「ちょっとやめて、くすぐったい」
「えー……ちょっと触っただけだぜ?」
 にやけながらも、我ながら自分の精神力に感心もした。並盛中学校の応接室、その執務机の下。そんなところに体を押し込んで、いったいオレは何をしているのだろう。部下が見たら絶対泣く。
「しかしあっちぃし。もう出てもいい?」
「だめ」
 自分がどれほどの危険な状況にいるか、さっぱりわかっていない恋人がこたえる。おまえ何されても文句いえねぇぞ? たぶん。
「昨日勝手に出掛けてたのは悪かったからさー…」
「そんなの怒ってないよ」
 どこが。
 つまり、昨日恋人から見回りの仕事が忙しいから今日はホテルに行かないと連絡があったオレは、それではと取引先の社長から数日前に譲ってもらったチケットで人形浄瑠璃を鑑賞しに出掛けたわけだ。もともと日本の芸能には少なからず興味があったのだが、来日中は弟子との時間を大事にしたいと思っていたので希望する部下だけで行って来いと話してあったのだけれど、ちょうど友人と飲みに行く話が持ち上がったという部下がいたので、譲って貰ったのである。だが折悪しく、見回りを終えて汗をかいた………そのために何人咬み殺されたのかは聞いていない………恋人がシャワーを浴びようとオレが宿泊しているホテルに向かって、そして誰もいないので部屋に入れなかったため、それからこちらずっとおかんむりであると、まあそういうわけだ。例年より早く梅雨に入ってからここ数日、かなりの暑さが続いていて、今オレも、こんな場所で動かないでいてもじっとりと汗ばんでいる。ちょっとシャワーを浴びに寄りたいなと考えたこと自体は、無理もないというか、甘えてくれたみたいで嬉しいのだけれど。
「会えねぇっていったのはおまえだろー? 勝手すぎねぇ?」
 とはいえ、わがままをいってくれるところもかわいいだとか、そんな本音は必死に押し隠した。師匠として、がつんと言ってやらねばならない場面もある。
「なにそれ。ほんとに浄瑠璃観に行ったの? 誤魔化したら承知しないよ」
「おまえな………」
 昨夜ぷんぷくりんと頬をふくらました子が部屋のドアの前に座り込んでいたのを発見した時点で、かなり懇切丁寧に説明というか弁明をしたと思うのだが、彼はいまだに納得してはいない。まあオレも悪かった。まずの説明で「娼婦がすっげぇエロい仕草であたしも死ぬ、みたいな話を」はなかった。そんなわけで、あなたどんな馬鹿女にいれこまれてるのとトンファーのギミックを研ぎつつ質問してくる子を、あれは人形浄瑠璃の中の話だときちんと納得させることができなかった。というか、何度も話したのだがききわけてくれないのだ。結局、翌日である今日になっても蒸し返されて、覚えている限りの話の筋を説明することに。
「だからいうとおり実地検証してるんじゃねぇか。ほらなんとかかんとかテンマンヤの場、濡れ衣を着せられた徳兵衛はお初に匿われてな、こんな感じに縁の下に隠れて」
「それで、金を騙し取られたまま、女を道連れに死のうって? 情けない。頭おかしいんないの?」
「そうかもなぁ」
 だが、綱渡りのように生き延びてきた身からすれば、徳兵衛の気持ちはわからなくもなかった。綺麗ごとを取り払ったら多分、オレの中にも同じ願望がある。死ぬならばせめて彼にいっしょに死んでほしい。
「まあそんで、敵が店にやってきてさ、激昂して這い出そうとする徳兵衛をお初がとめるんだよ。蹴飛ばして…ッ……いってぇ!」
「蹴飛ばすんだろ」
「ほんとに蹴飛ばすんじゃありません! いってぇだろ。それから、いっしょに死のうってメッセージとしてこうして………あれ」
 恭弥の靴下をずりおろし、さあ、と足首を自分の首筋に擦りつけようとしたのだが、それがそう簡単なことじゃない。縁の下といえば、こんなテーブルよりすっと天井が低かった筈だ。なんで、隠れることができたのだろう。ましてや足首にどうこう、とか。無茶な姿勢になって初めてわかる。蛙みたいにはいつくばって、やれることなんてけっこう限られているのだ。ああ、暑くて頭がぼーっとする。
