「あなたってけっこう、勝手なとこあるよね」
 とがった口調でそういわれて、思わずディーノは眉をしかめた。かわいいかわいい恋人の御言葉であっても、腹がたつことはあるものだ。
 来日してまずにと向かった並盛中学の応接室。顔を見てしまえば、抱きしめたいしキスしたいし、他にもいろいろ。そう思ってしまうのはあたりまえのことではなかろうか?
「おまえこそ。だいたい、恋人といちゃいちゃしてぇってのの何が勝手なんだよ」
 常識的な反論である筈だ。だが、さっぱり納得がいかない顔をした子どもはこうのたもうた。
「じゃあ恋人と戦いたいっていうのの何が勝手だっていうの」
 何がって全部である。だが反論するのははばかられた。彼は恋人であると同時に雲雀恭弥で、つまり戦わないっていう選択肢がありえないことくらいディーノだとて理解しているし、恋人以外の誰ぞと戦えるからいいや、とかいわれたらそれはそれで困るはずなのだ。というか、今恋人っていった…!! と内心歓喜でうちふるえている時点で、もうなんか駄目な気がする。言い争っても勝てる気がしない。
「それは勝手じゃねぇ、けど。でもなんだよ、恭弥はオレといちゃいちゃしたくねぇの?」
 拗ねた目で唇を尖らす自称家庭教師に、雲雀は思わず瞳を眇めた。本当に、大人というやつは卑怯である。きっとそういう顔に雲雀が弱いと知っているのだ。ちょっとかわいいと思って! 正直にいえば今はしたくない。久しぶりにあったらいの一番に思い切り戦いたいのは当然のことだ。それに、彼のいうとおりホテルに行って、その、いちゃいちゃなんてしてしまったら、絶対それだけですまないし、そのまま最後までしたら、さすがにすぐ戦える体調にはならない。そりゃこの前ディーノが日本きたときそういいはって思う存分武器を交わしたあげく、ご飯食べてる途中に熟睡してしまったのは、まあ悪かったかなと思わなくもないけどそれはそれだ。あれから三週間以上たったし、きっと体力もついてるような気がする。
「その、したくないわけじゃないけど」
「だよな!」
 なにその当然みたいな答えムカつく。
「恭弥もこの頃慣れてきたのかなーって、なんか前より気持ちよさそうに」
「咬み殺す」
「な! おまえ手合わせしたいからって実力行使にでようとするのやめろよなー。だからオレはいちゃいちゃしてーんだって」
 背中に腕を回されて、トンファーごと拳をつかまれる。ソファに二人並んで座っていたのが敗因だった。距離が近すぎる。
「ばかはなせ」 
「ばかいう方がばかなんですー」
 いうほうがだばか。もう手合わせとかいいからとにかく咬み殺したいんだってば………ってあれ?
「………そういうあなたも実力行使にでようと、してない?」
「ばれたか」
 ばれいでか。いつの間にやらディーノは左手でトンファーを二本まとめてつかみ、右手はさわさわと意図を持って雲雀の体をくすぐっている。
「ひきょうもの」
「んー? そんなに、オレといちゃいちゃすんの、やなの?」
 耳元に注ぎ込まれた言葉は笑みを含んでいて、そんなことないってわかってるとでもいいたげだ。それはそうだろう。だってもうきっと、耳だけじゃなく頬まで赤い。
 彼とするのは好きだ。気持ちいいし、おなかの中に暖かいものを注ぎ込まれたみたいな気分になる。いや、物理的にそうされたって意味じゃなくて。確かにされたこともあるけどそういう意味じゃなくて、精神的な意味で。
「ひ…やじゃな」
「んー………ちゃんときこえねぇ。いやぁ、ちくしょう傷つくなあ?」
 このやろう。いやだっていってやればよかった。
 でも本音をいえばディーノとすることはなんだって………戦うのはもちろん、セックスも、食事も、睦言じみたくだらない会話をすることだっていやじゃなかった。そんなふうに思っているのは自分だけなのだろうか?
