標的358妄想




「やっぱ心配だよな、ヒバリさん。体調悪いのにこんな物騒な話に巻き込むなんて無茶じゃないかな」
「あんな奴に気を使ってやる必要なんてありませんよ! 十代目!!」
 どれだけ力をつけてやっても甘っちょろいことを変わらずいう弟子に、リボーンは思わず苦笑する。お優しいことで、全く人の本性とはそう簡単に変わらないものなのかもしれない。そういえば先程部屋から走り去っていった元弟子も、何度修羅場を潜り抜け厳しい現実に瞳を濁らせようとも、その持って生まれた純粋さを完全に手放すことはなかった。死んでも話してやるつもりなぞないけれど、こんな稼業についている人間からすればどうしても眩しくて仕方がない。
「情けねーこといってんじゃねーぞ。腕が折れようと足が折れようと戦え」
「んな!! なんでお前のためにそこまでしなきゃいけないんだよー!!」
 いつものように声を張り上げる弟子は、ちゃんと事態を把握しているのかどうか。あいつとかあいつとかあの団体なぞが参加することが分かった時点で、これくらいの覚悟がなければ勝つどころか生き残れもしない。だが雲雀の方はそんなことで臆するような人間ではない筈だ。それこそ象すら動けなくするような毒でも根性で克服するほどであるし、戦いともなれば痛みの感覚なぞどこかに飛んでいってしまっているような様子もある。
「それにじんましんって辛いんだぞ。オレも前にサバ食べてなったことあるけど、痒くって寝られやしなかった」
「そうですよね! オレも姉貴のメシ食って何度かなりましたけど、ほんと痒いっすよね! 皮膚にできた時も辛かったっすけど、胃腸や気道にできた時は苦しくて死ぬかと思いました」
「え……………いやそこまでおおごとになったことはないけど」
「あ、オレもなったことあるのな。胴着が擦れてすっげー痒くて」
「それは汗疹だ野球バカ!!」
「そうなのか? オレもボクシングパンツのゴムの部分が擦れて極限辛かったのだが、あれはじんましんではなかったのだな!!」
「………」
 しったことか。
 だが確かにいわれてみれば、痛みと痒みは違う問題である。どんな怪我でも根性で克服する少年もじんましんには勝てない、ということなのかもしれない。とんでもない戦闘力を誇りながら、風邪で入院したりなぞする子だ。ありえない話ではない。だが。
「でもあん時は元気そうだったし、炎真くんたちとの騒動が終わってからじんましんになったのかなあ。ヒバリさん」
「流石十代目!! 戦うのに支障はないなら役目を果たせと、そういうことですね!」
「違うよ!? 危険な状況の時に病気にならなくてよかったねって話だよ!?」
 どんな超直感かボンゴレの次期ボスと右腕(仮)が自分が考えていたことをそのまま口にして、リボーンは思わずその円らな瞳を更に見開いた。あ、いかにもなぬるい反論はこの限りではない。
 だがそうだ。戦いの間は支障はないのだ。それにじんましんというものは基本一過性で、数時間も耐えきれば症状はおさまって痕も残らないものである。であるならあの子どもが、何故緊迫した戦いに参戦するのを躊躇うのか。
「あいつはわかってそうだけどな…」
「へ? あいつって?」
「! いや」
 思わず声に出していたらしい。さてここで我が推論を開陳するのが得策か否か。ボンゴレ最強の雲の守護者が多分拗ねているだけだなんて。家庭教師よりも先に自分が誘いをかけてきたのが気に食わなかっただけだろうという話だなんて。それなりに懐かれていると考えていた自分の自惚れまで露わになりそうで、あまり口にしたくはない。
「ディーノならあいつの誘い方を心得てそうだけどな、って話だ」
