って奴である。俗にいう。
 どうしよう。
 多少年嵩に見られる傾向があるというものの、中学生の、それも委員会に心血を注いでいる人間としてごく当然の事実であるのだが、草壁はデートなどしたことがない。日々の生活に忙しく、そのようなことを考える暇がないのである………そして相手もいない。
 だが草壁自身は自分はそれでいいのだと思っている。自分のような不器用な人間はいくつものことを並行して作業できない。風紀委員としての職務は責任重大で、更に学業だってあるのだ。一定の成績を保たないと風紀委員として在籍できない決まりである。在校生のひいては並盛の規範とならねばならないのだから、当然のことだ。それらのことをこなすだけで精いっぱいで、今は他の人間関係にかかずらう余力はない。
 だが勿論委員長は、自分のような矮小な人間とは違う。大きな視点で全てを捉えていられる方である。心の底からこの並盛という街を愛しておられることは勿論知っているけれども、そんな枠に囚われるべき方ではない。その強さは、この小さな町の風紀を守るために必要とされるよりも、ずっと多大なものなのだから。
 だから、草壁は委員長が新たな家庭を築かれたと知った時は、喜んだ。心の底から喜んだ。相手があれであるとはいえ、嬉しくて仕方がなかった………。
 あれ、というのはつまりはあれだ。マフィアのボスである。草壁にいわせれば、職に貴賎はないなどというのは下らない戯言である。不況かつ就職氷河期であるこの時代にあっても、多くの人間にとって暴力団といわれるところの、もしくはその企業舎弟に属するところの団体に就職することは、最終の、そして最低で最悪の選択肢にある筈だ。委員長がなされたことは就職ではないが、巷では暗に永久就職なぞと呼ばれることもあるそれである。つまりは定年すらない。近年離職率と同じく離婚率もまたあがっているというのが、ニュース等で社会問題とされている。だが最初から短期的な就業を考えている労働者は数多くいれど、最初から離婚を見越している夫婦は、国籍取得だとかそんな利害づくの目的を第一に掲げてないならばそう多くはないに違いない
 
そして、このような風紀を乱す発言は気の進まないところではあるのだが、委員長はもてる。非常にもてる。風紀を守るために、そして同時に向こう見ずな女子の安全を守るために委員たちは密かに、親しげに近づいてこようとする女子生徒を牽制し、下駄箱や風紀委員あての目安箱をチェックしている。だがそれでも、ヴァレンタインや卒業式を筆頭とした行事ではその命知らずな攻勢を完全には防ぎきれないほどなのだ。何とも遺憾である。いや、それ以前にこのような状態に対応するのは委員長のプライベートな領域に属する問題であり、委員がしていることは差し出がましいものなのかもしれなかった。だが、どうしても見過ごすことはできなかったのだ。そしてこの騒動を例にあげなくても草壁にはわかる。委員長ならば、きっとそこに存在するというだけで、どのような相手でも心を射止めることが可能であろう。惹きつけられない人間がいる筈がない。だからいつか、この狭い学校の中では出会えなかっただけの、誰が見ても驚嘆するような相手と結ばれることだろう。例えば、緑の黒髪のやんごとなきお嬢様、とかそんな。ああ、ずっとそう思っていたのだ。まさか、艶やかな金髪のやくざの親分に見染められるなぞ、予想だにしていなかった。だって「や」しかあってない
 
だがそれでも、それでも草壁は嬉しかった。夏休み前、細かなスケジュールについて打ち合わせしていた時のことだ。戸籍が変わるけれども、学内では雲雀姓で通すつもりだと説明を受けた。七月の、地元の祭りが終わったあとは委員長はイタリアにいかれるとも。事前にあのマフィアのボスの部下から話を聞いていなかったら、さぞや驚いて、慌てふためいたに違いない。だが「あとは頼んだよ」という、あのまるで当然のような、気負いのない言葉を聞かされただけで、全てが報われた気がしたのだ。だがそれ以上に、ああそれ以上に
 
幸せそうだ、と思った
 
そしてそれは今もそうだ。旅行から帰られて新生活を始められた後も、委員長は風紀の仕事には手を抜かず、日々並盛のために力を尽くしておられる。寄付金などの収益は、むしろ上がったといっていい。だが、それはそれとして、どこか雰囲気が柔らかくなった、と草壁は思う
 
