口説き文句


「おまえが好きだ」
 熱っぽく囁く。ホテルの窓から夜景を眺めながらで、我ながら必死さは恥ずかしいほどだ。
「ふうん?」
「愛してる。自分でも驚いてるくらいだ。ここまで人を好きになれるやつなんてそういやしねぇよ」
 愛情の重さを量るなんて、野暮にも程がある話だろう。だがオレが好きなのは雲雀恭弥で、オレはマフィアのボスで、覚悟とか死ぬ気とかなんやかんや。この恋を成就するために必要とされるものはあまりに多い。犠牲となるものも。それでもこうして彼を掻き抱いているのが、なによりの愛情の表明だろう。
「そう?」
「ああ。オレはお前が何より大事だ。オレよりも。この世界よりも。地球よりも」
 最後にもう一つあげた、オレの何より、ほんの何ヶ月か前まで何より大切だったもの。恭弥は目をしばたいて、まるで怯えたように震えた。
「三度のご飯より?」
「………ああ、そりゃ、うん」
 いや、我がファミリーだって軽く十回分の食事以上の価値があるぞ?
「いったろ? ここまで人を好きになれるやつなんて、そういないって」
「いるよ」
 口づけようと顔を近づけると、きらっきらした瞳がこちらをみていた。明らかに情熱的な口説き文句にぽーっとしている表情ではなく、いうなれば、屋上でさあ手合わせをしましょう、みたいな時のそれを浮かべている。いや、おまえそこで対抗心を燃やすな。
 恋愛を盛り上げるのに障害は必要だとかいうけれども、実際この恋は多分とても過酷な障害物レースに似ているのだけれども、何よりも愛しい人が何よりもの障害な場合はどうすればいいんだろう? うん、まるで片思いみたいだ。
「あなたが好きだよ」
「そう、か」
 正直、踊りだしたいほど嬉しかった。だって、あの恭弥の言葉だ。だが、酷く好戦的な目がオレを捕らえていて、すぐに冷静になった。
「誰よりも」
「………草壁より?」
「うん」
 これで狂喜乱舞しそうになる自分を殴り倒してやりたい。というか、無意識でこの質問を繰り出してしまうあたり、やっぱりオレは考えないようにしていたけれども、あの少年に妬いていたのだろうか。
「三度のハンバーグより?」
「………うん」
 その間はなんだ。
 本音でいえば、大人らしく負けてやることは簡単で、だがこの子どもは誰よりも、愛されていることを自覚することが必要な気がした。だからオレは対抗することにした。無益なことだとわかっていても。
 だが愛情の重さなどという曖昧なものを証明するのはあまりに難しい。敵がご本人であるだけに、古式ゆかしい大岡越前的判定方法も使えない。手を離したら僕の勝ちだといいだすに決まっている。
「オレはおまえに一目ぼれだったんだ。みた瞬間好きになってた」
 ので、時間に訴えてみることにした。愛情に時間が最も重要だとは考えてはいないが、少なくともこの子どもでもわかりやすいだろう。しかも実際嘘ではない。
「ふむ」
「応接室のドアを開けた瞬間にな。こんなかわいいこがこの世にいるのかって思った。その場で抱きついて押し倒してないのが今でも不思議なくらいだ」
「そんなの僕だってだよ」
「………そーかぁ?」
 嘘はいけないぞ嘘は。あの反抗的極まりない態度のどこに恋愛感情が。
「ドアが開いた瞬間、こんなに咬み殺したくなる人がいるのかって思った。その場でトンファー出して襲い掛かっていないのが不思議なくらいだ」
「………そーか」
 どこから教えればいいんだろう。ちっともわからない。大体胸をそらしていう台詞ではない。
「いやおまえそれは、あれだろ。備品を壊したくなかったからじゃねーの」
「ひどいことをいうね。僕を疑うの。備品の破損だって屋上の破損だってあなたに請求するのは同じだろ」
「ひどいことをいうな。だいたいそれならあれだろ、五分と我慢してねーじゃねーか」
「僕はしたいことはすぐするよ。あなただってすればいいじゃないか」
「………人の話聞いてたか?」
 抱きついて、押し倒して。ついつい大人気なく対抗してしまっていたが、つまりはそうしたくて愛情を表明していたわけで。オレは自分の頭に思い切り血が上るのを感じた。
「聞いてる。だからすればいいだろ」
「いやおまえな、わかってるか? おまえは強いやつなら誰だって咬み殺したいんだろ。そうじゃなくてオレは」
「違うよ」
「え?」
「そりゃ誰だって咬み殺したいけど、あなたとは全然違う。そんなこともわからないの」
 恭弥は俯いて、小さく呟いた。ああなんてことだろう。こちらが愛情の重さを教えてもらうことになるなんて。
 だが我ながらへなちょこな自分が、法に反して中学生を押し倒したのは、ガチャリ、と次の瞬間不穏な音を聞いたからだった。もうすっかり耳慣れた、金属音。トンファーのギミックを作動させる音だ。
「あなたがやらないなら僕が襲い掛かって咬み殺すよ」










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