例えば絵葉書を購入したり。駅のスタンプ、名産品を象ったキーホルダー、ホテルの案内書。そんな細々したものを買い求めるのを、旅先の楽しみにしている人間は少なくない。我がファミリーにも何人か、仕事で外国を回る機会が多いことから色々と収集しているらしい。度々戦利品を見せられたこともある。オレはそんなまめな性格ではないけれども、それでも気が向いたときに異国の風景をぱちりとやりたくなることがあって、携帯の画像フォルダには、そんな写真が結構溜まっている。画質がいい訳では勿論ない、アングルや光線その他諸々なんて考えたこともない、ただその時目に留まっただけの街並がいつの間にやら思い出になって、暇な時に見返すと案外楽しかったりするものなのだ。
 そんなわけで、じゃじゃ馬な弟子から、宿泊した旅館の枕が欲しいとねだられたときには、とんでもなく嬉しかったものだ。旅先の、思い出の品がほしいなんて、かわいいところもあるじゃないか。オレはすぐさまフロントに電話して話をつけた。旅行といってもヴァリアーとの戦いに備えて、修行をしながらあちこちを回っていた時期で、大して遠くまで来たわけではない。話を聞くと、いや聞くというほどの会話につきあってくれるような子どもではなかったが、何とか聞き出した情報を総合すると、普段からほとんど並盛を離れたことはないらしい。十代なんて、下らない、だけども貴重な経験をうんとこさ積み上げるべき時期だ。オレは恭弥にできる限りの思い出をやりたいと、それはもう張り切った。だいたい恭弥も、いつも拗ねたり剥れたり怒ったりと忙しくしているし、同じ部屋に泊まった時の嫌がりようといったらなかったけれども、この旅行を、というか四六時中オレと戦える状況を本心では楽しんでいるのはわかっていた。そのくせ、記念に欲しがるのが枕一つなんて、いじらしいというかなんというか。修行中に、休憩を取らせよう栄養補給させようと、ジュースを飲むかといっても、何か菓子でも食べるかと聞いても、「いいから戦おうよ」一点張りの、とんでもなく奥ゆかしい子どもである。それが例え高価なものではなくても自分にねだってくれて、オレは酷くうれしかったのだ。
 次に恭弥に枕をねだられたのは、それから二月か、もう少し経った頃だった。もしかしてただ単に恭弥は枕コレクターだったりするのかな、なんて、オレはこの子どもの澄んだ目をまじまじと見返してしまったものだ。だってそうだろう。比喩的な、組織図どうこうの話ではなく、ごく単純に人体に関していえば、頭は一つしかないのである。まだまだ先代の枕は使用可能なはずだ。だが今回は並盛の、オレが日本に宿泊する際いつも使うホテルの枕だった。知らなかった恭弥の一面に若干驚いたにせよ、そのときもオレは嬉しくて仕方なかった。気があうな! と抱きしめたりしなかったのが不思議なくらいだった。オレもまた、枕だけでなくベッドも、部屋も、なんならホテル全体買い占めたいような気分だったからだ。記念。つまりそういうことだ。恭弥と付き合いだして、まだ一週間かそこらだった。体を繋げるようになってからは、若干、大人としてはそこはきちんと主張したいところだが若干短かった。まあ、そう、きっと多分半日くらいは。それで、まあ、恭弥は風紀委員長で、オレは責任ある大人で、で、そういった行為に及ぶ場所はまだオレが借りているホテルの一室だけ。当たり前だが恭弥はそういった行為に馴れてなくて、というか初めてで、出来る限り気を使ってはいたけれども、挿入の際にはかなりの痛みを伴うようだった。付き合うことになっても恭弥の態度はさっぱりこれまでどおりだったし、オレはいつこんなこともうやめる、とか恭弥がいいだしやしないかとずっと冷や冷やしていたのだ。基本的に今現在しかみない雲雀恭弥に、長期的な視野を持ってセックスに取り組んでいただきたいとか懇願しても無駄だろう。トンファーで殴られて終わりな気がする。なのに枕を欲しがるなんて! あの時オレは何があっても一生この子を大切にすると心に誓ったのだ。
