禁じられた遊び


「よっ、はっ。………おっ」
 小さな掛け声が上がるたび、赤い玉が皿や剣先の上を移動していく。憤然としながら雲雀はそれを眺めていた。
「ちょっと、早くそれ貸しなよ」
「あー………ちょっと待てって恭弥。今いいとこなんだから……っと」
「おお。さすがボスだぜ。すげえな」
 間抜けな声を上げながら金髪のマフィアのボスが行った玉の移動が、どれほどの偉業かもわからないらしい髭の男は感嘆の声を上げた。親戚の子どもがでんぐり返しを得意気に成功させてみたとしても、もうすこしテンションの高い声を出せる気がする「すげえな」である。雲雀だとてけん玉に詳しいわけではないが、かなりの高難度な技であることは理解している。先ほどからさっぱり技にも名前があることも知らないらしいイタリア人は、わかっているらしい素振りも見せないまま、日本一周だの世界一周だの燕返しだのそんな技を黙々と達成しているむかつく。
 だいたいいつも無駄なほど豪気で、止めなければ食事にいってもメニューの端から端まで頼みかねないような人なのに、なんでこんなおもちゃをたった一つだけ購入してきたのだろうか。いやわかっている。麩菓子だのベビースターだのうまい棒だの、駄菓子の山と一緒に応接室のテーブルの上に並べられたそれは、陽気で異国のあれやこれやに未だに興味津々なイタリア人にとってよくわからないがなんか面白そうな品のひとつ、にすぎないのだ。それはいい。正直雲雀だって、その素朴なおもちゃのことを理解してはいない。幼い頃だって殆ど遊んだ記憶はないのだ。だがなんとなくむかつく。だいたいあなたイタリア人のくせに何でそんなやすやすと「富士山」とかやってみせているのかな。
「………はやく」
「わーったわーった、って。ほら」
 ほ、と声をあげて玉を中皿で受け止めると、家庭教師は気前よくそれを手渡してきた。別に失敗したのをきっかけに、というわけでもなく譲るのがまた腹立たしい、というのは流石に難癖をつけすぎなのだろう、自分でもわかっている。
「ほらきょーや。腰を落とせって。やーらかく、やーらかく投げるんだぞ、な?」
「わかってる!」
「力任せにいくな。ほんとはトンファーだって同じなんだからなー?」
「っうるさい!………んっ!」
 垂直に玉が上がるように、剣を振る。玉が軌道を描いた瞬間に、もう失敗したことが自分でもわかった。力が入りすぎている。大皿で受け止め小皿に、そして剣先に。そう目標として考えていたし、実際大皿で受け止めるまではそれなりの成功率を誇り、小皿で受け止めるまでいったことも何度か。だが硬質な音を立てて玉は大皿の縁をたたいたものの、我にかえれば、情けなくも糸に吊下がってぶらぶらと揺れている。
「なんだなんだ、恭弥。苦戦してるなあ」
 むさくるしい髭面の男がどうでもよさそうに、さも今気づいたかのように茶々を入れた。問答無用で咬み殺してやりたいところだが、イタリアンマフィアの中でもかなりの射撃の腕を誇るというこの男は、先ほど何となく興味が湧いたという様子で上司から玩具を奪った挙句「とんぼ」と「飛行機」と「空中ブランコ」を達成している。件の玩具のパッケージに同封されていた説明書がなければ日本人である雲雀も、知りもしなかったであろう技である。
「あ、そういうこというなよなロマーリオ。無神経だろー」
 うわあ殺したい。
「恭弥だって頑張ってんだもんなー? だいじょぶだって、すぐできるように」
「あなたちょっといって死んできなよ」
「おまえなー。ほら恭弥の武器は割と接近戦向きだからさ。オレは鞭だし、むしろこっちのほうが距離が短いしちょっとコツ掴めば簡単なくらいなんだよ。気にすんなって。たかがおもちゃだろ?」
「………」
「いやそうか? 俺はむしろ恭弥はこういうのが向いてんじゃねぇかって思うぜ?」
「………え?」
 思いもかけないコメントを聞いて、雲雀は目を見開いた。男性の美醜については詳しくないが、もう少し髪を短くすれば、ジャン・レノか誰かと見紛うばかりの容姿の、射撃の腕を世界的に誇っているらしい、家庭教師の部下だという男の発言である。
「そりゃボスのと比べれば武器の長さは違うだろうけどよ。恭弥はそういう扱いにくい武器だってうまく使ってきたじゃねぇか。手錠だってそうだしよ。扱えねぇ筈ないだろ」
「………」
「や、オレはそれが無理だっつってるんじゃなくてな? ただトンファーは棒状だろ、勝手が違うんじゃねぇかって」
「玉勘つうか、コントロール能力はある気がするんだがな。今朝だってボスの顎にうまいことトンファーぶつけてたじゃねぇか」
「うまいことってなんだ、うまいことって」
「………」
 確かに今朝、このうるさい家庭教師の顎に思い切りトンファーをお見舞いした。さんざん人のことをいいように扱ってくれた男が、無駄に気を使った挙句コーヒーをベッドまで運んでこようとして盛大にすっ転んだからだ。体が動けば思い切り咬み殺してやったろうが、生憎そのような状況にはなく、またそのような状況に陥らせた原因がこの男であるわけで、かなり力任せに投げた記憶があるのだがうまいこと。そう、うまいことあたった。
「………………ムカツキ」
「へ? いきなにいって恭弥………っでっっ!!」
「ワオ」
 できた。
 うまいこと顎を直撃した赤い玉はそこで軌道修正してこれまたうまいこと剣先にはまった。何だ簡単じゃないか。
「君、なかなかすごいね。家庭教師に向いてるんじゃないかい?」
「え! いや恭弥おまえ」
「まかせとけ恭弥。なにすぐにボスにぶつけねーでも扱えるようになるさ」
「いやロマ………さん。何か怒ってらっしゃる?」
「今朝がたあんたが顔腫らしてすげーかっこで部屋に入ってきたときからな。負けん気でできたよーな坊主が立てねーって………ガキ相手にしてるの忘れてんじゃねーか、ボス」
「いやそれは悪いと………でももう元気いっぱいだろー?」
「そういう問題じゃねぇ。だいたいあんたは………」
 そこからイタリア人二人の会話は母国語に移ったので、雲雀は再びけん玉を操る作業に没頭した。ムカツキ。そうムカツキだ。指輪の話に限らず、跳ね馬のいった通りこれがすべての基本なのだろう。そうだ、これくらいコツを掴めばなんということもない。


















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