突然来日した外国人の恋人に掻っ攫うように連れ込まれていつものホテルの部屋、夜も更けて食事も終わり、いまはだらだらとテレビでやっていた古い吹き替えの映画を見ている。特に興味があるわけでもなく、実のところまともに筋も追えていない。始まってすぐに、今でも人気があるらしい主演女優と雲雀との相似性について実に飛躍した論理を展開してくれた男に鉄槌を下させようと思い切り暴れて、気がついたときはもうすっかり話は進んでしまっていた。
 だがあまりにも有名な映画なので、雲雀でも大まかな流れくらいは承知している。今主役二人は一度きりのデートに繰り出したところだ。何が楽しいんだか。正直見ているこちらは退屈極まりない。だが舞台が隣で剥れている男の生まれた国だということもあって、何となくちらちらと、視線は画面に向かっていた。
 食事はハンバーグと、半球状のショートケーキだった。誕生日だから、とディーノはいい、だがメニューはおなじみの、いつもディーノが来日してくるたび一度は食べさせられるものだった。まあ確かにケーキには蝋燭が刺さっていた。へなちょこを火傷させようというトラップだ。だがそれだけだ。どうもディーノにはこの二つを与えていけば問題ないと思い込んでいる節がある。何とかの一つ覚えみたいに与えられて、子ども扱いするなといってやっても糠に釘だ。大体雲雀にしても、ハンバーグもケーキも、正直にいえば嫌いではない。
「あ、そうだ恭弥。いいものがあるんだぜ」
「何? 見せてみなよ」
 勿論既に観たことがあるのだろう、すっかり映画には興味を失ったらしい落ち着きのない成人男性が、そんなことをいいだした。こちらも興味の度合いは同じようなものなので、スイッチを消す。
 プレゼントだという品は既に受け取っている。なんだか知らないが随分と高価そうな時計で、着けるにしても、何かあったときに風紀の予算の足しにするにしても悪くはない。そして、まだ他にくれるというなら断る理由はないから、雲雀は鷹揚に頷いて見せた。
「ああ! ちょっと待ってろよ」
 ばたばたと書斎代わりに使っている部屋に駆け込んで、重そうにこちらに運んで戻ってきたものを見て、雲雀はすぐさま後悔した。かつてないことだ。
「……何これ?」
「身長計だぞ。なんだ、恭弥これ見たことねーのか?」
「そんなわけないだろ。僕は何でそんなものを持ってきたかって」
「え? あれだろ。今日は背比べをする日なんだろ」
「……」
「苦労したんだぜ! シャマルに頼み込んで借りてきた。あいつこれで貸しだの女紹介しろだの煩せー煩せー。ほらきょう」
「これ……学校のなの」
「おう!」
 我ながらとんでもなく冷え切った声が出た。だが大きく頷いて見せるイタリア男は得意気で、これはもうさっぱりわかってない。
「馬鹿じゃないの。学校のものを持ち出すなんて、風紀が乱れるよ」
「別にいーだろ。休み中なんだしすぐ返すしさ」
「そういう問題じゃない。休み中だといっても、活動している運動部もあるんだよ。毎日背を測るのを日課にしているバスケ部員とかいるかもしれないだろ」
「きょ……!!」
「きょ?」
「恭弥が他人の心情を慮って!」
「あのね、僕は一般論として」
「いっぱ!! ……いやきょうやおまえそのあれだ、気にしなくてもいいんだぞそんなの。背なんてすぐに伸びる」
 この野郎。
 雲雀は自分の身長になど興味はない。年齢や体重だのも同じことで、日々変動していく数値を記憶することに何の意味があるだろう。株価ならまだしも。だがすっかりこの失礼な男は納得して、嫌だったら別に測らなくてもいいんだぞなどといってくるなんだその目は。
 愛用の武器は、先程ディーノに向けて思い切り投げつけた時に見事に避けられたまま、数メートル先の床に転がっている。今拾いに行くのは正直躊躇われた。さあ攻撃します、という動きをすれば、あちらも大人気なく阻止しようとしてくるだろう。何よりこんなことで怒っていると思われるのが嫌だ。雲雀は全くちっともこれっぽっちも気にしていないのだから。
「な。大丈夫だって成長期だし! 小さいのだってかわいいしな!」
「気にしてない」
「そっか?」
「別に。測りたいなら測れば」
「そうか。嬉しいぜ。粽も用意したしなー」
「ちまき」
「おう。食べながら測るのが作法なんだろ?」
「……そうなんだ」
 うんざりとしながら、身長計の上に立つと、口元に半分ほど葉を剥かれた粽が差し出される。説明するのも面倒だった。大体この男の図体が無駄にでかいのが問題で、比べるも何も、自分の方が背が低いことくらいわかっている。だが雲雀はけっして学校では小さいほうではないのだ。きっと数値で見れば納得するに違いない。
 鼻先を近づけて匂いを嗅ぐと、粽は笹の良い香りがした。柏餅ならともかく、粽は本当にこどもの日限定の菓子だ。店先に並ぶ時期も短いから、数えるほどしか食べたことがない気がする。誕生日であることも関係しているのかもしれない。いやだが誕生日だからといってケーキが食卓に並ぶような家ではない。思い返せばいつも、自分はこの日何を食べていただろう? とにかくディーノと出会ってから、生まれてからそれまで分か、それ以上のケーキを食べている気がする。太らせる気か。考えて雲雀はちょっと笑った。カロリー消費につき合わせるのは吝かではない。
「どした? ほーらうまいぞ……うわ」
 先を舐めるとほんのりと薄甘い。そういえばこんな味だったなあと今更思う。以前食べた記憶もないし、本当に久しぶりなのだろう。
「おいしいね」
「そっか? まあ今日はだな、オレのことは兄さんだと思って……ってぎゃ!! いってぇ!!」
「……痛くないでしょ」
「心情的に痛ぇんだよ! そんな思い切りよく咬みちぎんな」
「おいしいよ」
「いやそれはいいけどな」
「大体兄さんはそんな風に触ったりしない」
「……いやそれは」
「兄さん?」
「恭弥がえろい食い方すっからだろ」
「……M?」
「いや違うけど! ……あーでも自分が自分でわかんねー」
 身長と一緒に胸囲も測ろうとしていたらしい男がぎゅうぎゅうとしがみついてきて、つい笑わされた。まったく同感だ。
 そういえば結局何センチだったか聞いていないな、とふと思った。体はもうベッドの上だ。すぐにどうでもよくなった。大体背比べというならば、比べるまでもなく図体の大きな男なのだ。腹立たしい。
 だが雲雀は成長期だ。あと何年かすればこの男のことなど思い切り見下ろしてやるのだと思えば、いくらでも寛容な気分になれるというものだ。




