「そりゃオレだってさ、恭弥がそうやって寡黙っていうのか? 自分をひけらかさないところはすごくいいと思うぜ」
 帰りたい。
 もともとそう大柄とはいえない体を可能な限り小さく、あるいは表面積を少なくしようと、綱吉は革張りのソファの上で体を縮こまらせた。それで我が存在を消すことが不可能であるとしても、努力することが重要なのである。というか無駄とわかっていても、努力もせずに堂々と座っていることなぞとても出来やしない。視線だけで人が殺せるならば自分は今優に十回は死んでいる。猫だって命は九つしかないというのにである。そして今にも咬みつきそうな、ああより率直にいうなら咬み殺しそうな視線でねめつけてくださってる人は、もし視線だけで人が殺せないことを知ったならばいそいそとトンファーを取り出しかねない、そんな思考的傾向をお持ちである。
「ぺらぺら自己弁護に走る奴に碌なのはいねぇからな。恭弥はいつだって自分に恥じねぇ生き方をしようとしてる」
「それと風紀にもね」
「…そうだな」
 
答えた兄弟子の声はあまりに重々しく、思わず綱吉は振り返った。そして目を見開いた。彼は、弟子に向けるものとはとてもいえない表情を浮かべていた。例えばあこがれ、それとも崇拝。とてつもなく世話になっているにもかかわらず、彼について知っていることはそう多くはない。彼自身、そう多くを語る人ではないからだ。少なくとも自分自身については。だが家庭教師から聞いた話からすれば、今の自分よりもずっと幼い頃から彼はあの巨大なファミリーを率いてきたのである。彼自身にも、そして彼がみせる優しさだとか大らかさだとかにも、とても忠実ではいられない場面が多くあったのであろうことは嫌でも想像できた。
 たとえば自分の父もマフィアである。マフィアの、ボンゴレの門外顧問であるという。彼の職務内容について多くは知らないし、また話しあったこともないが、だがそれでも多少は想像がつくというもので、もし父が自分は妻にも息子にも恥じるような行いは何一つしていないし、誰も傷つけたり殺したりなぞしていない、といわれても綱吉は欠片たりとも信じないだろう。だがきっと彼なりに、多分あるに違いない彼における倫理観においては許されることだったのかもしれないし、もし許されなくとも、それは仕方のないこと、やらざるを得ないことだったのかもしれない。自分だって、例えば友人が危機に陥れば、何よりも好まない筈の暴力をふるってみせることもあるだろう。それがまったく正しくない対応であると知っていてもだ。だがだからこそ兄弟子が、自分の弟子であるところの風紀委員長に向ける讃嘆の念が理解できないわけではなかった。彼はいつだって自分と自分が正しいと思ったことを曲げない。そして彼自身がどう理解しているにせよ、並盛は暴力だけに怯え風紀を順守しているわけではなかった。そうであってどうしてこの学校を、そしてこの町を、中学生の男の子が支配することができよう?