 そして今である。そろそろ放課後、という時分だろうか。来日してすぐ並盛中学を訪れたオレは、疲れが溜まっていたのだろうか、応接室のソファでついつい転寝をしてしまっていて、そして目覚めると膝の上に確かにあった筈のぬくもりが消えていた。慌てて見回せばぬくもりはソファで隣に座って、ノートパソコンを開いている。恭弥はそろそろ中学を卒業、このところいつも慌ただしくしていた。引継ぎの作業がそれなりに滞っているらしい。大変だなあ、とパソコンの画面を覗き込んで、そして固まった。仕事かと思えばどうやら通販のサイト。画面上では商品の枕に関する利点を様々あげている。
 正直オレは面白くなかった。枕。既にオレは二点彼に買い与えている。吝嗇臭いことはいいたくないが、まだまだ充分使えるはずだ。別に毎晩抱いて寝て欲しいとか、そんな無茶を雲雀恭弥に望んでいるわけではないけれども、やっぱり本音ではちょっとは大事にしていて欲しいと思っていたのだろう。
 と、そこで恭弥の右手がマウスをスクロールした。現れた枕の画像は、そう、枕なのだろうこれは、だがどっからどうみても女性の下半身以外の何ものでもなかった。
「な! なんなんだよこれ」
「ああ、あなた起きたの」
 恭弥はなんでもない様子で、こちらを振り向いた。その事実にまた動揺する。だってまったくちっとも疚しいとか感じてないみたいなのだ。
「それ、………買うつもりなのか?」
 浮気すんな馬鹿、とか叫びそうになるのを押し隠して、なんとか平然とした様子を取り繕えたと思う。いや、それに浮気ではない。どう考えても。枕なのだし。ミニスカートをはいて正座している女性の下半身にいくら似ていようとも、これは枕なのだし。
 だいたい自分がイタリアでマフィアのボスというよりは修行僧のような生活に勤しんでいるからといって、それは自分が好きでやっていることなのであって、相手にまで求めるのは間違っている。恭弥は中学生の男の子で、オレと付き合ってはいるけれども別にもともと男が好きとかそういうわけではないのだ。そりゃそういうことに興味があって当然である。しかもどうしたって遠距離恋愛で、顔を合わせない日のほうが多いのだ。正直エロ本でも持ってるのをみつけた、とかの方がましだった気がしなくもないのだけれども。
「どうしようかな………。色があまりないんだ。カーキがあれば買ってもいいかなって思ったんだけど」
「へえ」
「まあ本物とは違うだろうしね」
「そうだな」
 何とかオレは相槌を打ち続けた。多分インテリアとの色の兼ね合いがあるのだろう。正直どんな色でも部屋で浮くんじゃないだろうかと思うのだけれども。
「知ってる? 枕が体に合わないと深い眠りを得られないし、疲れも取れないんだ。枕外来とかいって、それ専門で診察する医者もいるんだよ」
「ほう」
 何の関係があるのかわからない。いつだってどこだってかーかーよく眠る子どもである。修行中の頃なんて、寝顔を眺めながら聖句を唱えて何とか心の平安を保っていた狼の前で、それはもう危機意識の欠片もなくよく眠っていらしゃった。
「僕は木の葉が落ちる音でも目が覚めるから」
「おまえなあ………前やったのはどうしたんだよ」
 木の葉の音云々という、雲雀恭弥気に入りのジョークに今日はつきあってやる気にはなれなかった。これ以上眠ってどうするって話だ。
「ああ、あれ? 全然ダメだよ」
「だっ………め、ておまえ」 
 こともなげに恭弥は答える。オレは泣き出さずにいられるのが不思議なくらいだった。この子どもの自由な性質を何よりも愛しているけれども、それが今は辛い。まるでオレだけが彼を好きみたいだ。
「全然ダメ。やっと見つけた、って思ったのにな。帰って使ってみたらダメなんだ。眠れない」
「………そうかよ」
「なんでだろう。前はそれでも平気だったんだけどね」
「大丈夫なのか?」
 恭弥が切なげに息を吐く。それだけでオレはすっかり慌ててしまい、気づけばすっかり損ねていたはずの機嫌などどこかへいってしまった。ああオレはなんて無神経だったのだろう。
 そりゃいつだってどこだってかーかーよく眠っているし、多少騒いだって起きやしないし、寝顔はかわいいし、でも隣でオレも眠ってその後のことはわからないのだ。オレが能天気に眠っている横で、不眠症に悩まされていたのかもしれない。かわいそうに!
