目が覚めて、甚大なる誘惑を振り切って目蓋を開けると、周囲は闇のままだった。
「もう…夜?」
 全く何時間眠っていたものか。サイドボードの時計を覗きこめば、答えは簡単にみつかった。四半日以上、僕はがつがつと眠りを貪っていたらしい。我ながら呆れつつフロアランプを点灯し、部屋の主がいないことに安堵の息をつく。
「じゃあ宴会の真っ最中かな」
 ひとりごちてごろりと寝がえりをうった。ここはイタリア、にある恋人の家………というかどう見ても城。その中にある彼の部屋である。仕事の関係でイタリアを訪れた僕は、終わった足でそのままこの家に向かったのだ。そして戦闘員相手ならばともかく、相当数の書類相手に孤高の戦いを挑んでいた恋人に加勢出来る筈もなく、そのまま彼の部屋で旅装を解いたのが昼過ぎかそこら。まったくよく寝たものだ。
 もっと早く連絡くれればだとかなんだとか、その程度の対応で地震国出身者には危機管理意識の低下のあらわれとしか思われないほどうずたかく積み上げた書類をどうにかできるとでも思っているらしい、楽観的なマフィアのボスは、ぶつぶつと不満を表明していたけれども、今までもこれからも、きちんと予定が定まるまで彼に訪問を告げるつもりはない。
 それなりに忙しない生活を送っているので、イタリアに来たからといって彼に会えるという保証はない。スケジュールなんて状況によってころころと変わる。そんなこと、彼だってよくわかっている筈だけれども、それでもいついつ会えるかもしれないといえば、彼は出来る限り時間を開けようとするだろう。あれこれと歓待の準備をさせて部下の手も煩わせるだろうことも予想がつく。束縛されるのと同じくらいするのも嫌いだ。だから、いつもこの家を訪れる時は、特に予告はしない。いなければそれまで、彼が忙しくても仕方がない。その方が気楽でいい。どうせいくら説明したところで、来るといえば気にするに決まっている。まだ学生の頃、ディーノが日本を時たま訪れていた頃の僕がそうだった。委員の活動を優先させているようなふりをして、特に待ってなどいないような顔をして、でもそわそわといつ現れても切りがつきやすいように応接室で仕事をしていた。彼の予定が変わって来られないだとか遅れるだとかいわれれば落胆した。我ながら健気だといってもいいほどで、彼が訪れる前日は、思いきり戦ってやろう明日こそは勝とうと考えれば考えるほど興奮して、明け方まで眠れなかったりもしたものだ。照れくさくてあの頃の僕はそんなこと、打ち明けることもできなかったけれど。
 そんなわけで連絡もせず訪れてみれば、ディーノは見事にデスクワークに没頭していて、しかも夜からは式典だか飲み会だかの予定が入っているとのことだった。毎年のキャバッローネの初代がどうとかの祝いの席だとかなんだとか。内々の席だしなんならオレは出なくてもとかいいだしたボスを小突いて止めた。まぁ「小」はいいすぎかもしれない。恋人相手に本気を出さないほど薄情な人間ではないので、トンファーと匣を使って説得した。僕自身はあまり、仕事をこなしつつ委員内の人心掌握に気を配れるほど器用な性格をしておらず、そのような些事の多くは草壁に任せてはいるけれども、「ファミリー」と称する団体に於いて、ボスが構成員その他と親密に振る舞うメリットは理解している。定例の催しを退けるなぞ考えるだに馬鹿馬鹿しい。まあ彼としたところでついいってみただけで、自分の責任は、たまに殴って忘れさせたくなるほど理解している人だし、特に心配してはいない。それに、いざ宴席ともなれば、率先して呑んで騒いで馬鹿をやってみせているに違いないのだ。お祭り気質だし、いつも自分が求められる役割を把握している。その場になれば本気を出して盛り上げてかかるに違いない。それはそれでいいことだ。少なくとも、予定を覆して僕の傍にいるよりは。特に僕が異国を回って仕事をこなした挙句に疲れを溜めていたらしく、七時間以上ひたすら眠り続けたとなればなおさらである。
「………おなかすいた」
