つるつる




「あいつはうっせーんだよ。やれアクセサリーは禁止だ、やれ制服はきちんと着ろ。大きなお世話じゃねーか」
「ま、まあ獄寺くん、落ち着いて」
「あ! すみません十代目!! いくらあいつがムカつくからって、お耳を汚して」
「いや………そうじゃなくて」
 謝るなら自分にではない。綱吉はこっそりため息をついた。
 場所は綱吉の部屋。でが何でだか部屋にいるのは自分一人ではない。自称右腕の人と、イタリアンマフィアのボスであるという兄弟子だ。しかも兄弟子は、ただいま槍玉あがっている人の師匠でもある。これが自分の師匠であるという赤ん坊であるなら、自分がどこぞで批判を受けていれば、そうだぞもっと反省しろと、ついでのようにもっと深く心の弱みをえぐってくださるだろうが、彼はそういったタイプではない。巨大破壊兵器みたいな人を捕まえて、しょうがねぇじゃじゃ馬なんだよなとのたまうような人だ。きっといい気はしないことだろう。
「そうだよな、恭弥はちょっと厳しすぎると思うぜ」
 と、思ったらば兄弟子は大きく頷いてみせて、綱吉は驚いた。
「だよな! たまにはいいこというじゃねーか、跳ね馬」
「ああ。着飾ることでやっと自信がもてるタイプの奴もいるのにさ。オレもアクセサリーつけたりするぜ。きれいだし、いいじゃねーか。そういう気持ち、恭弥にはわかんねーんだよな」
 フォローになってないですディーノさん。
 へらりと笑った兄弟子はシンプルなネックレスを掲げてみせて、右腕の人は赤くなったり青くなったりしている。その胸中を思うと気の毒に思わざるを得ない。頭も良くて女の子にももてて腕っ節もそれなりにあって、自分のような人間からすれば誇るところばかりの友人だが、それでも人は誰もコンプレックスを抱えているものだ。親しい友人ができるまでそんなことも自分は知らなかったけれど。
「まあ、さ。雲雀さんも悪気があるわけじゃないんだよ! むしろこう、並盛のためっていうか!! 団体生活だからさ、いろいろとルールが」
「そうだよな。学校だとか教会だとかそういうとこはさ、どうしたって細かいことまでやいのやいのいうもんだ。大勢の人間を都合いいように扱わなきゃいけねぇからな。勉強してたらオッケー、十字切っといたらオッケーなんて、口が裂けてもいわねぇだろうよ」
 威厳ありげな………ちなみに綱吉所有のものではない椅子に腰かけた兄弟子は苦笑する。ドライ極まりない宗教観は、無宗教な綱吉からしても意外に思われたが、自称右腕には理解できるものであったらしい。なるほど、と大きく頷いた。そういえばこの人ももともとはイタリアの生まれである。
「………分かる気がするぜ」
「その共同体での共通意識を全員に教え込む場だ。どちらも。読み書き算盤だとか勤勉さだとか隣人愛だとか。汝姦淫するなかれだとか。となるとどうしたって、ある種の強制力が必要になる。そこらのおっちゃんよりか、鞭持った先生だとか司教様だとかがいった方が効くじゃないか」
「鞭持ったセンセイなぁ」
「………………え?」
「きくか? あいつ」
「………あ、そうか。オレ今」
「鞭持ったセンセイだろ」
「………………きかねぇなぁ」
「そうかよ」
「まあそこがあいつのいいとこなんだけどな。でもだから普段からさ、そういう機関は自分たちの力を見せようと細かいとこまで口出しするものだろ? きちんとした格好してろとか、聖句を覚えろとか、毛は剃っておけだとか」
「………まあ」
「毛?」
 海外の地方自治体における教育やら宗教の役割についてとんでもなく自分は無知である。そんなわけで綱吉は大人しく拝聴していたのだが、思わず聞き返してしまった。毛? 西欧の国でもやはり球児やら何やらの高校生は坊主頭を強制されているのだろうか。すごく似合わない気がする。
「おお。ツナは剃ってるのか?」
「な、に失礼なこときいてんだてめーは!!」
「え? いやなんとなく…………って、え、や、もしかしてあれ?」
「なんだよ」
「日本では普通剃ってないのか?」
「え?」
 あ、眉毛だろうか、と綱吉は気づいた。もちろん興味はある。興味はあるが綱吉はそれを剃ったりはしていない。綺麗に整えたほうがいいのだろうかとも思うのだが、自分のようなダメツナが、下手に整えて、それを周囲に気づかれる方がずっと恥ずかしい。色気づいても無駄だとからかわれるのが目に見えている。
「馬鹿てめー。十代目はトランクス派だからいいんだよ!!」
「え? え?」
「あそうか、日本ではパンツによって違うんだな。じゃあボクサ」
「知らねぇよ」
 知らない間に責任を免除されて綱吉は当惑した。さっぱり嬉しくない。ていうかもしかしてあれか、毛ってそれか。
「あーそっかー。じゃあまずいことしちまったかな、オレ」
「へ? 何したんだよ、跳ね馬」
「いやほらさ、恭弥と修行の時一緒に温泉入ったんだけど、あいつ剃ってないんだよ」
「「………」」
 だからなんだとか当たり前だろとしか思わないわけだが、横にいる右腕が何やら驚きのリアクションを見せている。そういえばこの親しい友人の股間を今まで見たことはないわけだが、いやだからってみたいとは思わないが。もしかして………つい問いかけそうになる自分を綱吉は必死で押しとどめた。だからってなんだ。股間に貴賎はない。賎しかない。つるつるだからなんだというのだ。
