「君たちこんなとこでたむろして、なに時間を無駄にしてるの」
「え? いやはは、その………」
 思わず綱吉は表情を強張らせた。時刻は十四時十分過ぎ。まともな時刻管理の能力を持ち合わせている人材なら、赤面して申し訳なさそうに入室して然るべき時間帯である。だがわかっている。雲雀には遅刻したという認識すらあるまい。
 第二月曜午後の定例会議。先々代だかその前だかから続いているだとかいうしきたりである。実際守護者が定期的に顔を合わせ、意見を交わすことが重要だというその認識は綱吉だとて同じくするものだ。トップが意識を一つにせずに、どうしてこのとんでもなく数の多い荒くれ者の集まりを纏める事が出来るだろうか。だが実際問題として、理想はどうでも実現できないこともある。
 アメリカの………そうここに傍線でも引きたいところだが「アメリカの」メジャーリーガーで打率と連続試合出場が記録にどうとかいっている男とだ、イタリアの教育制度的には未だ義務教育のカテゴリ内の年齢なうえ長く日本で暮らしていたためかなりの苦労をしながら授業を受けている子ども。それに法に縛られない、つまり労働基準法だとかそういうやつに縛られないと内心いいたいところだけれども、実際はいくらイメージがブラックだからといってそこまでブラックな企業………じゃないマフィアであることを公言してしまうと、ある程度以上の規模のファミリーなんてとても維持できないという世知辛い現実を足し合わせよ。とんでもなく弱腰なマフィアのボスができあがる。
いやいやよく考えたら、だいたいこの国のマフィアは存外部下に弱腰である。おまえらの個人的な事情なんて知ったこたない、いいから出席しろなんて強要できる筈がない。なんといっても一般的に、イタリアの労働者の待遇は日本のそれよりもかなり手厚いのだ。辞意を表明する部下に指をどうこうとかいえるマフィアが日本にはいるなんていったらば、多分この国のボスたちは大爆笑するだろう。ニンジャの不在に関しては半信半疑でも、この日本的仁義を規範とする犯罪集団のありようについては、ある種のキタノタ○シワールド内だけのファンタジーであるという認識が彼らのコモンセンスである。実際彼の映画に出ていた誰それの衝撃的な拷問シーンをラドクリフの格闘シーンだかとひき比べた御高説を、以前パーティーで拝聴したことがある。タケシのそれの方が僅かにではあるがリアリティが感じられる上、センシティブなロマンにあふれ、もし現実に可能ならば自分も試してみたいなどと年甲斐もなく夢みさせるものであったという。なんということだ。そろそろ天命を知ってもいい歳の同盟何位だかの大ファミリーのボスが、まるでベネチア国際映画祭でタ○ちゃんマンと握手したみたいに目を輝かせていた。
 つまりまあそんなわけで、このだらだらで欠席者ばかりの集まりには端から強制力なぞない。だがだからといって、綱吉にはこのしきたりをやめてしまいましょうと言い張るだけの度胸もなかった。先代まではまだ集まりやすかったのでしょうがといったところで、大したフォローにはなるまい。ボスを継いだばかりで未だ発言力は弱く、我を通すべき優先順位は他にあるのだ。古株の連中は鵜の目鷹の目でこちらの粗を探していて、慣例をそうそう軽々しくやめるわけにはいかない。
「えーと、その、定例会議なんですよー」
「へぇ、そうなの」
「てめ、知らなかったのかよ………」
 疲れ果てたような声で今のところ最多出席者である部下がこぼして、その気持ちはわからないでもない。だがまあ、状況が状況故、是非出席くださいと雲雀にしつこく連絡を入れることなぞとてもできなかった自分にも非はある。今のところ最小催行人数二人。今うなだれている真面目な右腕と二人きりでもとんでもなく気まずかったというのに、まかりまちがって雲雀さんと二人きりになってしまったらどうすればいい。そんな恐怖もあった。だが多分、全くの杞憂だ。昔から時間に煩かった人とは思えないほど余所事な反応で、たぶん出席者と自分が見なされているなんて予想だにしていない。思えば十二回目にして初めての出席である。
「会議しているようには見えないけど?」
「え、はは………。ちょっと、その、資料が間に合ってなくてですね…」
「君それで本当に大丈夫なの」
「え?」
 ヒバリさんに心配された!!と大仰に驚いて見せるか迷うところだ。と、いうか実際件の雲の守護者は至極心配そうな表情を浮かべていて、え、あれ、本当にすみません。
