ありふれた夢 (before10/14)


「いやツナ、わかる! わかるぜ!!」
 大仰に相槌を打たれて、綱吉は曖昧に頷いた。ついつい鬱憤が溜まっていたばかりに、兄弟子に愚痴ってしまった。
 恐るべき家庭教師は不在で、騒ぎたい盛りの幼児は騒ぎ疲れて昼寝の最中である。小さくくしゃみをした牛に毛布をかぶせてやる。もう子どもの世話など馴れたものだ。ついでにいえば、間断なく家庭教師によって持ち込まれるマフィア関係の揉め事にも僅かながら、そう非常に僅かながらではあるが馴れつつある、といえなくもないのだ。これだけ馬鹿馬鹿しい争いに巻き込まれて、全く対処できないままでいたとしたらその方がおかしい。
 だが自分はマフィアになどなりたくないし、将来の夢もある。ありふれた、だが不況だとか、自分の「ダメ」な部分を考えると大きな夢だ。かわいいお嫁さんを貰って、平凡でもいいから幸せに暮らしたい。
 だが大げさに同意を示した兄弟子にわかってもらおうなどとは、はなから期待していない。ついうっかり、本音を漏らしてしまっただけなのだ。嘘か真実か、ボスになる前はへなちょこだったと家庭教師から聞いている。だが、そもそものスタート地点からして違うのだ。恵まれた容姿。
「オレもな、ガキのころはそんな夢を持ってたもんだぜ。いや、オレのほうがもっとガキっぽかったかもな」
「子どものいうことだって思ってます?」
「そんなことねぇよ。実際、あの頃のオレがそれが出来たら、意地でもそうしたと思うし。ツナの方が現実的だぜ。オレなんかもう、ほんとに、ちょっと顔をあわせただけだったんだぜ。それで惚れちまって」
「………へえ」
 どう考えても引く手数多だろう人である。正直意外だった。
「ぜってーオレの嫁さんにするってまで思いつめてた。まず相手の意思を確認しろって話だよなー。でもあれだ、ほんの数ヶ月前に会ったんならオレは向こうの話してることすら殆どわからなかったはずで、で、これは運命だ!と」
「外国の人だったんですか?」
「日本人! だよな?」
「いやオレに聞かれても………」
「だと思うんだけどな。黒髪だったし、めちゃくちゃキツイ眼してて。………白昼夢だったのかもしれねぇ。オレの理想っていうか、別の言語と混同していただけかも」
「………」
「会ったなり「咬み殺す」とかありえないよなー。今思えば聞き違いだったのかもしれねぇ」
「………………理想?」
「すっげえ美人で! だいたい十年位前だったかな。オレより多分年上だったと思う。あれはトンファーかな、なんか武器を持ち歩いてて、とんでもなく強かった。また会ってほしいっていったら頷いてくれて、だからガキのオレとしたらすっかりのめりこんじまったんだよなー」
「………トンファー………」
「あの人と幸せな家庭を築くんだ! ってな。ガキだよなー。あ、オレがダメだったからってな、ツナが諦める必要はねぇんだぞ。死ぬ気で頑張ればできねぇことなんてないんだからな」
「………そうですかね?」
「あたりまえだろ。やりようってやつだ。あの頃のオレはそれがわかってなかったんだな。つうかあっという間に消えちまって、名前すら聞けなかったし」
「あー………」
 目の前で熟睡しきっている牛を見る。いや、これはまだ生まれていなかったはずだ。それともこの牛が近い将来、いつものように故障しまくったアレをあの風紀委員長に向けるということだろうか? なんて命知らずな。
「でももしオレがもう一度あの人に会ったら、今度こそ手段は選らばねぇ。あの頃のオレはわかってなかったんだ。本当に欲しいものがあったら躊躇しちゃダメなんだツナ。特にオレらみたいな人間はな。そばにいなきゃ守ることだってできねぇんだぞ」
 ありがたいアドバイスはほとんど耳に入らなかった。破壊兵器のような風紀委員長のことを考えてである。このマフィアのボスが手段を選ばないというならば、逃れる手段はあるのだろうか? いや、いくら頻繁に来日しているとはいえマフィアのボスと並中の風紀委員長に接点などあるものか。そう考えて綱吉は安堵の溜め息をついた。だってもしそうなったら鬼に金棒どころか、鬼にトンファーとマフィアのボス。ちょっとでも遅刻したら死ぬ思いをしそうだ。いやそれは今もか。




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