赤々と燃える暖炉。その脇に飾られたツリー。待降節のある夕食時のことである。いつもながら我が家のシェフは最前最高の仕事をして、アマトリチャーナのフェデリーニの茹で加減も、アクアパッツアのイサキの味の沁み具合も申し分ない。目の前では数日がかりの仕事を終えて帰宅したばかりの我がつれあいがフリッターに舌鼓を打っていて、隣に座っているのは七歳になったばかりの自慢の息子。これを幸せと呼ばずしてなんと呼ぼう。
「ああ、ほらこぼしてるぞ」
「あ、ありがとパパ」
 トマトソースが胸を汚しているのを拭ってやる。親ばかといわれればそれまでだが、年の割に利発な子でもうかなり達者に二ヶ国語を操れるし、常に多勢の大人に囲まれているせいか物怖じすることを知らない。だが、どこか不器用なところがあるのか、テーブルマナーはお世辞にも習得したとはいいがたい。まあ、そこら辺は年相応ということだろう。
「あなたたちみてるとほら聖書にでてくる………視覚障害者が視覚障害者の道案内をする話を思い出すよ」
 思わずといった風に、そんなことをいいだす我がつれあいは日本人で、オレとであった頃はクリスマスについてだって、なんか風紀が乱れやすくて思い切り群れを咬み殺し放題の日、くらいの朧気な知識しかないほどだったのだ。別に信仰に目覚めたわけでもないようだが、こんな感想を何でもないように述べるのをきくと、ああこの国にも馴染んできたなあと感慨深い。てかどういう意味だろう。
「道案内?」
「あなたも汚れてる。胸のとこ」
「あ」
 トマトソースのパスタは滑りやすいから、たまにはこんなこともある。オレはナプキンでそっと拭った。
「なあディーノパパン。恭弥パパン。はなしがあるんだけど」
 そう息子がいいだしたのはドルチェを食べつつコーヒーを………息子はオレンジジュースだが………飲んでいた時のことだ。息子の声音は幼いながら真剣で、オレたちはカップをおいて居住まいを正した。
 自慢の息子。我がつれあいであり弟子である人と出会ったとき、まさかオレたちの間に子どもが作れるとは思ってもみなかった。彼は男性であり、そしてオレもまたそうであるからだ。だが医学の進歩は目覚ましく、特にボンゴレにおける開発の早さは凄まじい程で、今や同性同士で子どもを作ることは可能である。倫理的な問題だか何だか知らないが、カソリックの国であるイタリアはもちろん、日本でもこの方法は認可されていないので、法律上は養子ということになってはいるが、正真正銘、彼はオレと恭弥の遺伝子を継いだ子どもである。まあ、多少というかかなり見た目も性格もオレに似ている子で、髪や目の色がオレよりも大分濃いのと、ハンバーグがとんでもなく好きなのと、拗ねたときに唇を突き出す仕草が誰かさんにそっくりなことをのぞけば、アルバムの中にいる幼いオレ瓜二つであるが。
「どうした、あ、サンタさんに頼みたいプレゼントが決まったのか?」
 なんとなく話の予想がついてオレは思わず微笑んだ。去年は真っ赤な子ども用電動自動車。時速五キロ弱という、逆に作るのが難しそうな仕様だが、ライトもつくし、クラクションもなる本格派である。子どもの頃のおれも、それとよく似た、でもだいぶローテクなやつを宝物にしていた記憶がある。一昨年はミニカーで、その前はせかいののりものだとかいうタイトルの飛び出す絵本だった。オレも恭弥も暗記するほど読ませられたからよく覚えている。さて今年は何をお望みだろう?
「違うよ。サンタさんにはもう手紙をかいた」
「そうなのか? なんて?」
「ひみつだよ」
 それよりおれの話を聞いて、と息子は頬を膨らませているが………これも恭弥譲りの彼の癖だ………オレとしたらすっかりあわててしまってそれどころではない。どうやって聞き出せばいいだろう?