 とりあえず別の理由をひねりだす。ついでに先程打ち合わせもそこそこに姿を消した元弟子のことを思い出す。自信満々な口ぶり、浮かれきった足取り、多分あいつも自分と同じ結論に達したのだろう。全く一応は巨大ファミリーのボスである男の平常心をここまで失わせるとは、この国の文豪がいうように、恋とは罪悪に他ならない。
「あ、そうか流石ディーノさん………強い奴といっぱい戦えるぞーみたいなこといって」
「そういう話は既に俺からしてあるぞ。ボンゴレに関連する戦いには何度も加わってるんだから、期待はずれで終わらないことはわかっているだろうしな」
「じゃあ、本音ではヒバリとしたら参加したいのな!」
「つうことは、群れないで戦えるようにフォローしてやるぞとかいうつもりっすかね? 時間も決まっているし始まったらとりあえずこっちだけでもヒバリから離れて」
「やるわけねぇんだぞ。あの過保護が」
「………ああ。え? いやじゃあどうやって」
 ぽかん、と口をあける弟子はまだまだ子どもである。まったくこのチャンスがチャンスと理解できないとはだからおまえはダメツナなんだ。
「いいか、ヒバリは結局は戦いたいんだぞ」
 拗ねているだけだ、などとはいわない。実際あの風紀委員長が嘘をつくことはあるまいし、この病気が辛いことは確かだろう。
「極限戦いたいに決まってるな!!」
「だがじんましんがつらい………そういう時してやるべきことはなんだ?」
「あ、そっか! ロマーリオさんがいるから!!」
 違う。いや医療の心得がある者が傍にいるのは心強いだろうが、あの我が元弟子の出来た部下でも町医者でも、行う治療は何ら変わりはないだろう。あらゆる医療や技術に長けたボンゴレでも、「群れた」からといって発症するじんましんに対する特効薬なぞ存在しない。それはそも、マフィアとは群れることが仕事のようなもので、厭うようではとてもやっていかれない職種であるからだ。如何に浮雲といえどもこの状況は憂慮すべきことである。物騒な事態に陥ることはこの先もあるだろうし、その度に最強の守護者が体調不良で欠席では許されるはずもない。
「抗ヒスタミン剤だとか軟膏ってとこか。どちらも効果が出るまでそれなりに時間がかかる。飲んで塗ってぱっと治る夢の薬、ってわけにはいかねぇ」
「ああ。そりゃそうだよね」
「虫刺されだってしばらくは痒いものな」
「効かないっすよねー」
「え? そういう話だっけ………でもじゃあ、どうしてあげればいいのかな」
 次期マフィアのボスは心から同情、という表情を浮かべて、まったくこの甘っちょろさは今後の課題の一つである。非情な殺し屋としたらそんな同情心なぞ捨ててしまえといいたくなるではないか。
「オレが一晩中痒いとこ掻いててやるぜ、とか」
「え、ええ?! いや何いってるんだよリボーン!!」
「ああそうだな、あんまり引掻くと逆に悪化するっていうな。オレが全身に○ロナイン軟膏を塗ってやるぜ、とか」
「や、ややややややや!! そんなん塗っていいの?!」
「オ○ナインなめんな。あれは万能薬だぞ」
「そういう問題ではなく!!」
「あいつは放っておくと思いっきり引っ掻くからなー。自分じゃ届かないところもあるし、恭弥の真珠みたいな肌が傷ついちゃいけねぇ」
 得意の声真似を披露すると、我が弟子は瞬間的に真っ赤になった。それはもう、じんましんでもここまで、一瞬で肌を腫れさせはしないだろうと思うほどだ。
「いいそうだな」
「いいそうなのな」
「………いいそう、っすね」
「いや確かにいいそうだけど!! むしろ問答無用で塗り込んでそうだけど!」
 かわいがっている弟弟子の評価もこんなものだぞと、あいつに教えてやりたくなる。元家庭教師としてもあながち間違ってはいなかろうと思われるのが困ったところだ。
「じんましんがでるところってあれっすよね、多いのは腹とか背中とか」
「胴着の周りとか」
「いやそれは着てねーだろ野球バカ!」
「ボクシングパンツのゴムのあたりだな!!」