 だが何事にも限度というものがある。
 一度達しさせておこうとでもいうのか、舌で数度雲雀の性器をなぞりあげたディーノが、何か思いついたように口を離した。同時に勝手に動き回っていた指も抜かれる。途端に空気の冷たさを感じて雲雀は身を震わせた。
「恭弥。こっち見て」
 ゆっくりした物いいとは相反して性急な動きで、ディーノは自分のものを雲雀のそれに擦りつけてきた。それ自体は問題ない。ごつごつと当たる感触は焦れったく、だがその分先程より自分を保つことが出来る……だろうか?
「背比べ」
「………………へ?」
 愉快そうに声をあげながらディーノが二つ一度に握りこもうとする。無理だ。そういうかのように自分のものが震えて、雲雀は途端に恥ずかしくなる。
 比べるまでもない。見ればわかるというなら背と一緒だ。だが今度はさっぱりちっともまったく羨ましくなかった。何もそこまで馬鹿みたいに大きくなくてもいい。大体ここまで無駄な質量をぶら下げて、よくもまあまともに戦えるものだ。いや、だから何もないところで転んだりしているのだろうか。御要望道理咬みちぎってやれば、部下がいなくても闘えるようになるかもしれない。
「ねえ」
「ん……何だ?」
「口でしてあげる」
「うえ! ええっ!! ……いやなにおま」
「うえ?」
 人を束ねるものの直感だろうか。ディーノは大きく首を振り、少しばかり溜飲が下がった。
「いや嬉しいけど! どうしたんだよいきなり!」
「何嫌なの。僕にはするくせに」
「そうじゃねーって。あー……駄目だ。駄目だ。知らねーぞもう」
 悲劇俳優のように大仰に溜め息をついて見せたかと思うと、次の瞬間には体勢がそっくり入れ替わっていた。悪態をついてやろうと口を開くと舌が入り込み、足を開かされた。
「う、あー……きついなやっぱ。あいだ、があく、と」
 急いたような動きは最初だけで、すぐに止まった。いたわるように髪をいじる、手つきが気に入らない。
「あなたが、いつもより大きい、んじゃないの?」
「へ? いやそれは」
「そうだよ」
 まるで雲雀の所為かのような言い草が腹立たしい。きついというのならばディーノも同罪で、文句をいうくらいならもっと日本にくればいいのだ。
「あーそうかもな」
「うん」
「恭弥は」
「ん」
「ノギスのような人だ……」
 しみじみと、感嘆するかのようにディーノが囁いた。わけがわからない。だが雲雀の意識は殆どまともに出たこともない理科の授業に飛んだ。そういえばそんな名前の器具が、あったような気がする。
「なにいって」
「前に観たんだ。映画。白黒の」
 勉強のつもりか、日本の映画かそれとも吹き替えのものを、ディーノは時々点け放しにしている。確かに原書で読んだならこんな間違いはするまい。そもそもそれ以前に読めないだろうが。
「ノギスみてーだ。きょうや」
 嗤ってやろうとして、だが雲雀は呻いた。いうと同時にディーノが奥に押し入ってきたからだ。
「いつもよりおっきいか? オレ」
「……ばか」
「恭弥には全部わかっちまうんだもんなあ」
 慣れるのを待つかのようにディーノはまた動かなかった。こめかみに何度もキスを落とす。きらきらした髪が頬を擽った。だが絶えがたかった。大きな熱の塊。快楽の元。それだけでしかないはずのものが、今は細かな凹凸一つ一つまで、全て感じ取れるかのようだった。そんな筈はない、のに。
「好きだ。向こうにいる間ずっと、会いたくて会いたくて堪んなかった。だから……」
「だ、から?」
「……こんなにしてる」
 きゅう、と自分の中が蠢くのがわかった。下から上まで、感触を確かめるみたいに。
「ちが……これ」
「うん」
「は」
 何もかも了解したようにディーノが頷いて、腰を動かし始める。何もかも、わかっているのかもしれなかった。とめようもなく、体がびくびくと震えた。
「恭弥」
 繰り返し名を呼ばれるたび、縋るように自分の体が、中が動くのがわかった。だからわかってる筈だ。そう思うともう駄目だった。
「ディーノ」
 何かに似てる、そういおうとして言葉に詰まった。頭に浮かんだのは科学的な器具でも、小さな野草でもなく、馬鹿みたいに背の高い、比べるまでもなくきらきらした、太陽みたいな花だった。









 






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