「いやこれは理由があって…」
「そんなでマフィアのボスとかちゃんとやれてるの…?」
「てめぇ十代目になんつう失礼なことを!!! 十分なんとかなってるに決まってるだろーが!!」
「獄寺くんやめて余計切なくなるからやめて」
「資料の提出日とか遅刻しないとかそういう最低限のことは守るように教育しなきゃだめだよ?」
「え………はいその、そうですね?」
 目の前の人を教育出来る気がしません、と本音を露にするのは憚られた。いや、資料が間に合わなかったのには理由があるのだ。該当部署の部下たちはきちんと会議にあわせて準備をしていてくれた。だが今回に限って学校が休みだとかで出席を表明した子どもがあれこれあってダイナマイトで躾されそうになり、更にあれこれあって屋敷中に雷が落っこちたと………まあ要約するとそういうことだ。ええ、知ってたけど、本当に電子機器って雷に弱いんですねー。まだまだ子どもだからときな臭い事柄には関わらせずにいたが、平和裏に敵対ファミリーを叩きつぶそうという際、彼の能力はかなり有効かもしれない。
「パソコンとかコピー機とかプロジェクターとか…使う筈だった機械が諸々動かなくなりまして………てかほんのついさっきまでは停電してたんですよ」
「すっげー音したのなーばりばりーって」
「極限驚いたな!!」
 笑いごとじゃねーよ、と突っ込みたいところだが、すでに重々反省したらしい子どもがまた泣き出しても困る。ていうか泣き出したあげくに追いつめられて、角以外の武器を取り出されても困る。
「ま、おかげさまでみんな無事でしたしねー。電気が復旧したので、いまもう一度準備してもらっているとこなんです」
 普通なら会議なぞ順延を申し入れたいところだが、当初の話ではそこまで時間はかからないだろうということであったし、今回はここ最近では稀なほど出席者が多い。オフシーズンということもあってアメリカ在住の守護者まで参加しているのだ。次もこうとは限らない………というわけでちょっと待ってみましょうと会議室で待機してはや一時間。そろそろ始められるんじゃないだろうかと思いたいのですが。
「この前の件の報告にいらしてくださったんですよね?」
「そう。あと、依頼したいことがどうとか草壁にいってたんじゃないの?」
「あ、そうですそうです北部のファミリーなんですが…」
 不審な動きをしているので調べてほしいと思ったのですがそのデータは取り出せる状況にありません。
「そ、のお話は後にして、ヒバリさんも会議に出席とか」
「別にいいよ」
「してみたりなんかしてくれると嬉しいなってえぇえええ?!」
「なにその反応」
「いえその」
 よかった。いちかばちかいってみて本当によかった。さすがは自由なようでいて真面目な人だ。いやたまたま気がむいただけかもだけど、とにかく会議が終わるまでにはそちらの資料も流石にプリントアウトできる状況になってるはず。
「じゃあまあそうかからず始められると思うので」
「ねぇ、それで君らここでなにしてたの」
「え? や、人数が多ければいいものでもありませんし」
 ここが本拠地でないものもいるし、雲雀が現れる数分前まで送電線がどうとか呟きながら走り回っていた頼れる右腕………まあ元凶ともいえるわけだが、その彼以外のほとんどが機械関連には詳しくない。自分なぞ頭を突っ込んだところで全く役に立たないに違いない。
「ふうん、これ?」
「え、あ。そ、れは」
 トラブル前に届けられたプリントの薄い束の上、綱吉は先ほどまで回し読みをしていた本を無造作に重ねていた。雲雀はひょいと取り上げると、眉をしかめる。
「ぜんぶわかる簡単夢判断………ばかじゃないの」
「えーと…」
 まあいわれればそのとおりだ。綱吉はひきつった笑いを浮かべた。こんな本の内容を信じている者はこの場にはいるまい。
「でも結構おもしろかったのな、話のネタっていうか…」
「そ、そうだよね、なかなか…」
「ごめんなさい…それ、持ってきたの私…」
「え、なにいってんの、だからおもしろかったって、クローム!」