「僕が仕事のついでにフィンランドに寄って手紙を届けておいてあげたからね。いい子にしてたらきっとプレゼントがもらえるよ」
「恭弥パパン、すげぇなぁ」
 すごい。昨日まで南米での任務に当たっていたと聞いている雲の守護者は堂々と適当なことをいって、息子は心の底から尊敬しております、といわんばかりの表情を浮かべている。とにかく彼がこっそりほのめかそうとしていること………息子の要望は把握済みってことは了解したのでオレは大きく息をついた。
「サンタさんってどんな人だった?」
「ん? そうだね………髭がはえていたよ」
「すっげぇ! それで? それで?」
「それで?」
「あー………それで? おまえオレと恭弥に話があるんだろ?」
 先のことは考えない主義のペテン師が、明らかに困っておりますという表情を浮かべたので助け船を出す。あ、と息子は思いきり固まって、それから意を決したように口を開いた。
「おれ、どうしても大きくなったらマフィアのボスにならなくちゃだめなのかな」
「………おまえ」
 驚いていないといったなら、嘘になる。だがここまでオレに似ている子なのだ。マフィアになりたくないといいだして当然という気がする。まさか小学校にも行かないうちからそんなことをいいだすとは予想もしていなかったけれども。
「ごめんなさい! パパン」
「ん? どうしてマフィアのボスがいやなんだ?」
 優しげにそんなことを聞く自分に嫌気がさす。何がいやって全部いやに決まっているだろう。そんなこと、わざわざ子どもにいわせて何の得がある?
「………その」
「まさか、君、戦いたくないとか?」
 うちの子に限って、とでもいいたげな悲痛な声を恭弥があげた。いや戦いたくないに決まってるだろこんな子どもが。おまえ何考えてるんだよ。
「ううん、戦いたくないわけじゃないんだ」
「「そうなの!?」」
「え? うん。恭弥パパンと手合わせするのは大好きだよ。すっごくわくわくするし」
「そ………そうなんだ。いや別に僕もね、無理強いする気はないんだよ? 君が楽しいのが一番だしね」
 幼いジゴロの言葉に我がつれあいは照れたように頬を赤らめた。てか、その昔オレが初めて告白したときだって、ここまでうぶな反応は示してくださらなかった気がするのですが恭弥さん。
 だがよくよく考えてみればわからないでもない。幼い我が子にとって「戦い」といえばそれ即ち恭弥との手合わせのことだ。早いうちから運動能力を高めていくに越したことはないから、ほとんど遊びの一環として、鞭やトンファーの使い方を教えているらしい。オレもたまに参加してみているのだけれども、武器を使った鬼ごっことかかくれんぼの変形みたいなものをちょこちょことやっているようで、あんなに一生懸命遊んでもらったら息子としたらそりゃ楽しいに違いないのだ。
 だが何事にも手抜きという発想がなく、特に戦いとなれば常に全力投球な雲の守護者にとって、五歳の子供にあわせて、怪我をさせないよう、効果的に成長を促すよう手合わせをするというのは、実際は相当な難事業に違いない。十五の子ども相手の時すら、オレは、なかなかに手を焼いたものなので、その心中は察するにあまりある。いったら絶対怒るからいわないけど。まあとにかく恭弥はそれでも一生懸命息子のために頑張っていて、だからその素直な感想に努力が報われたように感じているのだろう。
「じゃあ、なんでマフィアになりたくないんだ?」