明確にどのような時に、と指摘できるようなものではない。ただ、例えばいつもの遅刻者の取り締まりの時などだ。毎週のように何人か、遅刻の理由として「家族が危篤」だったといいだす者がいる。明らかに取り乱した揚句の下手糞な嘘で、実際家族が危篤でそれでも学校に通学するような生徒ばかりなら、風紀委員の者がこのように仕事に忙殺されずとも平和で理想的な学園生活が維持できるに違いない。委員長もそんな理由如何にかかわらず前もって学校に連絡を入れていない遅刻者は罰する姿勢を貫いておられたのだが、二学期に入ってすぐのことだ。いつものように遅刻をした、小柄でしばらく前までなどは半裸になって校内で暴れまわるなど問題行動の多かった二年の男子生徒が委員の一人に首根っこを掴まれて詰問された際、行方知れずで連絡もつかない父親が危篤になったため遅刻をした、とそう証言した。ああこれは盛大に咬み殺されるぞ、と委員皆が考えたわけだが、委員長は一瞬虚を突かれたように目を丸くして、そして、今回の遅刻は不問に付すように、とそう指示されたのだった。驚いたのは我々委員だけでなく、近くにいた生徒たちも同様であっただろう。噂は千里を走る。実際このようなことがあれば、数ヵ月後にはわが校の生徒の親族は皆死に絶えても不思議ではない話なのだが、そこは流石委員長のなさることで、その日の午後には風紀の名前でその生徒の家に香典と花輪を届けるように指示がなされ、その後、あの下らない理由で遅刻の罰則を逃れようとする生徒は出ていない
 