「あなたは、そんなに、僕と戦うの、いやなの?」
 だから売り言葉に買い言葉で言い返してやったつもりだったのだが、その声は雲雀本人すら驚くほど震えていた。自分の声じゃなかったら泣いてでもいるのかと思ったことだろう。そりゃそうだ、誰だって耳をはまれ、衣服越しとはいえ太股の付け根を擽られながら、堂々とした、渋くて男らしい声なぞ出すのは不可能である。嘘だと思うなら試してみればいい。
「きょ、きょうや!! そんなわけねぇ、そんなわけねぇって!!」
 ディーノはあわてて体をずらし雲雀と向き合った。なんてことだろう。あまりのかわいさに、ちょっとからかってやりたくなっただけで、この繊細な子を傷つけるつもりなぞ全くなかったのだ。
 それに、この子と手合わせをすることがいやなんて、そんなことがあるものか。そりゃいくらまだ力量差があるといっても、トンファーで殴られれば痛いし、山のような仕事を片づけて日本で飛んできたときくらい、まあちょっと勘弁してくれないかな、と思わなくもない。
 だが、例えば家庭教師として鍛えなければという思いとか、好きな子をただただ喜ばせたいという我ながらけなげな願いだとかだけで、いつもいつも相手をしているわけではないのだ。雲雀との手合わせはディーノにとっても特別だ。鞭を構え対面すると、雲雀の瞳はまるで星空みたいに輝いて、彼の呼吸だとか、視線の先だとか、高揚だとかそんなものが、まるで我がことのように感じられる。マフィアをやる上でいやでも巻き込まれることもある戦いと、雲雀との手合わせとはぜんぜん別物だ。他の誰と戦ったって、あんなふうに、腹の底に炎がともるような、あたたかいものが注がれたような、そんなくすぐったくも幸せな気分になることはない。
「おまえと手合わせしたくねぇとか、そんなんじゃねぇよ。楽しいにきまってんだろ?」
 その喜びも忘れて、彼を傷つけるようなものいいをするなんて、自分は大馬鹿者だ。なんてひどいことをしてしまったろう。
「それに先生だっていっても、オレの方こそ学ぶことだっていっぱいある。おまえのその………気概とかさ。すげーなって思ってるし、オレも負けねーようにがんばらねーとなって意欲がわいてくるっていうか………だからおまえとの手合わせはオレにとっても大事なじか」
「だよね!」
「ああ?」
 なんだその当然だよみたいな答え。
「わかってたよ、僕と戦うのが嫌なはずないよね」
「あー………うん、そうだけどな?」
 おまえ大事なことがわかってないだろ主にこの境地にオレを至らしめた愛とか愛とか愛とかと、心の中で呪詛に近い声音で呟きながらディーノは雲雀の肩口に顔を埋めた。きっぱりはっきり、そういって叱りつけてやりたいという欲求と、でも流石に恥ずかしいなという自尊心が己が内部で盛大な戦いを繰り広げた結果、後者が辛くも勝利をおさめた結果である。別に勝因はディーノのプライドが人一倍高いだとかそういうことではなく、もし思うさまに内心を吐露してしまえば、この恋人は次から「僕を愛しているなら本気で戦いなよ」だとか、そういう、ものすごくあらがいがたい要求を突きつけてくるのではないかという不安………というか確信が胸に去来したからであった。
「つまり、あれだよね。優先順位の問題だ」
「………優先順位?」
 そういう話だったっけか。だがおそるおそる体を離して顔をのぞき込んでみれば、風紀委員長は真面目な顔でこくりと頷いてみせた。
「つまり僕はあなたと戦うのが好きだけど」
 うん、知ってる。
「あなたは僕と戦うのより、その、い………いちゃいちゃするののが好きだってことだろ」
「あー…うん、そうだな」
 オレがもっと悪い大人だったら「よく聞こえなかった、もう一回」とかいってあと十回くらい「いちゃいちゃ」っていわせるところだぞとか考えながらディーノは頷いた。まああれだ。そんな要求をしたら速攻実力行使で手合わせする羽目におちいられそうだけど。
「いい大人が我儘いうとかいけないよね………しかもあなた先生だっていってるくせに」
「いやそれは………てかおまえ、いつもは家庭教師だっつっても認めねぇ癖に」
「そんなことはないよ? …………………せんせい?」
「ぐっ!!」
 卑怯だ。卑怯である。今までいくら強請ったって先生なんて呼んでくれなかったくせに。
「ね、いいでしょ?」
「…そ、それよりさ、優先順位とかいうけど、そこには何馬身くらい差があるんだ?」
「馬?」
 驚いたように瞳を瞬かせた弟子は動きを固めて、思案する様子を見せる。真面目な子である。
「ご………十馬身くらいかな!」
「そ…」
 そんなに。ディーノは思わず床に崩れ落ちそうになって、だがなんとか持ちこたえた。彼の認識は彼の認識であり、それをあれこれいうのは間違っている。責めるべき咎があるとするなら、いい気になって自惚れて、まだまだ幼くしかも同性の相手を悦ばせることができていると思い込んでいた自分であろう。でもだっておまえ、すっげぇかわいい顔して、この前なんて「もっと」って「もっと」って………いやベッドの上でのものいいに言質をとったつもりになるとかガキじゃあるまいし。でも恭弥はそんなくだらない媚なんて知らない子で、むしろ下手すると今日は意地でも気持ちいいなんていわないぞという決意すら漂わせていることだってあって、それがキスするたび触れるたびだんだん表情を蕩けさせて、最後にはまるで暖かいもので身体がいっぱいになったみたいな満ち足りた表情を浮かべる………のを見るとディーノも同じものを心に注ぎ込まれたような気持ちになる。そう感じていたのは自惚れだったのだろうか?