恐縮したように声をあげる、この場での唯一の女性に思わずフォローの言葉をかける。つまりあれだ、先日あのパイナップル頭の変態に、より効果的な幻覚をみせるためには敵の心理を少ないヒントから短時間で読み解く必要があるのだとかなんだとか長々とした御講釈を聞かされたこのかわいそうな女性は、なんとも真面目なことにボンゴレ本部の敷地内にある図書館でコンプレックスだとかトラウマだとかプレッシャーだとかに関する学術書をまとめて借り入れようとし、その聞いただけでもうんざりするラインナップの中に件の如何にもお軽い、フロイトが頭を抱えそうなタイトルのハンドブックが混ざっていたのである。
会議が時間通り始まらないと判明した時点で、彼女は自室に運び込む暇がなくそのまま持ちこんだ書籍を確認しだしたのだが、そこで、混入した本の存在に気づいたのである。あ、と彼女からしたら小さい声で驚きを表明しただけであったのだろうけれども、なんといっても皆が皆、長い休憩時間にうんざりしていた。なんだなんだと覗き込んで、そして今に至る。
だがこの回し読みしたハンドブックが、信用に足ると考えている者はこの場には一人もいるまい。別に精神医学等に偏見を持っているわけではなく、実際ご立派なお医者様が、あなたはマフィアのボスという仕事にプレッシャーを感じていますねだとか診断してきたならば、はいはいそうですその通りですと肯定したに違いないと思う。だがこの本ときたら、あれこれそれな夢を見る人はこういう傾向があります、これそれあれな夢を見る人はそういう性格ですと、ただただ結論だけ、それもいかにも煽情的に書かれていて、如何にもお軽い、話題のネタ提供だけを目的としたものと理解して間違いないと思う。そしてまあとにかく、このぽっかり空いた時間に於いて、この本は充分にその役目を全うしたのだった。
「俺はよく、ホームラン打つ夢みるのなー」
「ああうん、さっき聞いたけど、さすがポジティブだよね山本…」
 流石に場を読んで黙ってたけど、他のファミリーとか殺し屋に襲われる夢を俺はよくみます。
「いやよくわかるぞ! 俺も試合前は寝る前に極限イメージトレーニングをしたからな! そのままボクシングをしている夢をよくみたものだ」
「………私は」
「ん? どしたの、クローム?」
話題提供はしてくれたものの、口下手がゆえに殆ど会話に加わっていなかった女性がぽつりとつぶやいて、綱吉は思わず食いついた。正直、この他人と一緒に観ることができない夢というものにおける話し手が感じた臨場感だとか感動だとかを、聞き手が共有することはほぼ不可能である。いくら仔細に説明してくれたとしても、それは多くの場合テレビドラマだとか映画だとかと違って支離滅裂で、とても共感できるものではない。だが、夢を見た本人からしたら、そんな他人の作った映像より余程思い入れのあるもので………どうしたって温度差が生じてしまう。だからたぶん、話し手としたら親身に夢の話を聞いてくれる相手には問答無用で親近感を持ってしまうものだ………いや別にそんな邪な目的で食いついたって話じゃなくて、この本はその本音ではどうでもいい夢の内容に興味を持たせてくれて会話が進むよねーということなのだが。うん、今度なんかのパーティーだとかに出席して、そしてしょっちゅうあることなのだが話題に困ったら、夢判断を会話に盛り込むのもいいかもしれない正直脂ぎったゴリラみたいなマフィアのボスがどんな夢見てるかなんてまったくちっともこれっぽっちだって知りたくないけど。
「昨夜みた夢は骸様がでてきて」
「「「「「「そうなのか」」」」」」
その夢にどういう意味があるのか判断するための些かかなり頼りない冊子は手元にあるものの、めくる気にはとてもならず綱吉は遠い目をした。彼女の夢を判断するのは難しい。つまり、その夢は本当に彼女の精神状態だとか欲求とかいった物を反映しているのかどうかということだ。あの変態が無許可で堂々と夢に押し入ってきた可能性はそう低いものではない。いやそれよりも問題にすべきは、この場にいた全員が口にした相槌が、とんでもなく悲嘆にくれ、同情心に満ち溢れたものであったという事実であろうか。彼女自身の心理状態を反映したものであろうと、そうでなく無許可で図々しく出演してくださったものであろうと、一日の終わりに見る夢に、あの男があつかましくも押し入ってくるなんて、どうにも気の毒な状況だ。
「すごく嬉しくて。色々お話を聞けた…」
「「「「「「ええ?」」」」」」
「ええ?って?」
 ええ?って?っていうほうがええ?だ。
「いやそのほら、びっくりしたんだよ。夢で見るなんて、仲良いんだなー」
「え…」