 それにしても、恭弥は足首が細いななんてそんな関係ないことを考える。身のこなしの速さを活かした戦い方をする人らしく、痩せてはいても腿にも脹脛にもかなりの筋肉がついていて、だからこそ細い足首が強調されて、たいそうえろい。
 頭を大きく振って邪な考えを追い払おうとする。こんなことを考えちゃいけない。恭弥とはつきあいだして数か月経つけれども、未だ、あー、その、性的な接触は行っていない。なんといってもあちらは中学生で、真面目な風紀委員長である。本当に好きだからこそ、彼の年齢にあわせて、かわいらしいお付き合いをしてやりたいと思うのだ………というのは建前半分本音半分、結局は下手なことして嫌われたくないとびびってるだけ、というのもあるのだけれど。
 でも今のような状況下では、そのようなオレの確固たる弱々しい自制心が今にも揺らいでしまいそうだ。蒸した空気。恭弥の匂い。狭い空間の中、目の前に細っこい足首だけを露出させた、愛しい人の脚がある。徳兵衛はなんで縁の下から出た後、死ぬまえにせめて一回とかそんな、エロい気分にならずに心中に向かえたのだろう? いやわかってる、それどころじゃない。だがまだ追手がかけられているようでもなく、ほんの一二時間の余裕もないほど、差し迫った状況には見えなかった。それに、男は命の危機が差し迫ると性欲が増す生き物であるという。実際、いやオレは今かわいい恋人がいるのでそんな誘惑に心揺らされたりはしないけれども、抗争や襲撃をなんとかして生き延びたあと、自分の中で凶暴な欲望が膨れ上がっているのを感じることはままある。多分これは本能的なものの筈で、どうして彼がそのまま粛々と心中への道行をこなせたのかさっぱり理解できない。
 いや馬鹿なこと考えている場合じゃないって。オレはもう一度頭を振った。オレは今、「曽根崎心中」の筋を教え子に説明している先生なのだ。
「や………んん、もう…くすぐったいって」
「へ? あ、わり、すまん!!!………っていって! だから力いっぱい蹴るなって!」
 髪が擦れたのがまずかったらしい。おまえそれどこから出してきたのと小一時間問い詰めたいような色っぽい声に目を白黒させていると、思いきり蹴飛ばされた。いや、ヒロインのあれは蹴るといっても、蹴るより押しとどめるのに主眼を置いた感じというか、動きといってもささやかなもので、そんなさあ今から超ロングシュート狙っちゃうぞ的な蹴りではなかった筈である。
「えーと、だからな。徳兵衛はいっしょに死のうってメッセージとしてこうして…」
 足首を掴んでもう一度、最大限まで頭を地面に近づけにじりよる。無理だ。思っていた以上に足首は地面に近く、狭い空間では体勢を変えるのが難しい。
「こうして…、ああちょっと大人しくしてろよ!」
「委員長、所持品検査の報告書を確認いただきたく」
「あ…ん! やだそんなとこ舐めないでよ」
 ぴしり、と音を立ててオレは固まった。舐めてねぇ。この体勢で体を押し込んだ当初は、まあ正直、舐めてみたいなとか、そんなことを全く考えていなかったといったら嘘になる。だがオレは………と、そこまで考えて気づいた。恭弥には今、机の下で何が行われているか見えないのだ。そして、この数日の暑さと、衣替えまではエアコン使用禁止という意味のまったくわからない並盛中学の校則のおかげで、オレの体はいまじっとりと汗ばんでいる。いやまあだからといって舐めたはねぇだろと思わなくもないのだけれど。ああ、草壁は今どう考えているだろう? 机の構造上視界が遮られて、彼の表情はうかがえない。
「あ、その! すみません、委員長! ディーノさん!!」
「え、あれ?」
 驚いたように恭弥は体を固まらせて、おせーよと突っ込みたいところだ。てかなんでオレばれたんだろう。ヒバードにでも容疑を擦りつける気満々だったんだけど。ああ鳥は舐めるとかないか。
「ああちょっと待て、すまねぇな実………はっ! いってぇ!!!」
 いくらなんでも、机の下に潜り込んで男子中学生の足を舐めていたとか………そんな誤解は耐えられるものではない。オレは正々堂々と説明しようと這い出そうとして、そこで恭弥に思いきり蹴飛ばされた。だから加減しろと何度。
「ち、違う、舐めてないよ」
「委員長?」