「でもな、言葉が足らねぇとなんか誤解が生じかねないだろ? ファミリーの人間とはわかりあわなくちゃいけねぇ。信頼が大事なんだ」
「あ、あのいやもうそのへんで」
「なんだよ、そこでひいちゃだめだろ、ツナ」
 頼りになる兄貴分の顔で、ディーノは微笑んでみせた。綱吉としたら、許されるものなら今すぐ、死ぬ気でここから走り去りたい。自分が望んだことではないのだと、そこだけは詳らかに主張したい。だが願いもむなしく、兄貴分は近くに置いてあった紙袋からあるものを取り出した。あるもの。今現在の人類の科学力では多分、最大限にネコ科の動物における「耳」に似ているそれである。
「でな、用意したのがこれだ。猫耳、っていうのか? 脳波で反応して動くんだそうだ。日本の科学力ってすげーよなー」
 これをつけてみろよ、と我が兄貴分は何とも命知らずなことにその提案をした。何とも命知らずなことに。そして、自分は今この場で死ぬのかもしれない、と綱吉は思った。何故ならまるで走馬灯のようにここまでの経緯を思い出したからだ。





 久しぶりにとはあまりいえない程度の間を置いて、来日した兄弟子が我が家を訪れた。本来彼を歓待すべき人間は留守であったので、喜んでその代わりを務める。ディーノが手土産だといって持ってきた焼き菓子はたいそうおいしく、摘まみながらなんとなくの雑談をした。ついでにいっておくと我が兄弟子は比類のない聞き上手である。綱吉も、いずれ自分の部下になるつもりらしい物好きな友人二人に挟まれていると、時々自分が将来なるなんて話が遺憾にももちあがっているのは、マフィアのボスではなく、通訳とか仲介役とか、下手すると緩衝材かなんじゃないのなんて思ったりもするくらいだから、マフィアのボスたるもの人の話に耳を傾け理解するのは必須の能力なのかもしれない。だが、彼は自分のような、将来的に多少の可能性はあると示唆されているような人間ではなく、現役バリバリのマフィアのボスであるので、それはもう波乱万丈の、なんかこう血沸き肉躍る生活を常日頃されている筈である。自分の話す、如何にも普通の中学生男子の日常そのものの話題はずいぶんと退屈なものに違いない。だが彼は何故だかいつも、まるで自分の全く知らない新しい世界の話のように身を乗り出して聞いてくれるので、ついこちらとしても調子に乗って話をしてしまうのだ。
 そして、一通り自分の周りのあれやこれやの話を終えてみると、それまでにこにこと頷いて聞いていた兄弟子が困ったように首を傾げた。
「えーと………ツナ、恭弥とはうまくやっているのか?」
 聞かれてみてはじめて気づいたわけだが、そういえば雲雀恭弥が関係する話だけはしていなかった気がする。しかしそれはもう当然のことで、クローム髑髏は最近よく、憧れのクラスメイトたちと会って女の子同士の交流を持っているらしいと聞いたのでその話をしたし、他の守護者たちも皆、その憧れの彼女の兄だったり、自分とクラスメイトだったり同居してたりと、どうしたって関わりが深いので、話題に出てこない筈がないのである。だが雲雀は自分が群れているのが見つかったとか、思いきり遅刻したとか、そんなことでもなければほとんど交遊はない。だが兄弟子はなるほど責任感の強い人で雲雀の師匠でもあるので取りあえず自分の弟子のことが心配になってしまったらしい。
「え? いや大丈夫ですよ?」
「そうか? いやいいんだツナ、あいつはじゃじゃ馬だしいうこときかねーし、ほんと困った奴だからなー」
「へ? いやいやその」
 雲雀恭弥にいうことをきかそうなどという発想からそもなかったわけで、さすがマフィアのボスは発想がふるっている。それでも綱吉はなんとかフォローしようと、より穏健な表現を探した。
「いやなんといっても頼りにしてますよ! ヒバリさんほんと強いし!!」
「まだまだだぜ。オレに任せられたからにはな。恭弥はこれからいくらだって強くなる。すぐに今の百倍くらいには」
「どんなインフレ起こそうと企んでるんですかー?!」
「………え、ツナいやその………まずいか?」
 思わず突っ込んだ。だが相手は困ったようにこちらを見てきて、ああなんとも残念なことに本気らしい。もしかしていつか平穏な日常を乱す何がしかが怒った場合、それは心強い、喜ばしいことだと思えるようになるかもしれない。だが今現在、いつ学び舎で風紀を乱したかどで咬み殺されるかわからない学園生活を送っている身としてはあまり嬉しくはない。だがその本音は明かすべきではないのだろう。兄弟子は本当に厚意からしてくれているのだ。
「いえそんなことは。ただいきなりそんな強くなったらびっくりしちゃうなー、みたいな」
「何いってるんだツナ。おまえだって強くなってるじゃねぇか」
 臆面もなく兄弟子がいうので虚を突かれた。もちろん人格が変わっている間も記憶はある。ある意味、なんかいきなり強気になっている状態、ってだけなのだ。だがそれだけにあまり思いだしたくないというか、忘れたこととして進めたいというか、いやでもそうですか、強くなってます
「………ってそうじゃなく!