 ぐいと伸びをしながら零す。ただ寝ていただけとはいえ、疲労のためか朝昼と大して食欲がなく、小菓子をつまんだだけで済ましていたから、空腹も当然である。もぞもぞと体を起こせば、部屋の主が残したらしいメモが枕元に置かれていた。
『なんか食いたかったら厨房に内線でかけてくれ。メニューは応相談』とのこと。
「ばか」
 思わず笑う。最後の記憶の彼は、書類の柵の向こうに見たきりだったから、どうやら着替えだか何だかで一度自室に戻ってきたのだろう。起こしてくれればいいのに。
「なんかって………ふ、ぁ」
 目蓋を擦って内線電話に手を伸ばして………そこで止めた。今はこの家は宴会の真っ最中。さすがに五千人だかの人員をすべて集めたということはなかろうが、厨房のスタッフはさぞや慌ただしくしているに違いない。もちろんディーノがこのようなメモを残したからには、手を止めて僕の食事の用意をするように指示を出しているんだろうけれども、別にそこまでして頂きたいわけじゃない。起きぬけで、空腹ではあるけれども大層な希望があるわけでは決してない。適当なものでいい。っていうかあの気のいい料理長がなんとかかんとかのなんとかかんとか風なんとかかんとか添え、みたいなのを用意してくれるまでとても待てないっていうか。
「なんとかかんとか…あるよね」
 どうせその酔っ払いや極道者がたむろしているのは一階の食堂であろう。何度となく滞在しているので間取りは把握している。他に、この家に大量の人員を収納するに足るスペースはない筈だ。多分立食だろうし、そうでなくとも何か、余ったパンとかカナッペとか、そんなものにありつける筈だ。キャバッローネの料理長は、長年会食やらパーティやらで舌を肥えさせ、なおかつ並の軍人あたりなら裸足で逃げ出すであろう戦闘力を保持するため日々研鑽に努めているこのファミリーの幹部連中の飢えた胃袋を長年満足させてきた当然の結果として、まるでどこぞの国の宮廷料理かのように洗練されたメニューをどこぞの体育大学の相撲部の合宿中の献立かのように盛り付ける傾向がある。何も残っていないってことはない。
 もう一度伸びをして、部屋を出る。ジャケットを脱いだだけで眠ってしまったから、シャツは多分皺が寄ってしまっているけれど、僕の部屋に寄って着替えるのも面倒だった。食べ物だけ入手してすぐ戻ればいいかと結論づけて、足早に降ろうとした階段の踊り場で彼の部下に出くわした。
「おう、恭弥。なんだ、起きたのか」
「まぁね。君は煙草?」
「まぁな。ボスは施設内の分煙化に力を入れていてなぁ」
「へぇ?」
 先の短い煙草を廃棄すべく携帯灰皿を取り出しながら、迫害されている筈の喫煙者は何やら得意気にのたまう。思わず苦笑した。
「恭弥、食事は? ボスがなんか用意させるとかいっていたが」
「ああ、でもここくればなにかあるかと思って」
「そりゃあるさ。おすすめはオッソブッコとニョッキか。まあ結局どれもうまい」
「それは信頼してる」
 もうここまでおいしそうな匂いが漂っているのだ。おなかすいた。すこしばかり歩調を早めて御馳走に向かおうとして、そこで気づいた。声が聞こえる。
 パーティーであるのだから、閉じられたドアの向こうの群れの声が、こちらまで聞こえたって何の不思議はない。ああ盛り上がっているんだなと思うだけである。だがその声は群れのものじゃなくて、聞き間違える筈のないマフィアのボスのもので。そしてとぎれとぎれの音だけで判断すると、なにか節というか、メロディーのようなものを持っているかのようだった。
「マフィアァーのぉーたたかいはー」
「なにそれ」
「「こーいう具合にしやしゃんせー」」
「ちょっとあなた何して」
 がちゃり、と音を立てて重い樫のドアを開ける。そこで僕は固まった。
「「ワオ! やだ!! 咬み殺すっ!!!!………って、あ!!!!!」」
 そして向こうも固まっている。やんややんやと喝采を浴びせている途中だったらしい群れ。ランニングシャツとグレーのクラシコパンツとネクタイのみという姿でチョキをかたどった右手を振り上げている彼の部下。そして、パーをかたどった手を繰り出しているマフィアのボスは