「ほら、クロームのこと気にして夢に出てきたんだろ」
 そうでなく先に述べたように、彼女が気にして欲しくて、その反映で出てきた可能性もある。素人には判断ができない。とはいえここは嘘でもフォローしておいた方がいいだろう。
「沢田」
「うわ!! はい、なんでしょう!」
 ひょいとハンドブックを返してくださった雲の守護者が、ごくさりげなく自分の耳元に顔を寄せてきて綱吉は驚愕した。近い。いい匂いがする………じゃなくてそう! 普段群れを厭うパーソナルスペースが一般よりもかなり広い人が急に距離を縮めてくると、なんていうかびっくりするのだ。トンファーでも頸動脈に押し当ててくるんじゃないかと。
「まあいくらこういう本が眉唾だからって頭から否定するわけじゃないけど、悠長なことやってないできちんと医者に診せた方がいいんじゃない」
「え………いや! ちがいますよ、そういうこと考えてさりげなくとかそんなんじゃないですから!!」
 雲雀の真意に気づいて、綱吉はあわてて小声で否定した。べつに彼女の頭がおかしくなって、それを診断しようとこんな本を持ちだしたわけではない。
「そうなの?」
「だいじょうぶですって、つまりその、昔からこういう感じじゃないですか」
 いや、まあ病巣が根深いってだけかも今の説明だと。だが、雲雀は小さく息を吐き強張った表情を和らげて、つまり彼は本当に心配していたのだとわかる。あたりまえだ。普段の暴力的な性行から誤解されがちだが、なんだかんだで身内には甘い人だ。とはいえ、いくら彼が純粋な好意から心配していたとしても、クロームとしたら正気を疑われていると知ったらいい気はするまい。
「それならいいけど。大体ボスなら誰か紹介してやったらどうなの」
「え、や………そんなこといわれましても」
「うら若い女性があれに騙されて青春を無駄にするとか………悲劇じゃないか。見過ごすなんて君それでもボスなの」
 うわさすがフェミニスト。ていうかそこは自己責任ですよとかいいたいけどもう少しで頷きそうになってしまった。だって彼女はかわいいしちょっと口下手だけど真面目で性格もよくて………常々勿体ない話だと思っていたのだ。でもなんていうか、都合いい時だけボスっていってません?
「でも紹介っていっても、俺そんな知り合いなんて…」
 なんといってもある意味狭い世界で生きているので、交流関係にある人間はすごく好戦的なマフィアのボスとある程度好戦的なマフィアのボスしかいない。
「誰かいないの」
「だって、そう人数はいないじゃないですか、優しくて大らかで性格がよくて多少収入があって恋人を大事にするマフィアのボスの知り合いなんて、心当たりといったら………………ってヒバリさん痛いです痛い痛い痛い!!」
「ってめー! 十代目に何しやがる!!」
「え? あれ」
 がたがたと他の守護者たちが立ち上がろうとしたところで、雲雀は押し当てていたトンファーを外して、当惑したような声をあげた。いやそうじゃないですから、数少ない該当者を即紹介しようって話じゃないですし、大体彼がすごく好戦的なマフィアのボスではないからといって、すごく好戦的な恋人兼弟子がいる時点で、うちのクロームの相手にはお断りです。てか無意識ですか。
「沢田…」
「いえ、大丈夫ですから。あ、そうだクローム。今度アメリカの提携グループの視察にいって貰いたいなって思ってるんだけど。山本もそろそろ帰国だしちょうどいいから一緒にいって、ほら、ついでに観光したらどうかな」
「観光?」
「ああ、俺はかまわないのな」
「ほら山本、シーズン前は仲のいい選手とか友達で集まってよくパーティーするとかいってたじゃない。そういうのにも参加させてもらったりさ」
「え、でも私そういうの…」
「きっと楽しいのな、いい奴ばかりだし」
「そう! うんそれはいいね、かわいい服とか買って持っていくといいよ、ちょうどビアンキ来てるし明日にでも買い物にいったらどうかな経費ってことでいいから」
 ああうん無理かもなぁと思いつついい募る。生真面目な彼女はメジャーリーガーとお近づきになるチャンスだというのに、さっぱり全く興味がなくて当惑しております、という表情を浮かべている。とはいえやはりボスとしたらかわいい守護者には、マフィアとは関係のないまっとうなスポーツマンとかと仲良くしてもらいたいなぁと思わなくもないわけだ。マフィアを殲滅しようと画策しているまったくの変態だとかじゃなくて。