「ん? どうしたツナ
「そうじゃなくー………たぶん、そのきっと、だいじょうぶですよ、っていうかー………」
 兄弟子に心配かけたくはない、という思いはあれどつい明言を避けてしまった。雲の守護者云々ではなく、何か危険が迫ってると仮定するだけで退路を断つような方策は取りたくはないという衝動が。
「………そうか?」
「ええ! ヒバリさんは信頼できる人ですし。何かあったら戦ってくれるって」
 この言葉には嘘はない。実際、すわ戦闘、という場面の時に一緒に戦ってくださいねと約束できる状況にも、間柄にもないので今まで確約したことはないわけだが。それでも彼は戦いの好機を逃すことはないだろうとそう思う。敵にしない限り、相手の方でこちらの味方と考えてくれるので勝手に挑んで、そして雲雀が咬み殺してくれるだろう。彼が負ける筈はない。そこは信頼しているのだ。
「大丈夫です。そりゃヒバリさんは何考えてるかよくわかんない人ですけど」
「………………ツナ」
 顔をあげると、兄弟子はなんとも神妙な表情を浮かべていた。そして、え、何かオレへんなこといったっけと思い悩んでるうちに車に押し込まれ並中に向かっていた、というわけである。しかも道中兄弟子が部下に入手を頼んでいた、日本技術の粋を集めたというそれは、さすがマフィアというべきか、驚くべき速さで届けられたのである。





「あなた、僕がそんな恥ずかしい恰好すると思うの」
 地を這うような声で風紀委員長はいった。綱吉は思わず首をすくめる。怖い。
「ん? いや流石にオレだって、それつけて外を歩けとかいわねーよ? 恭弥はかわいいからな、変質者にでも目をつけられるといけねぇ」
 そういう問題じゃないんじゃないかと綱吉は思った。思った通り雲雀はふんと鼻を鳴らして、面白くなさそうな顔をする。
「そんなのどうでもいいよ。あなたに見られたくない」
 うわ、と奇声をあげそうになったのを何とかこらえた。おちつけ。なにもおかしなことはいっていない。自分だって他人よりも旧知の間柄の人間に、より見られたくないと思う筈だ………例えばパンツ一丁の姿とか。いやもう慣れたけど。
「そういうこというなよ。ツナなら安全だしな。いや着けるときはちゃんとオレも同席するつもりだし。な?」
「ひょあっ? はあ、その………ええ!!」
 最後の一音はどうやら自分に向けられたものだったらしい。自然にもう一人の視線も自分に向けられて、綱吉は思わず奇声をあげた。大体安全って何だ。そりゃもう慣れたとはいえ、問答無用で草食動物扱いをされて、嬉しいかと問われればそうではないのだ。だが実際問題として、猫耳をつけた風紀委員長と応接室に二人きり、なぞ断じて対応しきれない状況であろうと思われるので、とにかく必死で頭を上下に振った。
「かっこ悪いだろ」
「そんなことねぇって。すげぇじゃん、発想がめちゃくちゃピースフルだぜ? 猫耳つけてわかりあおうとかさぁ、普通思いつかねぇよ。日本の企業ってすげぇよなあ」
 神妙な顔をして、そういえば企業家としての顔も持つらしいマフィアのボスは頷いてみせた。いえ嬉しくないし! と突っ込みたいところなのだが、自分の知る限りこの世界で最もピースフルではない筈の人が、何とも面映ゆそうな表情を浮かべて、唇をむずむずさせている。ひょっとして嬉しいんですか。
「じゃあ着けるけど………笑ったら咬み殺すよ」
「笑うわけねぇだろ」
「笑いませんって!!」
 え、着けちゃうんだと思いつつ取りあえず必死で頭を上下に振り続ける。あまり頑丈な強度は持たないらしい我が脳が何らかの被害を被ったというのなら、この馬鹿師弟の責任で間違いない。
「つけたよ」
「おお」
「はい………って、う、わ」
 実況中継される方がよほど居たたまれないとか、そんなこと知りもしないんだろう。そんなことを考えながら相槌を打って、そして、固まった。他にどうしようがある?