 とりあえず問題点を明らかにするため、オレは再び問う。別に無理強いがしたいわけではない。大人になっても彼の気持ちが変わらないなら、それはそれで仕方のないことだと思う。オレができることは、いつかオレが老いて、彼か彼じゃない別の誰かが後を継いでくれるかもしれない日のために、シマの平和を保ち、近隣のファミリーを穏便に傘下におさめ、経営の主軸を表企業に少しずつでも移していくため日々精一杯努力するだけである。やるべきことはこれからも何も変わらない。
「パパンのお仕事が大切なことはわかってるよ。みんながしあわせに暮らすためにがんばってるんでしょ?」
「え? あ、うん………?」
 誰だそんな適当なこと吹き込んだやつ。いや間違っているってわけじゃない。ただ泥船で海に漕ぎ出すような難事業の中では、うまくいかないことの方が多いくらいで、そんな風に過大にお褒めいただくほどのことはしていないといいたくなってしまう。だいたいオレが頑張っているのの十倍百倍いや一千倍はみんな頑張ってて、そんな支えあってこそのファミリーなんだ。
「でも………でもおれどうしても」
「ん? どうした? いってみな」
「おれ、おれどうしてもおっきくなったらえふわんれーさーになりたいんだ!」
 ぐらり、と目眩がした。そんなとこまで似なくてもいいだろう。幼い頃のオレの夢もF1レーサーになること、だった。テレビでレースをみるたびに、大人になって、画面の向こう側で一番にゴールする自分の姿を想像した。フェラーリのミニカーを常に持ち歩いて、得意げに将来自分はこんなかっこいい車に乗るつもりだと、宣言して回ってもいた。当時のオレの周りの大人たちはどんな反応を示したんだろう? 情けないことにさっぱり覚えていない。所詮子供のいうことだと、適当に調子を合わせていたのだろうか? それともおまえの将来はもう決まっているのだと、現実を突きつけてくれたのだろうか。オレはどちらもしたくない。
「そうか………レーサーか」
 たかだか七つの子供の夢が叶う可能性なんて、そうはないことはわかりきっている。オレはいつあのかわいらしい夢をあきらめたんだろう? 少なくとも十になるころには、自分が将来どんな仕事に就かなくちゃならないのかは理解していた。とんでもなく嫌がってもいたけど。
 だけど、この子がそんなにやりたいというなら、親として応援してやりたい。ボンゴレの幹部の一人は野球選手とマフィアの兼業という、とんでもない無茶を通しつつメジャーで十分な記録を残しつつあるという話だし、他にもファミリーを掛け持ちしている者だっている。シーズンオフ以外はアメリカで暮らさなくちゃならない野球選手に比べれば、F1レーサーなぞ、むしろマフィアと兼業しやすい職種といっても過言ではない。それに、継ぐといってもまだまだ先の話で、まぁ多少は修行というか、この世界について学ぶ時間が必要とはいえ、レーサーを引退してからでも十分遅くはない。まあ、オレがうっかり流れ弾にでもあたらなかったら、という話ではあるが。そうだ、あたらなければいいだけの話なのだ。
「そう、君がそういうならマフィアのボスになんてならなくていいよ」
 よし、がんばろうとおのが胸に誓ったところで、澄んだ声できっぱりと宣言する人がいた。いやちょっと待て。
「恭弥パパン………」
「ちょ、おま、何勝手なこといって」
「なにあなた、息子の夢を応援しないつもり?」
 怒ってる、というよりは驚いた顔で、それでも恭弥は武器を取りだした。ああ、こんな風に迷いなく、幼い頃のオレの夢をただ応援してくれる大人がいたなら、それがかなったにしろ結局マフィアのボスになったにしろ………いや何もいうまい。てかさっきからいやな予感がし過ぎて、ごめん息子よ、オレちっとも羨ましくない。
「違うからトンファーしまえ。ていうか応援しねぇはずねぇだろ、こいつの夢はオレらの夢だ」