「でも私…」
「あ! ああそうだ、ヒバリさんは最近どんな夢見ました?!」
「え、僕かい」
「そう、いやぁ是非聞きたいなぁ、ね、クローム」
「………あの」
「僕の夢? うんそうだね……ああでも」
 何とか話をそらそうと聞いたことを察したのか、なんだかんだで優しい雲の守護者は一応話をあわせようとしてくれたようなのだが、さて夢の話をしようというところで当惑したように首を傾げた。
「僕のみる夢は、あまりそういう判断に向かない気がするな」
「そうなんですか?」
 そも、判断材料が眉唾の小冊子のみである。別に正確な結果を期待しているわけではないのだが。
「ここ何年と………そうだな十年近く、僕がみる夢はいつも同じなんだ。まったく、ってわけじゃないけど殆ど同じ内容だっていっていい」
「え? ………いや、ほんとですか?」
「ああ。いや、違うかな。夢ってレム睡眠の度にみてるとかいうものね。だから、起きてからも覚えている夢がいつも同じ内容だっていう、それだけのことなんだけど」
「いやそれだってじゅうぶんすごいですよ…」
「そう? でもだから、僕の考えとか感情の判断材料にはならないだろうと思うんだ」
 むしろ逆ではないだろうか。そんな場合の対応は書かれていなかったからわからないが。
「まあ毎晩夢を見るわけじゃないでしょうしね」
「そうだね…眠りが浅いときみるんだっけ? 布団が薄いせいかな、日本にいる時の方がよくみるからね。逆にこっちにいる時は夢なんてほとんどみない」
「御託はいいから、それでてめーはどんな夢みるんだよ?」
 焦れたように声をあげたのは我が右腕で、まさに然り。先にも述べたとおり、他人が見た夢なんてたいした興味は抱けないものだが、ここまでの前口上があると無関心を貫くのは難しい。
「だからいつも同じだって」
「同じって………だからその内容をだな」
「夢の中で僕は………ああ、場所はいつも違うんだ。その時いる場所が多いけれど、並盛だったりイタリアだったりもするし、まったく知らない場所にいることもある」
「はは、同じじゃないのなー」
「そうだね、そうかも。でも流れはいつも一緒なんだ。僕は近くにあるドアを開けて、その向こうにはディーノがいる」
 惚気か。頬を赤らめて語る雲の守護者に思わず突っ込みそうになったのを、綱吉は必死で飲み込んだ。なんといっても十年来の付き合いの師弟である。夢に出てきたってなんの不思議もない。
「夢なのに、僕は夢だってわかっていない。なんていうかまるで、現実みたいなんだ。それで挨拶もそこそこにディーノは、僕がこんなとこじゃ嫌だっていうのに鞭を構えて」
「え、ちょ、ヒバリさん?」
 惚気か。いや違うDVか。いやいやそれも違う。いくらなんでも夢のことまで責任はとれないぜと我が兄弟子はいうことだろう。というかその、今さらですがここには未成年もうら若き女性もいるわけでしてね。
「僕はやだっていってトンファーで腕ごと払ってそれを止めようとするんだけど、あの人が鞭の柄で弾いてその流れで左脚で脇腹を攻撃しようとするのをなんとかかわして右肘を狙ってトンファーで打ちすえようとしたところであの人が大きく腕を振って」
 すみません勘違いでした。てかそれまだ続くんですか流石ずっと見ているだけあって詳細まで覚えているんですねっていうか雲雀さんその執拗に効き手狙う攻撃えぐくないですか。そんなてれくさそうに話す内容じゃなくないですか。
「ディーノの鞭の先が僕の顎を掠めてだから飛びのいたついでにギアを作動させてそしたら今日は嫌だっていっても手加減しないぜってあの人がいうから」
「ええわあ積極的ですね?」
 とりあえずできた突っ込みがそれだ。だがなんというか、綱吉の知る限り兄弟子はそうそう積極的に手合わせだのに取り組んでいるようには見えない。勿論この熱心極まりない弟子がいるのだから、それなりにコンスタントに戦ってはいるのだろうし、日々の鍛錬なくして、ある程度以上の戦いの能力を維持することは不可能である。とはいえ、少なくとも目の前のこの雲の守護者みたいに、熱心に戦っているイメージはない。いやもしかしたら。幼い頃ことあるごとに助けてくれ、しかも自分に気を使わせないためにマフィアのボスなんて暇なんだぞと、今思えばどうして騙されたのかわからない荒唐無稽な嘘をついてくれた兄弟子のことだ。白鳥が水面下の脚かきを隠しているのと同じように、実は熱心に戦っているのかも………いやだからといって雲雀より好戦的という可能性はまず間違いなくなかろうが。てかあれですか、さっきから嫌がってるのを無理矢理とか何度もおっしゃってますけども、それはたまには向こうから戦おうよっていわれたいとかそういう。