「それであなたの方はどれくらい差があるのさ」
「オレ? えーと、ご………いや、三馬身くらい…?」
「そんなに?」
 この子どもに同じ衝撃を味わわせるわけにはいかない。そんなわけでとんでもなく気を使って、ディーノの実感よりも大分少なく見積もっていってみたのだが、雲雀は目を丸くして、鼻先くらいの差だとばかり思っておりましたと全身で訴えている。いやそりゃねぇよ、さすがに。
「あなたそんなにセックスするほうがいいわけ」
「へ?」
 据わりきった瞳で問われて、思わず固まる。そんなこといってな………いやもちろんそこもすごく重要だけど、いちゃいちゃしたいって要望はそれのみじゃなく…ていうかおまえ、さっきまでの恥じらいはどこいった。何で普通に発音してんだよ。
「そーか。いやオレが悪かった」
「え?」
「オレがいい気になってたんだ。恭弥もきもちよくて感じてるとばかり………駄目だよな、独りよがりだなんて最低だ」
「え? や、ちが………」
「おまえはまだ慣れてねぇのに。かわいい声出してくれるから勘違いしちまったんだ。怒られたって文句はいえねぇ。でも大丈夫だ。恭弥はわかってないかもしんねぇけど、だんだん入りやすくなってるしな。これからはもっと丁寧にするし、おまえにもっとしたいって思えて貰えるように………ん、どした?」
 俯いた顔を覗き込むと、雲雀は頬を赤くしてふるふる震えていた。あ、やっぱり、恥ずかしくないわけじゃないらしい。ディーノは反省した。我が不徳の致すところという自覚はあるものの、ちょっと、まあちょっとは、悔しかったりもするわけで。ついつい嫌がるのをわかっていて、赤裸々なことを口にしてしまったというか。でも決意表明は全くの本気である。二人の人間がいて、円満に恋愛関係を維持したいと考えているのならば、片方の意思を押しつけるなんて一番あってはならないことだ。できれば話し合いで、そうでなければ行動で。こちらの要望だってそう悪いもんじゃないなと思って貰うためにひたすら努力するのみである。
「…わかったよ」
「え? あれ、そうか?」
 ぜったい怒ると思ったのに。だが大きく息を吸って、そして吐いてみせたかわいい人は、「冷静」と筆で書いたみたいな、落ち着いた表情を顔に貼りつけていた。
「僕もいい気になっていたみたいだ。最悪だね」
「え? いやおまえ、なんの話を」
 ぼそぼそと自戒の念を語る恋人に当惑する。この部屋には彼と、彼に正直マフィアのボスとしての威厳だとか尊敬の存在がかなり心配なレベルで溺れきっている男………まあつまり自分のことだが、それしかいないのであり、いい気になっていたといわれても、それは正しい現状把握でしかありませんと思う訳だ。つまり、あなたなんてもうすっかり骨抜きにしたつもりでいただとかいわれたとしても、ええそうですその通りですと答えるほかない。
「これでも、自分でいうのもなんだけど並盛では一番強いつもりだったんだ。でも、あなたと戦うようになって、前よりずっと身体が動くようになって………まあその、うん」
 ってそういう話かよ。だが照れたように首を振った人の表情は見間違いようのない自負を湛えていて、おのずとディーノも誇らしくなった。そうだ、おまえは強くなった。
「でも、まだ足りなかったんだ」
「え、いやおまえ…」
 思わず言葉を失った。何をいっているのだろう。彼は強くなった。それはもう、普通の人間なら一歩一歩登っていくところを、ふわりと羽が生えたみたいに。もともとの資質、努力、怖れのなさ。どれが欠けても、こんなふうに成長はしなかっただろう。そして、自分の手助けも、彼に力を与えた。それはたぶん、この先何があってもディーノが宝物のように胸の中で誇りに思うだろう事実だ。
「だって、あなたに勝ててない」