「ディーノパパン………」
「だけどな、ほら、例えば兼業って手もあるし、引た」
「何いってるの、勝負の世界は甘くないよ。兼業なんて無茶いわないで」
 いしてからでも、といい終える前に、風紀財団のボスと大ボンゴレの幹部の職務を兼業している筈の雲の守護者は口を挟んできた。うん、皆までいうな、おまえは兼業してる気なんてないもんな。
「もちろん、あなたのいいたいことはわかるよ。マフィアのボスは大変な仕事だ」
「え? あ、うん」
 先ほども申したとおり、そんなことをいわれるとどうにも面はゆい。しかもそんなことをいってくれるのが、出会ってすぐに、あなたマフィアのボスなんて辞めて一生僕と戦ってなよとか大真面目に提案してくださった方ならなおさらだ。思えばあれがオレと恭弥の最初で最後の大喧嘩の引き金になったのだ。我がファミリーを軽んじたかのような発言にむっとしたのは当然としても、喧嘩までいってしまったのはオレも若かった、その一語に尽きる。確かに恭弥は歯に衣着せないところがあるけれども、きちんと説明すればわかってくれない人じゃない。実際そのあとゆっくり話したら理解してくれたし、今は、こんな風にオレの仕事を認めてくれている。ああオレの教育は間違っていなかったのだなぁとオレは思わず目頭を熱くした。
「キャバッローネのような薬を扱うことを禁じ、掟を遵守するファミリーが発展を続けることは、他ファミリーに対して一定以上の抑止効果がある」
「よくし………」
「うん、ディーノみたいにシマの平和を守ろうとしている人がいると、みんな、僕も頑張ろう、って思うってことだよ」
「すごい…パパン」
「マフィアっていうのは、そもそも悪い人たちから自分たちの土地を守ろうとして人たちの集まりなんだ。でも、悪い人たちには悪いことをしてもいいや、って思った人たちがいっぱいいたから、だから、危険なことがいっぱい増えてしまったんだよ。それがそもそも間違ってたんだよ。わかるね?」
「恭弥………」
 噛み砕いて息子に説明する口調は真摯で、オレは思わずひとことひとことにうなずいた。
「中途半端に反撃したって、世の中が変わる訳じゃない」
 そう、平和のためにオレたちがやれることは他にあるはず。
「むしろ争いの連鎖を生むものだよ。もっと、抜本的に取り組む必要があるんだ」
 ああ彼はなんて成長したことだろう。嬉しく、誇らしく、そしてちょっと
「マフィアだの犯罪者だの、すべて根絶やしにすればシマの平和のために尽力する必要もなくなる」
「恭弥パパン…」
 恐ろしい。いやだから何でその結論だ。
「ちょっと待て! なにやらかすつもりだよ」
「あなたのところはどうこうするつもりはないよ」
「いやそれはありがたいけどな?」
「シマを拡大しているのに争いごとは少ないし、最近は表の企業の経営にどんどん比重を移しているみたいだしね」
 ワオ。そうやってなんでもなくオレの努力をわかってくれるから、オレはいつも惚れなおしてしまうというのに。だけど、この努力はこの子のためであって、おまえに咬み殺されないためってわけじゃ
「恭弥パパン、ツナお兄ちゃんも咬み殺しちゃうの………?」
 そして、息子はもしや、とでもいいたげに目を丸くした。うん、おまえがオレの弟分に懐いていることは喜ばしく思っているし、その年じゃ「マフィア」なんていわれても会ったことのある奴のことしか想像できないのはわかるけど、世の中にはなツナの他にもいっぱい罪のないマフィアが………いないか。ああその、咬み殺されて根絶やしにされるほどには罪のないマフィアも、もしかして探したらどこかにいるかもしれないんだぞ?