「本当は、その枕外来にもいったりしたんだ。藪だったけど。草壁にも色々枕を買い集めさせたりして」
「恭弥。オレも心当たりを調べて………いや、それ専門の医者はな、知り合いにいねぇけどでも」
 情けないことにつてのある医者といえば縫合がうまいのとか薬物に詳しいのとかそんな。恋人が困っているときに役に立たないなんて、なんて情けないマフィアのボスだろう。
「だからこの枕ならいいかな、って思ったんだけど」
「ごめんな………って、え?」
 ふわ、と小さく欠伸をしながらこれ、と恭弥はパソコンの画面を指差した。未だそこにうつっているのは、正座した女性の下半身、もとい枕である。どっからどう見てもネタ重視であり、安眠性とかは度外視していそうな品物である。いやおまえこれまでの言い訳? いや言い訳にも程があるってか騙されないだろう普通騙されそうになったけど。
「でも色がないし。女子みたいだものねスカートはいてるし」
「へ? ああそうだな?」
 何を今更。
「それにそもそもあなた、正座できないものね」
「………」
 もぞもぞと恭弥は体勢を変えると、ころんと横になってオレの膝の上に頭を乗せた。ん、と小さくあごをしゃくって、これは「頭を撫でろ」という意味だ、わかってる。
 手触りのいい髪を梳きながら、オレはぼんやりと自分の足を眺めた。挑発的なミニスカートなど勿論我がワードロープにはなく、穿いているのはわりとゆったりしたサイズのカーゴパンツ。多少黄味がかっているが、カーキ色、という分類で間違っていないと思う。深く考えたことはなかったが、好きな色だし、今思えば似たような色の服をよく身につけている気がする。
「恭弥。なあ恭弥」
「ん………うん?」
 眉を顰めながら恭弥は身じろぎして、ああこれはやばい。今にも寝そうだ。
「オレんち。イタリアのオレんち、な。今改築してるんだ。和室を作ってる。日本庭園も。それで」
「………ん」
「それで、おまえ住まないか? いや、おまえのやりたいことがあるならそれに干渉するつもりはねぇ。ボンゴレの仕事にもな。オレだって日本での仕事も増えてるし。でも、ああ、だから」
「う?………」
「オレと一緒に暮らさないか?」
 いった。いってしまった。固唾を呑んでいるオレの膝で、恭弥は健気にも薄く目蓋を開いた。多分マイクロとかナノとかそんな単位で。
「ん………い…」
「そうか。いいんだな」
 いいといった。オレには聞こえた。駄目押しに頭を押して二度ほど頷かせてみるこれで起きないのかよおまえ。いやもしまさかありえないけれどもいってなかったとしても、オレはマフィアのボスである。非情であるかもしれないが、オレはどんな手を使っても雲雀恭弥との同居を実現させてみせる。だってそうだろう。お医者様でも草壁でも恭弥の不眠症を治せないというのなら、オレが毎晩得意の子守唄でも唄ってやるしかないではないか。












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