「ボォス、あんた、まっぱだかじゃないか」 
 驚いて振り向くと、ロマーリオが、彼の部下がまるでハリネズミでも飲み込んだような顔をして、なにかいっている。その内容を飲み込むまで数秒かかった。そんなばかな。でももう一度向き直れば慌てた顔をしたマフィアのボスが突っ立っていて、確かに。いやそうじゃなくて、つまりまっぱだかじゃなくて、黒のボクサーパンツは着用されていたけれど彼は愚かにもパーを出していて
「あ、違う!! 違うんだぜ恭弥!」
「そうだ違う!!」
「ボスがあんまりじゃんけん弱いからよ、この掛け声なら勝てるんじゃねぇかって話になって」
「そう、気合が入るからな………って弱いってなんだお前ら!!」
「「「いってる場合か。ドゲザしろボス」」」
「ええ?!!」
 きょろきょろと周囲を見渡したマフィアのボスは、そのあと僕の顔を窺ってごくり、と生唾を呑んだ。
「きょ、きょうや、その………オレ」
「やめなよ」
 屋内を土足で利用する文化であるところの家の不衛生な床に、膝をつこうかという様子をみせたから思わず止める。常ならば、この何年付き合っても師匠面してみせるマフィアのボスを土下座させられるなんて思いつきは、それなりに魅力的に見えたに違いない。でも、今彼はパンツ一丁で、這いつくばって腰をあげてみせるなんてそんなそれはそれなりに魅力的かもしれないけどいくらなんでも。
「きょうや………」
「ああ、良かったなぁボス」
「ほんとに良かった。てっきり咬み殺されちまうと思ったぜ」
「なぁ。うちの嫁さんなら這いつくばったって許してくれねぇよ。幸せもんだなぁボス」
「恭弥………ごめんな。そんでありがとう。オレは」
「負けたの?」
「「「「え?」」」」
 取りあえず事態を確認すべく質問すれば、今気づいたのだけれど彼程でないにしても多くが多少軽装となっている彼の部下たちが慌てたように手を振ってみせた。ランニング姿で固まっていた男は、急いで右手を鋏から石に変えようとしていて、でもマフィアのボスの大きく開かれた骨ばった掌に気づいていない程、僕は馬鹿じゃない。千両役者が見得を切ってる演技に限りなく似ているとはいえ、彼が大きく掲げてみせた掌の意味は「紙」。それだけだ。咬みでも神でも紙でもない。咬み殺してやりたいけど。
「負けたの。あなた素直にいいなよ」
「…ま………負けました」
「脱ぐの、それ」
「え?」
 目を丸くして戸惑ってるみたいにみせるその態度が気にいらない。すっとぼけているんだか、本当に驚いているんだか微妙だが、脱ぐものなんて一枚しかない癖に。
「それ。脱ぐつもり?」
「や、脱がねぇよ? オレが完敗したってだけで。この後ボノがイワンと準々々々決勝戦を」
「もういい。興味ない」
「いやちょっとは興味もてよ!」
 これ以上パンツ男が増えるのだろうマフィアの戦いにどう興味をもてと。気づかなかったが自分はどうやらかなりの平和主義であったらしい。映画やドラマや、それとも良識人を気取りつつ戦いとなると人が変わるボンゴレのボスの主張を聞くたびに、何の冗談だろうと思ったものだが、今は共感できる。自分と、周りの大事な人間が巻きこれないならどうでもいい。結局は血で血を洗うマフィアの戦いに乗り出す男のそれが本音であるらしい。世迷言だと今の今まで思っていたのだけれど。
「男は皆狼なんだよ?」
「え?」
「あなたがいったんだろ。男は皆狼なんだよ」
「いや聞こえてる。でもおまえ何いって」
 だから目を丸くして戸惑ってるみたいにみせるその態度が気にいらないんだってば。出会ったばかりの、まだ学生だった頃よく聞かされた主張だ。なんてポジティブな人なんだろうと驚いたのを覚えている。実際彼のいうとおり、それなりに間断なく戦う機会はあって、でも彼以外の人間は誰も、単なる草食動物以外の何者でもなかった。すごく好意的に見積もってもイタチとかニホンイイズナってところ。でも今は、彼が言外に伝えたかった事実は把握している。相手にしたことはないけど。
「あなたそんなふしだらな格好して。何かあったらどうするつもり?」