「舐めてない。僕の勘違いだったんだ」
 嘘が下手だ! いや嘘じゃない。百パーセント真実しかいっていないのだが、無実の容疑者にも嘘くさく聞こえるってどうなんだ。なんといっても常々嘘をついて誤魔化すより咬み殺すことで我を通してきた子で、下手でも当然ではあるけれども…。ていうかもしかして、恭弥は誤解したままで、まだオレに舐められたと思ってるのか。
「そ、そうですか。それはその」
 だから草壁の声音が納得したものではなくともそれは当然で、オレは何とか弁明するためもう一度這い出そうとして、そしてもう一度蹴飛ばされた。
「ああもう、ちょっと大人しくしてろって!」
「や…ん! あ、もう、だめっていって」
 雲雀恭弥はくすぐったがり。そんな今初めて知ったすばらしい情報を心のノートに書き留めている場合ではない。もうオレがいることはばればれな以上、せめて顔を見せた方がましなはず。
「い、委員長!!」
 ずかずかと足音がして、草壁が近づいてくる気配がした。やばい。なにがやばいといって、這い出して、平静な顔をして、実はこれこれこういうことがあったんですよと説明するならともかく、机の下に潜り込み恋人の足元で這いつくばっているこの状態は、みられたら終わりな気がする。色々と。
「な……に?」
「そっその、大丈夫ですか!!」
 ぐいぐいと恭弥は脚でオレの体を挟み込んで、机の下に押し込もうとする。オレが潜り込んでいる空間は高さだけじゃなく横幅もそうないので、彼が椅子を引いて、脚を広げてわずかな隙間をガードしようとした時点で、脱出はかなりの難事業。ああでももう、ここまできたらこのまま隠れているしかないのかも。
「ひゃ……んん、ん、別に何もいないよ」
 いってぇ。もう一回強く押し込まれたが、何とか悲鳴をこらえる。ちくしょ、この乱暴者め。
「いても………ただの馬だよ」
 いや馬はここに入りきらないから。てかそれもう自白じゃないか。ばれてるだろうから今更だけどよ。
「委員長、何か強要をされておいでなのでしたら」
 うーわ………これ、聞こえてるのわかっていってるよな…。いやまあそうか、恭弥がやだっていってたのを草壁は聞いてたんだし、ふつうに考えてこのまじめな風紀委員長が、自分から脚を舐めさせるなんて不自然きわまりない。あ、いやそもそも舐めてないけどな!
「なに、君は僕が人に強制されてやすやすということを聞くと?」
「も、申し訳ありません! それでその!!」
「うん?」
「その馬にどこを舐められておいでなのでしょうか!?」
 驚きのあまり飛び上がった拍子に、頭がテーブルの天板の裏にがつんと当たった。うわやべこれ聞こえてるよな? てかなんだそれ。どこってそりゃ
「あ、脚! いや、そうじゃない、うん、舐めてないよ!」
 だよな。舐めてないけど。そして恭弥は本当のことをいっているのに、なんでこうも嘘くさく聞こえるんだろう………と、そこでオレは草壁が何をどう勘違いしているのか想像がついてしまった。
「も、申し訳ありません! 出すぎたことを!! あ、報告書を置いておきますので終わりましたら!!!」
「あ、ちょ、草壁待て!! そうじゃねぇ、ちょっと説明…!!」
 なんとか机の下から這いだそうとわたわたしている後ろで、「失礼しました!!」という叫びとともにばたんと勢いよく扉が閉められる音がした。ああ、間に合わなかった。だいたい草壁、あいつあんな図体して頭の中身中二かよ。どこをどうやったらそんな勘違いを、と思わず悪態をつきそうになったところで、恭弥が大きく息をついた。
「よかった………何とか誤魔化せたみたいだね」
「………え?」
「まったく、あなたが人の脚を舐めたりする変態だってばれたら、大変なことになっちゃうところだったんだからね」
「おっまえなぁ、なにいって」
 舐めてないし。だいたいもっとひどい勘違いをされたかもしれないんだぞ。オレは思わずいいかえしそうになって、そこではたと気づいた。
 机の下。狭い空間である。その中に恭弥はオレを押しとどめようとしていて、そしてオレは恭弥を押し退けようとしていた。そんなわけで今、恭弥の右のふくらはぎはオレの左肩の上にあり、オレの右手は恭弥の腰を掴んでいる。そして恭弥の左の足首はオレの右脇を押さえつけていて、オレの左手は恭弥の右膝を掬いあげており、オレの目前には………。