「似合いますねー………」
「君、死にたいの?」
「や、恭弥! 恭弥!! 落ち着けって!!」
「落ち着いてる。また馬鹿なことをいう前に、一発で終わらしてあげるよ」
「それが駄目っつってんだろー? ツナは正直なだけ………………って!! いってぇ!!!」
「死になよ」
 トンファーを構え地を這うような声をだした人は、どうやら怒っているらしい。どういう仕組みやらさっぱりわからないが、脳波を読み取って動くのだというその黒い耳はぴんと尖っている。ああだがそれなのに、なんということだろう。とんでもなく似合う。取りあえず違和感がない。艶のある黒髪と、これまたつるつるしている多分ナイロン製の猫耳の素材の色が近いこともあるのだろうか。なんかもう、本当に生えているようだ。
「怒んなって。恭弥ってほんとそういうの似合うよなー。ほらこの前の○ッキーのもさ………」
「ばか。変なこといわないで」
 くたり、と耳が寝て、これはもしや恥ずかしいのだろうか。綱吉は思わず感動しそうになった。日本の技術は優秀である………っていやまて○ッキー? ○ッキーっていったか?
「なんだよ。だってすっげーかわいかったんだから仕方ねーだろ。いや正直そっちのほうが似合うけど」
 ああうん、鼠っていうより猫っぽいですもんねヒバリさん………ってそうじゃない。やっぱり○ッキーってあれか、あの鼠的なキャラクターのことだろうか。いや早まるななんかほらミッキー・ロークとかそんな。どちらかといえば晴の守護者の方が似合いそう、というかどういう格好をすればコスプレにとして通用するのかよくわからないのだが。
「変な人。あんなの、似合ってた筈ないだろ。馬鹿みたい」
「そんなことねぇよ? あれもかわいかった。ほら○ッキーは僕ら皆のヒーロー? だからな。恭弥が似合うのは仕方ねえだろ? あーでもかわいいなー」
 歌詞が間違ってますよ、と突っ込みたいのを必死で飲み込んだ。いやまだ決まったわけではない。かの俳優だってなんかヒーローっぽかった気がする。そういえば。
「そんなものになった覚えはないんだけど」
「え? 恭弥は並盛のヒーローじゃねぇの?」
「違う」
 あ、違うんだー。だがかの耳はふるふると揺れていて、思わず綱吉は溜息をついた。これはきっとおそらく嬉しいらしい。
「そっか? でもさ、オレは例えばへこんでたり、ピンチの時とかさ、おまえのこと考えるとすっげー力が湧いてくるんだよ。こんなことじゃぜってー負けねーぞ、ってな。それは恭弥がオレのヒーローだからだろ」
 その論法はどっか違ってるんじゃないかなあ、と綱吉は思った。想い浮かべるだけで力が湧いてくる人は綱吉にもいる。だが彼女は、ヒーロー、というイメージからはどうにも懸離れた人だ。どうにも突っ込みたく、だが必死でこらえた。ことわざには、藪をつついて亀をだすなとかいう。それとも寝た雲雀を起こすな。含蓄深い言葉である。
「って、ラ、ランドとか行かれたんですか?!」
 と思っていたのに思わず突っ込む。何だいたの、という顔を雲雀はした。猫耳は特に動くことはなく上を向いたままで、だが流石にオレもヒバリさんのことがわかるようになったなあ、などと喜ぶ筈もない。ここ最近の非日常的な状況があるにしろ、クラス内での自分の立ち位置は変わらず「ダメツナ」であるので、このような人の反応には慣れているのだ。というかその反応を示した人に額を突き合わせていた人が、飛び上がるように驚いてこちらを見たため、なんか怒るに怒れない。失礼の度合いでは同じ、というよりはかなり上な気もするのだが。今、オレのことさっぱり忘れてましたよね、ディーノさん?