「へ? え?! あ、風紀な! 風紀が乱れるよな!!」
「こんなソドムみたいなファミリーの風紀なんて今さらどうでもいいよ」
「な!! うちは昔っから品行方正なファミリーだっていわれて………普段はまあそうなん、だぞ?」
 半裸の男たちの群れの長が何かいってる。とりあえず突っ込まなかったが、何もいわなくとも通じるものはあったらしい。視線が泳いでいる。
「あなた見た目だけはかわいいのに、そんな恰好でうろちょろするとか、危機管理がなってないんじゃないの。襲われたらどうするの」
「おそっ!!」
「「「「「「「「襲わねぇよ!!!!」」」」」」」」
「「ん?」」
 揃えた声で怒鳴られて、不覚ながらびっくりした。凄い音だ。だが見渡せばそこにいるのは眉を顰め息を荒げている半裸の男たちで、まったくもうこれっぽっちも信憑性がない。
「な、ほらこいつらもいってるだろ、ファミリーなんだぜ、そんなことあるわけねぇって」
「おめでたい」
「「「「「「「「「な!!」」」」」」」」」
「ファミリーだろうと何だろうと、不埒な考えを持つ奴はいるよ。あなたは甘いんだから」
 そこは悲しきながら男の本能というものであろう。命の危機に直面すると性欲が増すものだと聞いた。僕は負けることはないので、命の危機なぞ感じたことはないが、ボンゴレ関係で加わった作戦の最中、部下として使ったり連絡を取る必要がある者もいて、その中には何を血迷ったか男の僕相手に、貧弱な口説き文句のストックを開陳しようと考える輩も少なくない。
「ツナか?」
「え?」
「六道か? 山本か? 誰だよ、おまえに手ぇだそうとした馬鹿は」
「や、違うって」
「何が」
「違う、名前も覚えてないし、相手にもしてない。変なのがいるってだけ」
「………だとしても」
「ディーノ」
「だとしてもいえよ、そういう話は」
 絞り出すみたいに口にされた嘆願は、まるで彼が嫉妬しているかのようで、正直にいえばひどく、そうひどく歓びを感じた。馬鹿な話だ。妬くほどの要素など何もありはしない。特殊な環境に於いては盛大な勘違いをする馬鹿もいるぞという笑い話で、だがそういえば我が財団に限っていえば、如何に極限状態であっても、数本の骨を粉砕される覚悟の上でこの僕にくだらない誘いをかけてくる者なぞ皆無である。もしかすると、いやしないでも、これは国柄とか人種柄といった傾向なのであろうか。
「………それで話をずらしたつもりなの?」
「え?」
「今してたのはあなたの話な筈だよね」
 怒りで声が震えているのが自分でもわかった。僕を誤魔化そうとしているなら大間違いだ。
「僕はいいよ。何かあったって咬み殺すだけだもの」
 如何に近年は多国籍な傾向があろうとも、キャバッローネはその人員の多くがイタリア人である。ボンゴレも然り。この人は自分がどれだけ危険な状況に置かれているかわかっていないのではないだろうか。
「でもあなたは、ファミリーってだけで、へいへい相手をしちゃうんじゃないの」
「な! んなわけ」
「「「「「「「「あるかこの馬鹿!!!!」」」」」」」」
「ムカつく」
 思いきり怒鳴りつけられて、眉を顰める。いけしゃあしゃあと何様のつもりだろう。ファミリーだからって許される限度ってものがあるのだ咬み殺す。そうだ。だいたいこんなファミリーなぞなければ、この人が不埒な危険に晒されることなぞ。
「おーい。そこまでだー」
 がっちゃーん。
 間延びした制止の声だけならば気づきもしなかっただろうけれども、雪崩をおこすみたいにテーブルから皿が床へとダイブして、盛大な音に冷静にならなかったらその方がおかしい。ちなみに引き抜いた白いテーブルクロスをまとめている髭の男は、如何にも冷静な様子で、目に入った限り皿は一枚も割れていない。
「え、ちょ、ロマーリオ!!」
「あんたも恭弥も………つかおまえらもちょっと冷静になれ。たかだかゲームの勝敗の話だろう」
「いやそりゃそうだが」
「だいたいいつもいつもおまえらは酒を飲むと盛り上がって…」