「だからさ、風紀委員長がそんなんでいいのかよーって突っ込んだら、あいつすっげー顔して怒ってさぁ」
「………………はぁ」
「でもそうだろ。人の服装とかあれこれいうんなら自分も細かいとこの手入れまできちんとしないとな」
「いやまあそうかもしれませんけど」
 そもそもその前に剃り落としていることを期待していない。
「だからしょうがねぇからこう、後ろから羽交い締めにしてオレが剃ってやったんだけど」
「はぁ?!! 何やってんですか!!」
 思わず声もうらがえる。だがきょとんとした顔の兄弟子は何も問題点がつかめていない様子で、そして恐ろしいことにそれは隣に座っている友人も同じであるようなのだ。いやどうだろう。さっきまで偉そうに足を開いて、ベッドに腰掛けていた我が友人は、少しばかり怯えたように、膝をすりあわせている。いらない心配であろう。
「ん? どうしたツナ、おまえも剃ってなかったりするのか?」
 いらなくなかった。
「いえ大丈夫ですから!! お気づかいなく!!」
 ここで素直に剃っておりませんと告白するほど愚かではない。綱吉は必死の形相で首を振ってみせた。ついでに両手で股間もガードする。ああでもそういえば前に一緒に銭湯に行ったりしたのではなかったか。
「そうだ! なにいってんだ、十代目はてめーの手は借りねぇ!!!」
 ありがたいことに友人も加勢してくれる。なんか論点が違う気がしないでもないが、やはり持つべきものは友である。ああでもいきなり羽交い締めにされたらどうしよう。ここは法治国家だ。何人たりともみだりに他人に毛を剃られたりしてはならないはずだ。だが目の前にいる兄弟子は法など遵守しているはずもないマフィアで………綱吉は初めて、兄弟子に対して恐怖を感じた。
「そっか? そうだよなー………」
 だが拍子抜けなほど、兄弟子はあっさりと頷いた。とはいえそこで簡単に警戒を解けるほどの危機ではない。
「そうですよ!」
「やっぱ日本だって、剃ってねぇはずねぇよ。どうも恭弥は戦いのことになるとそれでいっぱいになって、周りにかまわなくなるとこがあるからな」
「………そうですね、心配ですね」
 明らかに濡れ衣を着せられている風紀委員長に罪悪感を感じないでもなかったが、まずかわいいのは自分である。綱吉は適当に相づちを打った。
「オレは鞭を持った先生であって、歯ブラシのチェックするお父さんじゃねーんだよ。でもさ、ほっとくと絶対ほったらかしにするしな。それにけっこうあいつ大雑把なところあるから、怪我なんかしたらいけねぇし。だからこうやってたまに来日して………………あ、わり」
 みどりたなびく並盛の。
 聞きなれた曲が流れて、綱吉は思わず身を堅くした。だが杞憂だったらしい。兄弟子はこちらに軽く謝ると、間違いなくこの街のどこかにいるのであろう人と会話を始めた。
「なんだよ、もう会議終わったのか? わかってるって手合わせだろ。今日は思う存分つきあって………あ、そうだ」
 ぐしゃりと髪をかきあげて、兄弟子はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「前に先生が教えてやったように、ちゃんといい子にあれ剃ってたのか? 余計なお世話だってなんだよ。できてなかったらおしおきだぞ………っておい、恭弥? 恭弥?!………………切られちまった」
 冗談だっていうのに仕方がねぇ奴だな、と舌を出したみせる兄弟子の方がよほど仕方のない人だ。だがそれを指摘するような勇気を綱吉は持ち合わせてはいない。
「じゃあ今日はオレ、そろそろ帰るな。リボーンにはよろしくいっといてくれ」
「あ、はい。お気をつけて」
 咬み殺されたりしないことを祈ってます、と心の中でそっとつけくわえる。だが友人は我が兄弟子よりも、今や怒れる黒雲のごとくであろう人のことを心配していたらしい。兄弟子が姿を消した途端ぼそりと、「ヒバリは大丈夫なんすかね」と呟いた。
「え………いや大丈夫なんじゃない? 健康に悪いってことはないと思うよ」
「いやそうじゃなく………ってそりゃ俺だっていままであいつには腹立ててましたけど。だもだからってあんなことされて当然とまでは思えないっていうか………」
「ああ………うん」
「無事でいろよっていうか………食われんなよっていうか………直でいえるわけないっすけど」
「いやうん………わかるよ」
 あの恐怖を思い出す。何人たりともみだりに他人に毛を剃られたりなどされていいはずがない。
「でもたぶん大丈夫じゃないかな………その、まあ、いまのところは」
「そ、そうっすよね!!! さすが十代目!!」
 何となくわかりあって、二人して乾いた笑みを浮かべた。そう、とりあえず何でだかはわからないが加害者に自覚がないらしい今のうちは。何人たりともみだりに他人に毛を剃られるべきではないが、何人たりとも、看護士か何かではない限りは、強いて他人の毛を剃りたいなぞとは考えないはずだ。実際兄弟子は自分の股間にはさっぱり興味を示さなかった。なんとも幸いであるが。
 それはそれとして、こんなことのために来日とは。そういえばここのところ、やけに頻繁に日本に来るなとは思っていたのだ。綱吉は大きくため息をついて、いやな予感を振り払った。







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