「お、おお。先週だったかな、な? 恭弥」
「うん」
「へ、へえー………いいですねえ」
 猫は如何にもうるさそうにそっぽを向いて、綱吉は思わず気を使った。というか、やっぱりそうか。例の黒い丸を二つつけた、猫ではなく鼠のカチューシャは、毎日かのランドで、それともシーで、何千個と売られているのだろうけれども、そのゲートを出た別の場所でそれを着用している人間にいまだかつてお目にかかったことはない。実際あそこに行ったことはまだないので、想像するしかないわけだが、世界の七不思議………というわけではなく、押入れの奥深くにしまいこまれているか、それとも遺憾ではあるが処分されているのだろう。自治体の定めた分類で。いつか念願かなってヒーロー、というわけではない女の子とランドに行くことができたとしたら、きっとぜったいあのカチューシャを買って、そして後生大事に一生の宝物にするだろうけれど、だからって一人であれをつけてみたりするかと問われれば答えはNOだ。TPOをわきまている人間ならあの場所以外で例の猫………じゃない鼠の耳に似たカチューシャを着用する筈がないであろう。どんな罰ゲームだ。
「ああ楽しかったぜ! な、恭弥」
「………悪くなかったね」
 つまならそうに、雲雀は横を向いて、だがそれで誤魔化される筈もない。猫耳は上を向いたままで特に動きはないけれども随分楽しそうだ。てかこれずっとこのままなつもりはないですよね、ディーノさん? 思わず心中で問いかけた相手は耳を引っ張ったりつついたりたいそう楽しそうで、とてもはずさせる気はなさそうだけれども。
「あ、今度ツナもいくか? ○ッキーと握手できるぜ、握手!!」
「あなた、何のつもりなの」
 フーッと逆立った全身の毛が見えた気がした。勿論錯覚だ。
「ん? おまえも行くか? 日本っておもしろいとこ多いよなあ」
「誰が」
 行きたくて怒っている筈もないくらい一目瞭然だ。雲雀恭弥が群れる筈もない。いやだがそれをいえば、あのランドのような四六時中人が多い筈の場所に出入りすること自体不可思議である。
「なんだよ。恭弥、ああいうとこ好きだろ。○ッキーがいっぱいいる」
「ああああああああああああ!」
 ○ッキーはいっぱいいない、ってことになっている、と突っ込む前に綱吉は奇声をあげた。生存に由来する本能である。
「ど、どした。ツナ」
「いえなんでも」
「そか? ならいいけ」
「あなたあんなところに誰でも彼でもと一緒に行くつもりなの」
 ふらり、と雲雀が立ち上がった。ああ美形は怒ると迫力があるなあと綱吉はぼんやりと思った。猫耳をつけてるのに。いや猫耳がまるで鬼の角のようで余計に怖い。今にもあなたを殺して僕も死ぬとかいいそうな………いやそんなことはいわないなあなたを咬み殺してキャバッローネを壊滅させるよっていいそうな顔だ。
「へ? いやだって何回行ったって楽しいだろ? 乗れてないのもあるし」
 そういう話はしていないだろう。だがマフィアのボスは能天気な顔で、これはさっぱりわかっていない。だが綱吉にはわかった。猫耳のせいではない。超直感のせいでもないだろう。自分だけがわかったのは、生まれの違いか、育ちの違いか、それとも年齢のせいもあるのだろうか? いつか彼の歳になったら、こんなこともわからなくなるのだろうか………とてもそうとは思えない。明々白々。だってあそこだ。ランドだ。いつかあの子と二人で行ってみたいと、常々思い描いている場所だ。中学生男子の常として思い描くあれこれの妄想よりも、ずっとリアルでかつリアルじゃない。魔法でも使わなきゃ叶えられそうもない気がする夢だ。あそこはそういう場所だ。二人で行くとしたらそういうことだし、あり得ないことだが殆ど言葉を交わしたこともない女子にでも、決定的な言葉もなく、ただあそこに二人で遊びに行こうとでもいわれたとしても………いやまずないことは自分でもわかってるけれどもそういう僥倖があったとして、自分はそれを告白と受け止めるだろう。そうでない理由があるだろうか?
