「恭弥は嘘つけないよなー」
 能天気にいいだしたのはマフィアのボスであるという男で、雲雀はむっとした。なんだか馬鹿にされているような気がする。
 毎日のように中学校に遊びに来ている駄目な成人男性は、ソファの上ですっかりだらけている。人が眠そうにしているのを見ると、自然こちらも眠くなるものだ。いつもならば雲雀はその欲求に抗わない。こんな人なんて枕にしてなんぼだ。だが今日はいけない。流石に駄目だ。週明けには始業の日で、その後には待ちに待った、浮かれた群れが大挙して押し寄せてくる日が控えている。ただでさえ春先は不心得者が多い時期だ。それはもう、咬み殺して咬み殺して咬み殺す予定で、で、あるからして、細々とした仕事を先に済ませておきたい。まだ春休みではあるけれども、月も変わったことだし気持ちを切り替えなくては。いや、まあちょっと寝るくらいは問題ないし、ハンバーグを食べたいというのならばつきあうのは吝かではない。手合わせをするというなら時間を空けよう。草壁もいるし。
「戦う?」
「え、………なんで?」
 ぽかん、ディーノは口をあけて、何でこの展開で戦う気がないのか雲雀にはさっぱりわからない。
「なんででも。あなたは僕の先生なんだろ」
「いやそうだけどさ………今日はエイプリルフールだなっていってただけだろー」
「教師に休みはないよ」
「えーいやそりゃあるだろ」
「いつだって自分の立場を自覚しているべきだよ」
「うん、まあ………オレは駄目だなー、恭弥を前にするといつも忘れちまう」
「それはあなたが忘れたいからだよ」
 困ったような笑顔は好きではない。あの群れを忘れられないというならば好きにすればいい。雲雀も好きにするだけだ。
「ほんっと恭弥は正直だよなー………」
 だがこの反応はいただけない。人をなんだと思っているのだ………と聞くと絶対腹立たしい答えが返ってくる気がしたので雲雀は聞かなかった。ほんの数時間前にオレのミカエルと呼ばれた記憶は生々しい。なんでも彼の守護天使の名らしいのだこの馬鹿ラジエルめ。
「嘘ぐらいつくよ」
「あ、ほんとだ」
 さっぱりわかってない。いやわかっているのか? 舐めきっているにもほどがある。今日はエイプリルフールだという。一年に一度、嘘をついていい日。こうなったら盛大に、思いきりこの男を騙してやらねば。
「な、遊びにいかねぇ? 映画とかさ、デート!!」
「いかないよ」
「お、早速嘘ついてるのか、きょうや?」
「! ちがっ」
「まあまあそういうなって」
 ニヤニヤしている男にはたいそうムカつかされた。だがなるほど、今嘘をついても騙すのは難しそうだ。それはそうだろう。いつ嘘をつくかと、向こうが身構えている状態なのだ。
 本当のことをいうと雲雀には、いつも確実にディーノを騙せる嘘がある。それを口にすると、ディーノはいつだって捨てられた子犬みたいな顔をして見せるのだ。翌日にはいつだってすっかり忘れた顔をして、応接室に来るくせに。
 でも、今この状態であの嘘をついたら、今までも嘘だったことまでばれてしまうかもしれない。やはり時間を置いた方がいいだろう。
「なんで駄目なんだよ。春休みだろー」
「そんなのもう終わるよ。新入生を咬み殺す準備が要るだろ」
「………」
 あらかじめ私立病院の病室を空けさせておいたり。他の委員たちは応急処置の準備をしたりしている。そうそう暇ではないのだ。
「うー……残念だなー」
「そう?」
「つきあってくれんなら、今日は好きなだけ手合わせにつきあってやってもいいと思ってたんだけどな」
「何ぐずぐずしてるの早くいくよ」
 そういうことは早くいえ。雲雀はすばやく立ち上がり携帯を取り出した。あの髭の部下の番号は既に把握済みだ。わくわくしながらソファの上にいる家庭教師の方に視線をやると、彼はまるで、そうまるであの嘘をついたときのような顔をしていた。
「あー………うん、恭弥は素直ないい子だよな………」
「なにいってるの」
 きっかり秒針が一回りするほどの時間がたったとき、雲雀の胸にある一つの疑いが去来した。いやまさか、そんなはずはない。
「あなた………………もしかして」
 だから、そんなはずはないのだ。だっていった。確かに聞いた、戦うって
「………もしかして」
「恭弥! 違うって戦う! 戦うからな、ほら!」
「………」
「オレが恭弥に嘘ついたことあったか? ねぇだろ? オレはお前にだけは嘘はつかねーんだ、な? 今日だってちゃんと戦うつもりで来たんだから」
「………うん」
「そうだろ? ほら大丈夫だからな。だいじょぶだいじょぶ」
「でも。だってあなた」
「ん? どうした落ち着け? オレは恭弥のために来てんだ。な?」
「あなたのためだよ」
「………まあ回り回らなくてもそういうことなのかもしれねぇ………お」
 つい笑わされた。だが頭を撫でてくる手つきは子どもに対するものでむっとする。だいたい「嘘をつかない」とはなんだ。人のことは「つけない」とかいっといて。人のことをなんだと思っているのだ。そう、常々決着をつけねばなるまいと思っていた。
「戦う?」
「だからオレはおまえのその思考回路が謎だ………この流れで」
「………」
「や! 戦う! 戦うからな恭弥! ただほらあれだ。映画が先! な?」
「やだ」
 まどろっこしい。ショートケーキの苺は先に食べてこそだと思う。
「しょーがねーだろ。だって戦って、終わってちょっと腹に何か入れるってことになるだろ。恭弥絶対寝るじゃん」
「寝ないよ」
「この嘘つきめー。寝る。オレにはわかってる! 何度肝心なところで寝られたと思ってんだ」
「………」
 それに関しては多少悪いと思わないでもなかったので雲雀は沈黙を貫いた。だが腹がくちくなって、風呂に入って、とんでもなくふわふわのベッドの上。騒がしい男がバスルームまでテリトリーを撤退しているという時に、何で寝ないでいられるだろう? だがまあ、もうちょっと待ってやってもよかった。
「な?」
「仕方ないね」
「恭弥は素直だなー」
「別に」
 そんなことはない。本当に、さっきから子ども扱いがすぎる。この男は嘘をつかないにしても、自分は嘘をつけないわけじゃない。そこのところを証明してやろう。考えて雲雀はにやりと笑った。














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