「うああああぁあ!!!」
「なに」
「な、なに、じゃない!! そっそそそんなはしたない格好するんじゃありません!!!」
 心臓が止まるかと思った。オレはあわてて机の下からやっとこさ這い出すと、両手で顔を覆った。なんてことだ。なんてことだろう。薄暗い中であったというのに、オレの脳は今見た光景を忘れてくれない。草壁ごめん。そりゃあ誤解する。ふつう、机の中に入り込んで相手の下半身を押さえつけている不審者をみかけたら、誰だって舐めているのはアレだと考えることだろう。
「ん? なにそれ、馬鹿じゃないの」
 オレが恭弥の二つの膝頭を掴んで合わせると、彼は明らかにムカついております、みたいな顔をした。そりゃそうだ。彼は男の子で、いくら、如何にも育ちの良い子らしく乱暴者の癖に品のある仕草をしてみせるところがあるといっても、座るときはきちんと膝を揃えて座りましょうなんてことは、いわれ慣れてはいない筈である。しかしそうはいっても。
「偉そうにいうこと? あなたなんて、人の脚舐めた癖に」
 ってそこ? だが潔癖な風紀委員長は明らかに不満気な顔をしていて、オレは慌てた。確かに恋人同士ではあるけれども、少しずつ愛を深めて親しくなっていこうというこの時期に、何もかもすっ飛ばしてまずの接触が「脚を舐める」はない。絶対ない。どこからどう考えても立派な変態ではないか。
「いや、舐めてねぇよ」
「え?」
「さっきのなら舐めてねぇ。おまえの勘違いだ。あれはなんていうか、ちょっと触っただけだ」
 どうしよう。本当のことしかいっていないのに、口にした本人が愕然とするほどその台詞は嘘くさく響いた。どこの天使だってまったくこれは下手な言い訳だとそう考えることだろう。
「………………そう、なの?」
 ………………………………え?
「そ、そうなんだ………僕てっきり」
 手の甲で口を押さえ、当惑したように言葉を探す恋人の姿を、オレは茫然と見守った。天使? いやそんなことをは前から知っていた。でも今日の彼はまるで、あの。
「きょうや?」
「あなたが悪いんだよ」
 眉間に皺を寄せ睨みつける視線は、いつもと違ってまったく迫力がなかった。オレは弁解の言葉に迷う。
「あなたのそういう純粋なとこ、僕は正直嫌いじゃないけど」
 え、や、それ誰の話だ? 純粋? 誰が?
「僕は………僕の方は、他意がなくてもあなたにあんなふうに触られたら、平気ではいられない」
「…きょう、や?」
 その時オレが思い出したのはあの、お初という人形のことだった。
 日本語はそれなりに習得したつもりでも古典人形劇ともなれば理解に不安があり、イヤホンガイドを利用した。その説明の中で知ったことだが、なんでも女性の人形は、武者などの見得をきる人形と違い表情が動かないものが殆どだそうで、たぶん、喜怒哀楽を露骨に表わすことをはしたないと考える当時の風潮があったのだろう。だが、お初の人形は「ねむり」といわれる目を閉じる仕掛けのあるものが特別に使われる。彼女が縁の下に隠れた徳兵衛に、足首を首筋で撫でられ共に死ぬ覚悟を伝えられた際に、瞳を閉じ恍惚として、愛されている喜びに打ち震える様を表現するために。遥か昔の日本のアーティストは、なんて繊細に、優美に、極限のエロチシズムを表現してみせたことだろう。そう、死ぬことしか頭にない徳兵衛はともかく、彼女は、愛しい人に足首を愛撫され、平気でなどいられなかったのだ。
「僕は………っつ!!」
「ちょまて、恭弥」
 やけになったみたいに叩きつけられたトンファーを咄嗟に鞭の柄で弾いた。あまりに至近距離の攻撃で、流石に手首が痺れる。だが、たとえ腕が折れようとも、恋人を抱きしめなければならない場面は、ままあるものだ。
「きょうや。きょうや、オレも同じだよ」
「うそ」
「うそじゃねぇ。オレはおまえといるだけでいつだって平気じゃねぇよ。おまえのことしか考えられなくなる…」