「いや、きょうや。それはな、それは…」
 確かに。
頷いてしまいそうになるのをなんとかこらえる。年齢差だとか経験だとか、そんなことをいっても雲雀は納得はしまい。今のオレを強くしているのはファミリーだけじゃなくておまえの存在もあるんだよとか、そんな純情な男心を語ったりしたらむしろ本気で怒られそうだ。ディーノは言葉に迷った。その癖嬉しくもある。なんといってもこれだけ勝敗のわかりやすい一対一の手合わせを繰り返して、只の一度だって負けを認めたことのない子である。とんでもなく才能に溢れてはいるものの、負けを認めてそこから学ぶということに関しては壊滅的なほど向かない負けず嫌いだ。
「それでも、あなたは素直じゃないだけでほんとうは僕と戦いたくて仕方ないんだと思ってた。自惚れてたんだ」
「きょうや。そのな、その」
「でも僕は強くなる」
 こくり、と雲雀は重々しく頷く。まるで自分自身に言い聞かせるみたいに。
「僕は強くなるよ、きっと。きっとだよ。あなたを退屈なんてさせない。あなたが戦いたくて戦いたくて仕方がなくなるくらい、強くなる。約束する」
「きょうや…」
「そしたらきっと、あなただって楽しいよ」
 好きだ、とか愛してる、とか。彼に囁いたいくつもの愛の言葉を思い出した。深く考えずとも口をついたものもあるし、完璧ではない日本語の知識を総動員して捻くりだした口説き文句もある。恥ずかしげもなく身を捩って推敲した、美文だって。でもこんなふうに熱烈で赤裸々で不器用で真摯な未来の約束を、ディーノは思いつきもしなかった。
 彼は強くなるといっているだけなのに。なんでこんなにも嬉しいのだろう。身体じゅうが幸せで満たされたみたいな、そんな気持ちだ。自分は彼に、いつかこんな幸せを与えることができるのだろうか。
「勝負だ」
「………………………え?」
 宣言した声は擦れていて、我ながら情けないと思わないでもない。ディーノは大きく息を吐いた。だけど、愛しい人に甘え続ける程情けないことはない筈である。
「恭弥がオレが戦いたくなるくらい強くなるか、オレが恭弥がいちゃいちゃしたいって思うくらい気持ちよくさせてやれるか。どっちが先かな」
「…なにそれ」
「ん? なんだよ、自信がねーのか?」
「誰に向かっていってるんだい?」
 負けず嫌いの瞳が光った。そうこなくちゃ。さすがに口に出すのは恥ずかしかったので心の中で誓った。おまえがしたくてしたくて仕方なくなるくらい、オレのこと好きにさせてみせる。約束する。
「じゃあほら」
 さいしょはぐー、との掛け声とあわせて手首をつかむと、雲雀は目を瞬かせた。殊更に音をたてて手の甲にキスしてやると、虚を突かれたような表情のまま固まっている。これで照れ屋なところがあるのだ。ディーノはにやりと笑った。
「じゃんけんぽ…」
「え? え?! ちょ、待っ」


 どうしたことだろう。明らかに納得がいかないタイミングでだされたちょきに勝った………というかいきなりあんまり恥ずかしいことしたのでぐーで殴ったあげくに戦って、それ自体は楽しかった。いつもどおりに。だが疲労困憊をした身体はたいした抵抗もできないまま………まあするつもりもないのだけれどもなんていうかこうしないというのも癪だというか照れくさいという意味で一応様式美としてしておきたいそれもできないまま運ばれて、お風呂に入って食事をして、腹もくちくなってすっかり眠くなったところで、明日ちゃんと手合わせしたいだろとかなんだとかうだうだいっている家庭教師に全身をマッサージされた。最高である。プロボクサーやプロレスラーだって、もしかしたら王侯貴族だって、ここまで理想的な待遇を受けているわけではあるまい。そんな満足にすっかり浸っていたところで、ふと、あれでもこれあの人のいう「いちゃいちゃ」と何が違うのかなという本質的な疑問に気づき………というか同時に自分の肉体の一部の変化にも否が応でも気づいたわけなのだけれども、そんなわけで気づけば雲雀からすれば優先順位二番目の筈のそれも、いつの間にやらしっかりこなすことになったわけだ。