「まあね」
「えーと………よかったですね?」
 夢ではむこうから強請られたいとかそういうあれですか。うわぁ。綱吉は思わず頭を抱えた。かわ………いやそうじゃない。それはない。これは常に相手にも全力を求める戦闘狂が無茶をいっているだけであって、なにもかわいいところなどない。そりゃさっきから雲雀は如何にもてれているように見えるけれどもきっと絶対多分必ずお願いだから気のせいである。きっとそうだ。
 綱吉は小さく息を吐いて、超直感というか嫌な予感というかそんな訳のわからない感覚を頭から無視して、目の前に置かれたハンドブックを手に取りぺらぺらとめくった。話の最中で本をめくるなんて無礼なのかもしれないが、そういう礼儀に煩そうな方は、それで今日は嫌だっていっても手加減しないぜってあの人がいうからともう一度繰り返したあと、臨場感あふれる戦いの描写を再開している。戦い………戦いにはどんな意味があるんだろう。いや別に今の自分の職業を根底から問う! みたいなのじゃなくて、つまり、夢の中では。その答えは本の真ん中あたりのページで簡単に見つかった。戦いは性行為の隠喩であり…。
「それで僕は思いきり顎を殴りとばしてやろうとするんだけど、あの人は脚でそれをとめて僕の右脚に鞭をからめてのしかかってきて」
 殴打、蹴り技等も同様であり、体技もまた同じ意味をもちます………戦いとそれにおけるカタルシスは………いやまて、ちょっとまて。
「このくらいで終わりじゃないだろ、今日は一日めいっぱい戦おうぜって笑って」
「えーと、ちょっと待ってくださいちょっと待ってくださいちょっと待ってください」
「なに、今がいいところなのに」
 何がいいところなのだと突っ込みたいのを綱吉は必死でこらえた。いや待て、この人は自分がどのような破廉恥な話をしているかわかっていないのだ。だからといって説明したら、まず間違いなく咬み殺される。ヒバリさんちょっと強引に迫られるのが好きなんですねとかうっかり口にしてしまったら次の瞬間命はあるまい。
「いやほらあれだ。てめーが跳ね馬と仲良いのは充分わかったから、な?」
 顔を真っ赤にしてそう取り成してくれたのは我が右腕で、そういえば知識欲旺盛な彼は、こんな雑学的な本にも興味津々で、先程回し読みした際はひときわ熱心に目を通していた。この話がどんな意味をもつかなんて、すっかりわかっているのだろう。
「そうだ、極限仲がいいな! そういう夢だろう、沢田?!」
「え?! ああ、そうですそうです!!」
 だがそこまで読みこんでいるようにも見えなかった晴の守護者も焦ったように声をあげて、綱吉は悟った。本人の意図はどうあれ、ここまで頬を赤らめうっとりと戦いの描写をされて、ああそうですか力闘でしたねと素直に受け取る馬鹿もいまい。見回せばまだ幼い子どもも含めて、皆恥ずかしげに視線をそらしている。
「まあ、そうかもね」
「ええそうですねー………ってええ?」
 とはいえ素直にそれを認める人とは。
「夢判断だろ、わかるよ。あの人が僕と戦いたいって思ってるから僕の夢に出てくるんだ」
「えー………」
 そうきましたか。いやたしかに昔古文の授業だとかで、そんな話を聞いた覚えもありますけど。思われているから夢に出てくるとか、思われているからニキビになるとか、思えば我が故郷の迷信は意外とポジティブである。そしてこのハンドブックがそれよりも信憑性があるのだと自信をもっていえるわけではないのですが。
「むしろ雲雀さんが…」
 思ってるから、夢に。
 気づけば口に出ていて、だってその方が自然だ。学生の頃なんてテスト前は、よく赤点を夢を見たものだ。それに好きな女の子のことを。この本がどう御託を述べようと、考えていること、気にしていることをそのまま夢にみる、なんてことも皆経験があることだろう。
「僕がなに」
「いえなんでもないです!!」
 咄嗟に否定する。いやこれだからダメツナっていわれるんだってわかっているけど。必死で首を振ると、雲雀は困ったように首を傾げた。びっくりした。
「知ってるよ」
「え?」