 続く長たらしい講釈は、自分に非がないこともあってさっぱりまったく耳に入らなかった。ああなんということだろう。確かに自分はちょっと冷静さを失っていたのかもしれない。怒鳴りつけるより、咬み殺すより、先にすべきことが自分にはあったではないか。
「って、きょ、ええええええこの馬鹿!!!!」
「何うるさい、静かにしなよ」
 ネクタイを引き抜き、ワイシャツのボタンを外す。三つ目のボタンにさしかかったとき、耳障りな叫びが聞こえて、思わず眉を顰めた。感謝の念の足りない男だ。
「何やってんだ馬鹿!! 男は皆狼なんだぞ!!!」
「知ってる」
 だからこの僕がここまでしてやっているのではないか。
「恭弥!」
「うるさい」
 ボタンを外し終え、シャツを脱ごうとしたところで、裸族が原初的な悲鳴をあげた。自分を棚に上げるにも程があるというものだ。
「ああああああ、もう、恭弥! このじゃじゃ馬!! 無理にでもいうこときかすしかなさそうだな」
「何いってるの、鞭もないだろ、あなた」
「へ? あ! ………ってえ、何だ?」
 どこかそこらに置いてあるのだろう。流石にパンツに収納されていても微妙である。ほんとに仕方のない人だ。僕は溜息をついて、脱いだシャツを彼の手に押しつけた。
「はやく」
「えっろ………って、あ? 何を」
「だからはやく」
「おーい、ボス。とりあえず落ち着け」
「「わっ!!」」
 それを着ろ、と促そうとしたところで空砲が鳴って、驚いて振り向けば鹿爪らしい顔をした彼の部下がいた。もしかしたら、怒らせたら面白いタイプなのかもしれない。そして、さっきテーブルの空き皿に凶行に及んだ姿を見たときも思ったけど、半裸の男ばかりの部屋で、一人サルトリアのスーツをかっちり着こなしている男のいる図というのは、なかなかにシュールだ。
「ほら、恭弥」
「え、あ」
 テーブルクロスを肩に掛けられて、納得する。そうか、その手が。
「ボース、あんたは、まっぱだかじゃないか。早くそのシャツを着るといい」
「へ? あ、そか」
 やっと、渡されたシャツの意味がわかりましたって顔で、もそもそとマフィアのボスはシャツを広げようとした。馬鹿な人。僕は少しばかり冷静になった。こんな人、いくら淫らな姿で人前に立って見せたからといって、相手してやれるのは僕くらいだ。
「あんがとな、恭弥。ごめんなオレ、かっとしちゃって」
「別にそんなの」
「いいからボスはさっさとそれ着ろよ。恭弥はあんたの裸を、皆に見られるのが、たまらなくくやしいんだからな」
「な!?」
「そっ………そっかぁ。きょうや」
「ばっ馬鹿じゃないの! 僕は別に」
「あんがとな! めちゃくちゃ嬉しい………ごめんなオレ、気づいてやれなくて」
「………………いい」
「ん?」
「いい、から、早くそれ着なよ」
 ぎゅうと抱きしめられて息が止まりそうになった。ああそうだ、認めよう。この人のこんな姿、他人に見られて嬉しいわけがない。
「俺らは勝手に飲んでるからよ。あんたはもう、恭弥と一緒にさっさと部屋に戻れ」
「そうだ」
「帰れ帰れ、もう」
 口々にいわれて当惑する。マフィアのボスは、心得たように頷いた。
「おう!」
「え?」
「あ、恭弥。飯はあとで適当に運んでやるからな。とりあえずこれもってけ、これも」
 ほいほいとフォカッチャを二つ三つ手渡されて唖然とする。っていうかそうか、その手が。さっさと部屋に引きずっていくって方法も。
「あんがとな、ロマーリオ!」
「おう! 楽しんでこいよ!!」
「ちょ、あなた、シャツ!」
 いわゆる御姫様抱っこといわれるようなやり口で抱えられて、その拍子にひらひらと僕のシャツは飛んでいった。
「いいって」
「よくないよ」
「いいって」
 この場をすぐ去るのであれば、わざわざサイズの違う僕のシャツを着せるまでもないことは、僕にだってわかってる。でも認めるのは悔しくていいはると、ディーノは僕の耳元で囁いた。
「戻ったら服なんて脱ぐだけだろ?」
 僕は、ひどく赤面した









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