だがあの委員長が罰則者を咬み殺さない、それだけで委員たちには衝撃的であったのだ。自分たちで制裁を加えるべきだ、そういいだす者たちもいた。それを窘めたのは自分である。委員長には委員長のお考えがある、多分、あのような嘘をつけば誰だって良心が痛む、そこから自力で更生することを望んでおられるのだろう、と。だがそういいながらも、それだけではないのではないかと、そう考えている自分がいた。
「ねぇ」
「はっ!! すみません! とても重大な問題でしたので!!」
「そう」
 慌てて頭を下げながら、必死で記憶を探る。雑誌であるとか、テレビの情報番組であるとか。そして自分が今まで如何に、このような事柄を、自分には関係のないことだと興味を持たずにいたのかを思い知らされた。副委員長としてこれではいけない。いつ何が必要になるかわからないのだから、何に対しても知識を蓄えておくべきだったのだ。
 映画館?
 だめだ、行く先としては提案できても、何を観るべきか聞かれればとても答えられない。委員長は恋愛映画なぞ好まれないし、風紀を乱す内容のものは嫌われる。だがそういった内容の全く含まれない映画となると………成人したイタリア男性の好みに合うのかどうかという話だ。そしてあの男の映画の趣味なぞ、正直想像もできない。
 ショッピング?
 だめだ。並盛でないのが委員長には御不満だろうが、隣町になんとかモールなるものができたとかで、随分賑わっているという話である。だが、放っておくとすぐに着もしない服やなにや買ってくる、という話をこの前聞いたばかりなのだ。あの男の部下である友人から聞いた限りでもたいそうな資産があるようで、多少の無駄遣いなんの問題でもないように思えるけれども、委員長にも家計を預かる者としてお考えがあるのだろう。というか何も着なくてもあの人は充分きらきらして派手な姿をしているのに何で派手な格好をしたがるんだろうとか何とか………今思い返すとあれはもしかして惚気だったのですか委員長。
 海?
 だめだ。いやだめだ。自然の残る場所や、並盛の中でも風光明媚な土地は委員長の好まれるところではあるけれども、今は既に秋、まだまだ昼間は暑いが流石に泳げるほどではない。クラゲだっている筈だ。それに、委員長とあのマフィアのボスは、夏休みに何処其処の南の島のビーチで休暇を過ごされたと聞いている。始業式の後、うちの恭弥がこれからも世話になるなと何やら勘違いした様子で挨拶に来たマフィアのボスに聞かされたのだ。委員長に多くを学び、生き甲斐を与えられているのは委員の方だというのに、そんなことも知らないらしい。とにかく、その時渡されたおみやげだというマカデミアナッツのチョコレートは、食い盛りの中学生男子の集団である風紀委員会を持ってしても未だ消費しきれない量で、未だに給湯室の一角を占拠し続けている。並盛の海が世界の何処よりも素晴らしいというのは委員会全体の総意ではあるものの、南の島のエメラルドグリーンの海を満喫したばかりであるのに季節外れのこの町の海を紹介する理はない。
「………副委員長?」
「へい! あ!? いや、遊園地! 遊園地はいかがでしょうか!?」
 咄嗟に草壁は答えて、だが出来ることならそれを撤回したい。遊園地に、デパートの屋上の遊園地に行ったのは確か聞くところによると五歳児の自分である。
「なるほど………遊園地、ね」
 だが疑うことを知らない委員長は、納得したように頷いて草壁は罪悪感のあまり崩れ落ちそうになった。
 いやだがそういえば、遊園地もデートコースとしてそう珍しいものではなかったのではないだろうか? 朧気な記憶を辿ってみると、テレビか何かでそんなことをいっていた気がする。子どもっぽい気がしないでもないが、最近は風紀が乱れているので子どもでもデートをするのかもしれない。
 だが大体デートとなれば、それを企画すべきは夫であり年上であり財政担当でもある筈のマフィアのボスではないだろうか? 今さらながら草壁は怒りに駆られた。だがそのようなリードを許す委員長ではないし、自分のいいように行く場所を決めたいと………思われたならきっと手合わせのできる場所を選ぶ。それくらいは草壁でもわかる。考えて暗澹とした。いくらなんでもあんな男の意向を酌みすぎではないだろうか。
 妻として家事を担うというだけで充分過剰な負担のように思われるのだ。委員長は二学期に入っても、全く委員の仕事に手を抜かれることはないが、これまでは何時まででも残って仕事を進めることもあり、また、仕事がなくとも校舎の安全を守られるためなのだろう、学校で寝泊まりすることも頻繁に行われていらっしゃったのだが、この頃は大体五時頃には帰宅するよう心がけておられるようである。仕事は終えられていらっしゃるので、何の問題もないのだが、そうはいっても委員長が時間を気にするというだけでこちらには大いな違和感がある。家庭生活は相互の努力によるものであるということは、子どもという、一番努力を要求されない役割を普段担う者としても理解できるものであるが、そうはいっても多大な仕事をこなされてはいないだろか。応接室にある、委員が共同で使うことになっているパソコンの検索履歴に「焦がさない 失敗しない 爆発しない 料理 レシピ」とあって、草壁の知る限りこんな内容を検索しそうな、いやそれ以前にあのパソコンを私事で使用しそうな人間の心当たりは一人しかいないのだ。もちろん家事の分担は当然のことなのかもしれないが、それなりの負担であろうことは推測できる。普通の学生ならともかく、委員長はこの並盛の街も担っておられるのだから。何て立派な方だろうと、草壁は尊敬の念を深くした。
「草壁」
「は、はい」
「チケット。買っておいて」
「はい。来週の日曜でよろしいでしょうか?」
「うん」
 それで話は終わった、とばかりに委員長は日誌のページを捲り、確認を再開した。だが草壁の仕事はまだ終わっていない。だいたい遊園地と一言にいっても、何処を選択するのが正しいのか。デパートの屋上のあれではあるまい、というか普通デパートの屋上はチケットの購入を必要とはしない。並盛周辺にもそのような遊戯施設はいくつかあって、どれも行ったことはないが確か寄付金徴収時の資料によれば規模は似たり寄ったり、そこそこ繁盛している、というレベルである。そのどれか、それとも例えば夢の国、といわれるところのあの施設のような、もっと大規模で充実している筈の場所の方が喜ばれるだろうか。委員長は仕事中は風紀委員の備品である筆記具を使われるが、授業に参加されるときなどのために携帯されている筆箱には、あの鼠の頭が尻についたシャープペンシルが入っているのも知っているのだ。いや、だがあそこはきっと、とんでもなく群れきっている状況の筈だ。草壁がテレビなどで得た情報の限りではそうである。いつも混雑していて乗り物に乗るのも一苦労だという話だ。