「本当はそんなの知ってる。夢を見るのは………」
「ヒバリさん」
「僕が戦いたいからだ」
「………………あ、のその」
「そうだったらいいなって思ってるだけだ。あの人が僕と戦いたいってわけじゃない」
「違う…!」
 瞳を潤ませ立ち上がった女性は、常の彼女からは考えられないような大きな声をあげた。そういえば彼女も、あのパイナップルの夢を見たとかいっていた。
「え?」
「そんなことない。向こうだって………あなたのこと考えてるから、考えてるから。だからみるの…」
「君…」
 とはいえ主張の声音は尻つぼみに小さくなって、雲雀の方はいかにも当惑した様子である。まあそうだろう。群れが嫌いな人は、こんな一方的に共感されたことなぞ、今までなかったに違いない。
「クローム。そうだね、俺もそう思うよ」
 とはいえ同感。綱吉が微笑んで声をかけると、彼女はやっと、自分がたちあがっていて注目を集めていることに気づいた、みたいな顔をして着席をした。ほほえましい。
そしてまあ、あの物好きなマフィアのボスは、なんというかうちの雲の守護者を溺愛していて、戦闘したいと考えていない筈がない。ええとその、夢における比喩表現でだけでなく。そしてあの変態………じゃないパイナップルだって、彼女のことを気にかけていない筈がない………そういう意味でじゃないといいなあというのがここにいる彼女を除く全員の総意だが。でもそれでも、さっきの提案は余計なお世話だったかも、と綱吉は思った。撤回するつもりは微塵もないが。
「そうかな…」
「そうですよ! きっとそうです!! ディーノさんはいつだって………あれ、その夢、最近見たんですか?」
「ああうん、昨日もみたけど」
「昨日?!」
 またずいぶんなまなましい。綱吉は正直ぎょっとした。あれだ。昨日セックスをしましたって聞かされるよりも、昨日セックスをする夢を見ましたって聞かされる方がよっぽど恥ずかしい気がする。なんでかわからないけど。
「ていうか、ここ一週間くらいずっとみてるけど」
「え、うわ。いやだって、だってイタリアにいる時は」
「うんだから、ここずっと日本にいただろ、君が仕事を依頼したんじゃないか」
 そうでした!
「やっぱり布団があわないから眠りが浅いのかな。僕のアジトだとインテリアとあわないんだけど、もうベッドに換えようかと思っているんだ」
「いやそれは…」
「まあしばらくイタリアにいるつもりだから、もう大丈夫だと思うけどね。さっき君のいってた北部のファミリーを調べるのに」
「獄寺くん!」
「はい十代目!! その調査には俺がいかせていただきます!!!」
「え、ちょっとなにいって」
「いやあのそのそれでですね、そのお話なんですけどつい先程獄寺くんにいってもらうことになりまして!」
 ありがとう右腕。
「先程っていつ」
 はいそうですよね、ずっとこの部屋いましたものね。ほんの数秒前決まりました。
「先の程だ! そのファミリーがすげえ群れててな」
「ファミリーってのはだいたい群れてるものだよ」
「それで俺らも群れてことにあたることになったんだ」
「………」
「あと調査だから戦う予定はねぇ」
「………………え?」
 いやそれはもともとその予定ですけど。
「ま、まあそういうわけでして。ちょうどいいので、その、ヒバリさんには一週間くらい休暇でもと………ほらその、ずっと日本で仕事してもらったわけですし」
「………」
「風紀財団の仕事もこちらでも少しお手伝いできたらと………その、お世話になっておりますし。勿論、機密に関わるようなことは任せられないでしょうけど、やれることがあれば」
「極限手を貸すぞ」
「俺もいま手が空いてるのな」
 守護者が我も我もと手をあげて、綱吉は思わず感動した。友情って素晴らしい。たとえそれで守ろうとしているのが仲間の生生活であってもだ。いや違う。自分たちはそうだあれだ彼の安眠を、そう質のいい睡眠を守ろうとしているのだ。きっとそうだ。
 だいたいこのさっぱりわかっていない人を、いつ終わるかしれない調査に放りこんだらどうなる? 綱吉はちょっと想像してぞっとした。赤裸々に性行為の夢を見るならばまだいい。自分がもし戦う夢を見て夢精なんかしたらちょっとへこむくらいじゃすまない。すぐにボスをやめてどこか平和な国にでも移住する。いや雲雀さんはどうかわからないっていうかそこまで思いつめはしないだろうけど!