「………」
「………」
「………塗ら、ないよね?」
「どうっすかね、跳ね馬ですからね………」
「ディーノさんだからなあ」
「激しい運動なんぞで体温が上がれば痒みはどうしたって増すしな。あいつにとっちゃ、今回の決着がついてからの方が余程厳しい戦いになるはずだぞ」
「んな!! 激しい運動って!!!」
「ん? どうしたダメツナ? 俺は手合わせを強請られても誤魔化すのは大変だろうなって思っただけだぞ」
「この文脈でそう思う筈ないだろ………てか、俺らと一緒に戦ってくれるなら、それからまた手合わせとかありえないだろ…」
「それはそれ、これはこれ。へなちょこと戦うのは別腹だろ」
「ほんと戦うの好きだもんなヒバリさん………。でもじゃあ、今回はともかく、これからも群れるたびにじんましんじゃ大変だよなぁ」
「シャマルに早いとこ連絡が取れるといいんすけどね」
「そうだね。でも何で炎真くんたちと戦ったときだけ、じんましんになっちゃったんだろうな。これまでだって、何だかんだいってヒバリさん助けてくれてきたもんね」
「単に戦いたいだけだとは思いますけどね! まあでも黒耀の奴らと戦ったときは群れたっていうよりは単身乗り込んだって感じでしたし」
「ヴァリアーの奴らとやったときは、対戦形式とバトルロイヤル………群れたって感じじゃないのな」
「そりゃそうだけど、あの時だって一対一だったろ。やっぱ俺がへこんでてヒバリさんに気を使わせるとか、そんな群れたことさせちゃったから、だからじんましんに………」
「いやそれは守護者として当たり前のことっすよ! きっとあれは一対一とかいってアーデルハイドがめちゃくちゃ群れたからっすよ。寒冷じんましんなんつうのもあるって話ですし」
「そうかな………でもだって十年後に行ったときなんかもっとずっと人数多かったのに、そんなこと全然………」
 はた、と心痛を吐露していた弟子が固まる。多分超直感というやつで、だが人生の酸いも甘いも知る殺し屋からしたら、鈍いといわざるを得ない。
「さぁ、あいつが来るかどうかここで話していても仕方がねぇ。とにかくこれからに備えて英気を養ってくれ」
 拗ねきった直情径行な子どもが変な行動に出なければいいが、だがまあ来るか来ないかはへなちょこのお手並み拝見といったところだろう。
「うん、そうだね。きっと来るよ!」
「その意気です、十代目!!!」
 讃嘆の声をあげる右腕(自称)やその他面子はどうやら察してはいないようだ。群れたからといってじんましんは普通発症しない。群れてストレスを感じたからじんましんが発症するのだ。心因性じんましん。そして人の心とは微妙で繊細でそして正直なもので、人数や時間に比例してストレスが多くなる、というような単純なものではないのである。
 十年後の世界の戦い。あれ程の人数が参加した総力戦は、マフィアの歴史の中でも珍しいものだ。群れた、と形容されても仕方がない。だが雲雀はそんな病に苦しんだという話は聞かない。
 雲雀が六弔花の一人を倒したと、得意気な様子で電話をしてきた声を思い出す。たいそうな喜びようで、あれで報告者は腹に穴が開いていたというのだから、全く人というものは十年かそこらではそう変わらないものなのかと思ったものだ。二人で戦う。(元弟子の説明が確かなら)傷を負った仲間を雲雀なりのやり方で助ける。これでもじんましんにはならなかったというのだから、あの戦いでへなちょこと群れたことはどうやら雲雀にとってはストレスではなかったのだ。
「そうだな、俺も来ると思うぞ」
 多少癪だが、そんなこともいってはいられない。元弟子の幸福を願いつつ、リボーンは小さく息を吐いた。


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