「ムカつく」
 能天気な顔で眠りの世界を漂っている男を見やりながら雲雀は呟いた。無駄に大きなベッドの上、薄く口を開け左腕を大きく広げて、満足しきって眠っている男を。そう、戦って、いちゃいちゃして、彼はすっかり満足しているに違いない。そういう顔だ。
「…ムカつく」
 そうはいっても多分彼のその左腕は痺れているし、その責任は自分が負うものとわかっていてもだ、ムカつくものはムカつくのだ。雲雀は大きく息を吐いた。だってそんな、自分だって満足しているなんてそんな筈はない。
 接戦、とか引き分け、とかそんな文句は雲雀が一番厭うところだ。勝負は勝つか負けるか。甘っちょろいことをいわず限界まで戦えば、おのずと勝敗はつくはず。つまり思う存分戦って、同じように思う存分あれをすれば、けっきょくどっちが楽しいかなんて簡単に判断がつく筈なのだ。
 その筈なのに。
「………………ムカつく」
 根元のあたりが湿った、気にいりの金の髪を弄りながら雲雀は大きく息をついた。まったくムカつく。だって本当なら絶対に戦う方が優先順位が上に違いなくて、そうじゃない筈がなくて、だから今こんな気分になっているのはどう考えても、この人が幸せそうな顔で能天気に寝ているせいだ。
「…ねむ」
 ふわあ、と雲雀は大きく欠伸をして、瞼を擦った。カーテン越しに差し込んできた光か、それとも他の理由か、なんとなく目が覚めてしまったけれど、睡眠時間はどう考えても足りていない。まだ多分時間も早いし、そもそも寝るのだって遅かったのだ。
 遅くなってしまった要因を蹴飛ばしてやりたくもなって、そして実際蹴飛ばしてやることだって可能なのだと気づいて、雲雀は思わずディーノの白くて柔らかそうに見えるけどそこまで柔らかくない頬っぺたをつねってやった。このやろう。だっていつもだったら億劫で、蹴飛ばすなんて絶対無理、なのだ。やだって何度言っても、馬鹿みたいにこらえるような顔をして馬鹿みたいに時間をかけて馬鹿みたいに延々と雲雀のそこを弄くり倒してくださったおかげだろうか。まったくちっともさっぱりこれっぽっちも感謝の念は覚えないけれども、癪なことにいつもよりかずっと身体が楽だ。どうしようやっぱり蹴飛ばしとくべきなのだろうか。
「ん………ん、きょうや…」
 マフィアのボスとは思えないほど危機感のないマフィアのボスが、無断で髪やら頬やらを弄っていた人間の手の甲に唇を寄せてきて、雲雀は思わず溜息を吐いた。
 宥めるみたいにキスを落として、それからベッドの中に潜り込む。二度寝なんてそんなこと、いくら休日とはいえ風紀委員長には許されないんだけれど。学校で寝る分ならいくらでもオーケーだって僕の中の風紀が主張しているとはいえ。
「きょうや………」
「うん、おやすみ」
 多分もう一度寝て、起きれば僅かに残っている怠さや眠気だって消えて、どちらを優先順位が上と決めるにせよ、両方………つまりもう一度戦うのも…その、いちゃいちゃするのも可能だろう。なんと喜ばしいことだろうか。とはいえ今の一位はぶっちぎりで安眠を貪ることなので、胸のあたり、一番騒がしいところに頭の置き場所を見つけて、雲雀は小さく微笑んだ。まさかこっそり起きていたマフィアのボスが、これも「いちゃいちゃ」の内であると見做しているとは気づく由もないので。
















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