「ああ、彼はマフィアの大本締めだからね。ん? 君、彼と会ったことあったっけ?」
「うん、あのね、おとというちに来たんだ。はやめのプレゼントだよっておれにヒバードのぬいぐるみをくれたんだよ」
「そう、あれ彼からだったの、よかったね」
「うん」
「じゃあ、彼は一瞬で始末をつけてあげるよ」
「一瞬?」
「そう」
 我が子に向けた慈愛深い微笑みはあまりに美しく、オレは思わず見とれた。恭弥は息子と視線を合わせ、ゆっくりといいきかせる。
「一瞬だよ、あっというま。ぽーんって頭を叩くだけだからね、痛いって思う暇もないはずだよ。だから心配しなくても、大丈夫」
「恭弥パパンやさしい…」
「きょうややさしい…………ってだめだだめだ!!」
 思わず説得されそうになってしまった。あぶない。そりゃツナだって、このいつも思う存分戦いたくて仕方がないオレのかわいい天使が、もう一人の天使のために、一瞬で勝負をつけてやろうと考えていることを知ったら、それじゃあ仕方がないから殺されてあげようかな、と思うかもしれないけれど、物事はそう簡単にすすみはしない。なんといっても相手はボンゴレのボスなのだ。
「僕からのクリスマスプレゼントだよ。イブまでには片を付けるからいいこで待ってるんだよ」
 そしてそんな優しげな声でする話じゃない。いやだそんな血塗れのサンタクロース。イタリアで暮らしだして七年、すっかり馴染んだと思ったのに。いくらなんでも我が弟子も、クリスマスにそんな物騒なことは御法度だってくらい、そろそろ学んでもいいはずではないか。
「恭弥」
「なに、協力するつもりがないなら黙ってなよ」
「そっちがおとなしくオレのいうこときけって。まったく、ちょっとしっかり躾なおさねーといけねーみたいだな」
「なに、いつまで師匠面するつもり? ついでにあなたも咬み殺すから覚悟しなよ」
 鞭を構えながらオレは大きく息を吐いた。いつまでと問われれば死が二人を分かつまで。出会ってすぐにどこまでの覚悟をもって家庭教師を引き受けたか説明してやった筈なのに。若きオレの決死のプロポーズを鼻で笑って、おまけに咬み殺すよと宣言してくれた人は、未だにこんなわかりきった事柄も理解していない。まったく、我が半身は子どもと同じくらい………いや本音をいえばそれ以上手がかかるのである。


「まったく、あれくらいで泣くなんて。もっと特訓をレベルアップしなきゃいけないみたいだね」
「そういうなよ。そりゃ泣くだろあれは」
 ぷんぷくりんに膨らんだ頬をつついてやる。出会って二度目の大喧嘩は………手あわせは死ぬほどしてきたが………「喧嘩しないでディーノパパン、恭弥パパン」という悲痛な叫びと泣き声で中断され、喧嘩なんかしてないよオレたちは仲良しだよという必死のアピールをしているうちに、なんとなく仲直りした、という格好になった。っていうか、「ごめんなさいっていいなさい」とか、オレはともかくあの雲の守護者にいえる奴なんて、我が子以外にいないだろう。いやオレもいえるけど! たぶんきっということきかないだろうってだけで!!
 そんなわけで仲直りの最中、今以上にファミリーの経営の主軸を裏社会から表へ移していくという決意表明と、だからといって自分も部下たちも他ファミリーに戦闘力で負けるつもりはないよという説明と………そんな話をずっとして、そしてなんとか「全マフィア皆殺し計画」は保留、ということで合意を取りつけたのである。仲介役の我が子は、泣き疲れたのか真っ赤な顔で丸くなって眠っている。あ、今の場面はベッドルームである。喧嘩して、仲直りして、泣きつかれた我が子を寝かせるため移動したのだ。まぁその戦闘で汚れた身体を清めるためシャワーはあびたし、ついでにまあそのいろいろしはしたが。まあでもそれも宥めるための手段の一環っていうか、正直我慢できなかったっていうか。
「んん………みんななかよし」
「ん、起きたの?大丈夫?」
 我が連れ合いはやさしい手つきで上掛けを直して、ああ仲良きことは美しきかな。
「でも正直オレは嬉しかったぜ。恭弥がオレの仕事、認めてくれてるんだなぁって」
「なにそれ、あたりまえでしょ」
「いや、そうだけどさぁ………会ったばかりの頃は、そんな仕事してるくらいなら僕と戦ってなよー、とか」
「ちょっと、子どもの頃の話だろ。今さら蒸し返さないで」
「そういうなよー、かわいかったんだぞ、すっげぇ本気の目をして」
「やめて。子どもだったんだよ。アプローチの仕方もわかってなかった」
「アプローチ?」
 俯いたかわいい人の頭を撫でてやる。ていうかアプローチってなんだろう。戦いなよ戦いなよとはしょっちゅういわれてはいたが。
「子どもでわかってなかったんだってば。あなたに、そんなこといっても駄目だって。でも、正直いって、初めてのプロポーズが相手にされないって結構辛かったんだからね」
「プロポーズ?」
「会ったばかりだし、でもあなた僕のこと好きだっていったし。だからこっちからプロポーズしたら、それはできない………とか。どれだけショックだったと思ってるの」
「………」
 え? 覚えがない。ていうか恭弥の方からそんなこといわれていたら覚えていない筈がない。なんといってもこちらは一目惚れだったのだ。
「ボスなんてやめて一生僕と戦ってなよっていったのに………だから、あなたが僕と戦いたくない訳なんてないし、マフィアをやめろっていったのが悪かったのかなって」
「恭弥………」
 嬉しくないといえば嘘になる。あの頃の、まだまだ子どもだと思っていた恭弥がそこまでオレのこと好きでいてくれたこと。でもどこの誰があの戦闘マニアの御言葉をプロポーズとして読解できるというんだ?