 鼻を突き合わせて情けない真情を告げると、恭弥はうっそりと目を細め、薄く微笑んだ。ああ、まだまだ子どもだと思っていたのに、いつのまにこんな表情をするようになったのだろう? でもこれは、きっとオレのせいだと自惚れてもいい筈だ。だから、オレだけが知っていればいい覚悟の表明として、オレは彼の首筋に唇を擦り寄せた。


 素晴らしい朝だ。オレはかつてないほど清々しい気分で目覚めて、ベッドから這いだした。晴れた空、窓を開ければ小鳥が鳴いている。世界は美しい。
 あの不幸な二百年昔の恋人たちも、何も死ぬことはなかったのだ。どんな汚名を着せられようと、お互いが生きていれば乗り越えられることはいっぱいあった筈。だってこの広い世界で、愛する人に愛してもらえるというだけでもう、奇跡は起こりうるという証明ではないか。
 愛しい恋人はまだ夢の中にいる。彼には全てが初めての経験で、なるべく痛みを与えないように心を配ったつもりだけれども、きっとまだ休息を必要としている。寝顔をいつまでも眺めていたいという誘惑を振り切って、オレは部屋を出た。ああ、今にも踊りだしてしまいそう。今日は一日オフの予定である。彼が寝ているうちに、それでも回ってくる書類やら何やらを確認して、部下たちとの打ち合わせも済ましてしまおう。それからあの、チケットをくれた社長に礼状を書いて………とそこで、廊下をこちらに向かって歩いてくる部下に出くわした。
「チャオ、ロマーリオ。どうした、ひでー顔だぜ」
「………………ああ、ちょっとな」
 彼は、友人と飲みに行くだとかであの人形浄瑠璃のチケットを譲ってくれた部下である。いや、その後の展開を考えればもう、恩人である、といったほうがいいかもしれない。確か彼は、二日連続で、昨夜もその友人と飲みに行った筈だ。昨日、欲情する身体を持て余していながら、それでも経験のない彼をあんな場所でどうこうするなんてことはしたくなくて、半ば意地で車で定宿のホテルへと向かった。その車中で確か他の部下が、そんなことをいっていた気がする。正直、運転する部下にばれないように彼を愛撫するのに夢中で、さっぱり記憶は朧なのだが。まあ、日本にそこまで親しい友人ができたということは、素晴らしいことである。
 だがいくらなんでも、羽目をはずして飲み過ぎではないだろうか。友人がすっかり荒れて飲み過ぎて………と弁解のようにくどくどという様子にオレはつい眉を顰めた。その、やたらショックなことがあったらしい御友人には同情するが、我が部下はファミリーの中でも一二を争う酒豪である。それがこんなひどい様子になるまで飲むなんて、いくらなんでも身体に悪いのではないだろうか。飲み会やら打ち上げやらで、他の連中がべろべろに酔っぱらっていても、彼だけはいつもけろりとして、二日酔いになんてなったこともないといっていたのに。今の彼は、どこからどうみても、盛大な二日酔い患者である。顔色は悪く憔悴しきった様子で、きっと盛大な頭痛や吐き気にでも悩まされているのだろう。まるで、手塩に育てた自慢の息子が公然わいせつと強姦罪で逮捕された老婆みたいな表情を浮かべている。かわいそうに。こんなにも世界は美しく、歓びに溢れているのに、こんなに苦しげな顔をしていなきゃいけないなんて。
「どうした、なんだったら、昼まで寝てたらどうだ? 仕事なら他の奴らに代わってもらえばいい」
「ボス、大事な話があるんだ」
 思いつめた様子で口を開いた部下を、片手を振って制した。そりゃ風邪だの体調不良だのじゃなく単なる二日酔いなのは一目瞭然だが、常々並々ならぬ思いを持ってファミリーに尽くしてくれている男である。オレも、他の部下も、見て見ぬふりをしてやるくらいの度量はあるつもりだ。
「水飲んでごろごろしてりゃ、すぐによくなるさ。なぁロマーリオ」
 恭弥がいいっていったら、オレらも昼くらいまでベッドで過ごすのもいいかもしれない。部屋にフルーツでも運ばせて、二人でのんびりしよう。数十秒後、かつて受けた中でも最大級の雷をくらわされることも知らずに、オレは思わず唇を緩めた。
















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