「ふふん」
 思わず笑いがこみあげて、それにまた笑わされた。学ランのポケットの中かさこそ音をたてる封筒が、速足で歩くたび腰のあたりにあたってその存在を主張する。
 中身は既にみて知っている。遊園地のチケット。二枚。如何にも楽しげな、カラフルな印刷が施されたチケットである。購入を頼んだ時草壁は日付を聞いてきたが、どうやら実際は有効期限の指定があるきりで、いつ行ってもいいらしい。真面目な男なのでそんなことも知らないのだろう。いや、笑うところではない。自分も知らなかった。
 でも、最初に話した通り、来週の日曜に行こうとそう提案するつもりだ。雲雀は基本的にせっかちで、こんなものをポケットに入れたまま何日も過ごせる気がしない。
 これを渡したら父はどんな顔をするのだろう?
 想像したらまた笑わされた。きっとあの鼈甲飴みたいな色をした瞳を蕩かして、おまえはオレの自慢の息子だぜとか何とか。それともまた壊れたレコードみたいに、恭弥はかわいいかわいいと繰り返すだろうか。中学生男子にふさわしい形容詞ではないといっているのに、ディーノはいつも事あるごとに繰り返す。だから流石に雲雀でもわかる。ディーノのいう「かわいい」は雲雀がちゃんと息子をやれているってことなのだ。だって、親だったら例え反抗期真っ盛りの剃りこみを入れた中学生男子だって、それはそれでかわいいと思う筈。今まで読んだ本の中でも、まあ基本的には、少なくとも社会的認識においてはそうだ。だから、雲雀はディーノにかわいいといわれると嬉しい。いくらなんでも、日本文化の枠組みの中では大げさすぎる感情表現の発露としてその褒め言葉を口にするから、どうしたって素直に嬉しいなんて口にできやしないけれども、嬉しい
 
「きょうや! かわいい! オレの宝物!!」。馬鹿じゃないの、何て答えているけれども、知っている。例えば山上憶良だとか。銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも。何の冗談かと思うけれど、遥か万葉の昔から親は子どものことをそんな風にかわいいと思うらしい。どうにもむずむずして、落ち着かなくなる話だ。息子の方が親を鳥よりもハリネズミよりもかわいいと思っている歌は残念ながら、雲雀の知る内では存在しないようだけれど、でもきっと公平な人間関係を持続するためには、子どもが同じだけの愛情を返すのは当たり前のルールである筈だ。だからきっと雲雀とディーノは手慣れた、普通の十五年は共に暮らした親子ほどではないけれど、それらしい家庭にかなり近づいている筈である。
 思わず緩みそうになる唇を抑える。まだまだだ。まだまだ。たかだか二カ月でそれなりの関係を築けると思うほど雲雀は楽観的ではない。だって十五年ほどかけたってどうしようもなかったりしたのだ。本当の家族らしくなるために、雲雀としても努力するつもりである。あの時空港で、頬を赤く染めたマフィアのボスに家族になってほしいと、そういわれたときに決めた。ずっと、ずっとずっと欲しかったものを何の損得もなく与えてくれた相手に、非協力的になれるほど雲雀は非情ではない。
 例えば行楽シーズンだとか、休みの日に家族が出かけるのは中々に一般的な行動であるらしい。少なくとも、この前朝のテレビで見た情報によるとそうである。長々と続いた高速の渋滞はその場にいなくても雲雀をムカつかせるに十分だったが、だが目的がある状況下では、多少の群れであれば耐えることも出来なくはない。考えて雲雀はまた笑った。争いを好まない、という嘘くさい態度を保ってるらしい我が父は、人込みに遭遇するとこちらから何もいわないうちに手合わせを提案したりするのである。戦いたいなら戦いたいといえばいいのに、かわいい人なのだ。と、いうわけで、かなりのおまけも期待できそうな、遊園地での休日。楽しみで仕方がない。

 

 









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