「なに」
「じゃぁおまえ、なんでオレのプロポーズ断ったんだよ」
 だいたい、それだったらたしか何日か前のことだった筈の、オレの提案に頷いてくれれば済んだ話ではないか。相手は中学生でしかも男の子でボンゴレの次期守護者で。決死の覚悟で口にしたというのに、鼻で笑って咬み殺すよと。正直めちゃくちゃショックだったんだからな。
「なにそれ。受けたでしょ」
「受けてねーよ。おまえ咬み殺すよっていって」
「いってないよ。わかったっていっただろ、それですぐにこの子が生まれて」
「その前だ! 会ってすぐ!!」
「すぐ? え、知らないよ」
 恭弥はぽかんと口をあけて、ああこれは本気で覚えていない。いや悲しくなんかない、悲しくなんかないぞちくしょう。
「いったろ、死が二人を分かつまでオレはおまえの先生だって。でもおまえがいるだけでオレに教えてくれることもいっぱいあって、それがオレを強くしてくれる」
「………」
「一生オレの傍にいてくれ」
 ああ、今でも鮮明に思いだせる。息が止まりそうなほど緊張して、途中で取りやめたくなるくらい声が震えていた。西日が照らす中学校の屋上。彼は無造作に髪をかき上げながら空を見上げていて、放っておいたら鳥と一緒にどこかに飛び去ってしまうんじゃないかと思ったのだ。
「………あれ、プロポーズだったの?」
「………え?」
 でもこんな返しは予想していない。覚えてないならまだしも、通じていない、とか。どっからどうみてもわかえりやすい、紛れもないプロポーズだった筈である。
「わかるわけないよ、一生先生とかどこまで師匠面するんだって思ったし、僕のプロポーズを断ったあとだから、勝手に予防線張ってるつもりなんだろうと思って腹がたって………だいたい、だったらなんで僕の話を断ったのさ」
「え? あれはその後だろ? オレのプロポーズ断って、一生戦えとかいわれて………オレのことなんだと思ってんだってムカっときたからよく覚えて」
「なにそれ」
「ん? や、ごめんな。おまえの気持、あのころわかってやれなかったのは悪かったと」
「プロポーズしたのは僕の方が先だよ」
「………………………………いやオレのが先だ」
 そこは譲れん。
「僕の方が先だよ。あなた、もうぼけたの?」
「オレのが先だ。恭弥、子どもの頃の話すぎて忘れちまったか?」
 すっとトンファーを取り出す愛しい人の姿に、思わず溜息をつく。まったく、こんなだいいなことまで教えなおしてやらねばならないなんて。だが引くつもりはないしここはきちんと
「………ディーノ、ぱぱん、恭弥パパン………どうかした、の?」
「「どうもしないよ!!」」
 頭をぐらんぐらんさせながら瞼を擦る我が子に、オレたちは思わず声をそろえたあぶない。
「どうもしない?」
「ああオレらはなかよし! なあ恭弥?」
「もちろんだよ。さ、もう寝る時間だよ」
「んー………」
 とりあえずは一時休戦。ああまさしく子はかすがい。オレたちは過去の細かな日時の詳細は不問にしようと、視線で合意に至った。まあ、オレのプロポーズが先だったのは事実なんだけど。












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