「それで、ヒバリさんはその、これをディーノさんに届けてください…」
「これ? これって君、今、その本適当に封筒に突っ込んだだけだよね?!」
「あ、えーとその、その」
「これはあれだ! 定期確認だ!!」
 だからほら、とクロームの方をちらちら見やりながら右腕が果敢にもいいはる。今日ほど彼を頼もしく思ったことが、今まであったろうか。綱吉はなかった。
「定期確認?」
「ほら、あれだ、あのあいつが………ほらあの、ぱいん変ぱい? がさ」
「ああ」
 限りなく「先輩」に近い発音であった………うんそれで通じるってどうなのかな。だがこの場にいる一人………つまりあのパイナップルを変態だと考えていない心の澄んだ女性以外は、了解したという浅い頷きを示していて、綱吉は暗澹たる気持ちになった。たぶん………まあもしかしたらというか、どうやらそうらしいというだけの話なのだが、そのパイナップルも我がファミリーの身内であるという捉え方も一部には存在するようなのだ。誠に遺憾なのだが。
「いつ夢の中に干渉してくるかわからないって話になってよ。ターゲットになりそうなメンツだけでも定期的にみている夢を確認しようってことになった。とはいえこんなの身内の恥だ。だからおまえはその本をあいつに読ませたり自分の夢の話をしたりして、さりげなく確認を…」
「つまりあの人の夢の中にあの変態が入り込んでいるかもっていうの」
「ああ」
 びくり、と怯えたように身じろいだ右腕を責めることはできない。何故なら自分もまた、寸分たがわず同じ動きをしたからだ。天使だとか妖精だとか、この戦闘狂な守護者に対する評価として、壊滅状態に追いやられたファミリーの残党を中心に訳のわからない賛辞が囁かれる理由が今判った。浮かべられた表情はあまりに澄みきって、鋭利で美しく、どんな言い訳も釈明もまったく意味をなさないことだけは判然としていた。神を信じない自分には彼を天使に例えるには躊躇いがあるが、例えば我が子を襲われた雌虎は、犯行グループの現地民を焼く前のハンバーグみたいな状態にする前にこのような表情を浮かべるに違いない、と思う。よくは知らないが多分終末のラッパを吹き鳴らす天使も、もしかしたら似たような表情を浮かべているのかもしれない。
「沢田」
「は、はい!!」
「悪いね、会議には出席できなくなった」
「わかりました、よろしくお願いします」
 じゃあね、と片手をあげた雲の守護者は、両足を同時に床から離していない、という定義を守っているという以外の点では、極一部のアスリートの他は走っていると………それも全速力で走っていると見做すであろう速度で会議室から飛び出していって、次の瞬間にはばたんと高らかにドアが音をたてた。
 はあああ、と大きく息を吐く。数秒遅れて、他の出席者も競うように大きく息を吐いて、何もいわずとも彼らの気持ちは理解できるものだった。なんかもう、会議どころじゃない。とにかく俺はそんな心境です。
 だけれども、世知辛いこの環境において、義務を果たさずに許される筈がない。数分後には狙い澄ましたように書類が届いた。いや待ち構えていた筈なのだが、今はもうそんな気分ではなくなってしまったのだ。だいたいマフィアのボスだからって、守護者の性生活のフォローまでしなければならない筈はない、と綱吉は眉を顰める。正直フォローできるほどの経験値を獲得しておりません。まあ、あれだ、一応ヒントは与えたわけだし、以後は兄弟子の自己責任として頑張っていただきたい所存である。Buona notte、Sogni doro。回されてきたプリントを一枚ずつ抜きとりながら、我知らず抑揚をつけて呟いていた。おやすみなさい、いい夢を。きまりきった挨拶。唱えたところでどうということもないかもしれない。でもきっと、愛しい人が同じベッドで眠るなら目を閉じただけで幸せが待ち構えているに違いないのだ。ああまったく爆発しろ………とまではいわないが、今だったら雷の守護者に暴れていただいてもかまわないのに、という気分である。
















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