「………風紀が乱れるよ」
「いや乱れねーだろ、夢の国だぜー?」
「乱れる」
 頑是ない子どものように繰り返す声音に胸を突かれた。守りたいと思った………のはこの町で最も恐れられている人でなく、自分の中の常識だったのかもしれない。テレビやその他の情報から、世の中にいわゆる「風紀の乱れた」暮らしをする人々がいることは勿論知っている。それは結構。だがそういう人たちは夢の国には出入りしないのだと思っていた。もっと浮ついた大人っぽい場所に行く。そういった隔離政策なくしてどうして夢の国としての独立性を保持できよう? いつか奇跡がおこって………それとも死ぬ気弾を十発くらい打ちこまれるだとかして勇気を振りしぼってあの子をデートに誘ったとして、その覚悟と期待にふさわしい場所がこの日本に他にあるだろうか?
「なんだよ。重く考えることねーって。なんも難しいこっちゃねぇ。ボンゴレの皆で行ってな、交流を深めるんだ。恭弥。きっと楽し」
「僕は行きませんよ」
 殴ってやればいいのに、と思いながら綱吉はいった。だが多少はこのささくれた感情をぶつけることに罪悪感を感じないでもない。兄弟子はしばらく前の自分の相談を未だ重く受け止めてくれているのだろう。しかしそうはいっても苛立たしさを感じもする。何で気づかない? あそこまで惚気ておいて。だいたいコスプレさせておいて自覚がありませんなんてそっちだって許せない話で。
「………………ツナ?」
「風紀が乱れます。ディーノさんは今後一切ランドもシーもそれ以外の遊園地もプールも海もスケートリンクも映画館もヒバリさんとか、それか一人ででないと行っちゃ駄目です。いいですね?」
「ツナ?」
 驚愕をそのまま映し取ったような声で問いかけられる。何を今さら。我ながら冷え切った声で、問いかけを遮った
「反論は受け付けません。それじゃ俺はこれで
「………草食動物」
「はい?」
「礼はいわないよ」
 思わず振り返ると、並盛の風紀は穏やかといってもいいような表情でこちらを見ていた。何か吹っ切れたような。そして、いつだったか見たことがあるような瞳の色をしていた。頼りにしていた耳は、まるでただのカチューシャのようにぴくりともせず、それだけでは何も彼の内心は窺えない。いつ見たのだろう? 戦いの前、それともただ単に戦いの前だろうか。思い返せば大体この風紀委員長と顔を合わせるときは、危なっかしい状況にある。いやだが違う………思わず首を振って、だが綱吉はすぐに気づいた。多分いつも自分はこんな顔をしている。ハイパーだとかなんだとかいっている時はだ。それとも彼の灯す炎がこんな色をしているのだろうか。理論的には全く違う色をしている筈なのに、わかった。自分は既に知っていて、でもあの子相手にはとても湧いてこないそれを彼は使おうとしている。どうして止められるだろう?
「はい、当然です。それじゃ」
「………なんだ、あいつ?」
「ねぇ、ディーノ」
 ドアを閉める直前、不審げな兄弟子の声が聞こえてきたけれども続きを確かめようとは思わなかった。結末はわかりきっている。猫耳という最強装備であることはさておいても、勝ちの見えた戦だ。難をいえば、このように味方をすれば、我がファミリーをかどわかしただのなんだのと非難することはとてもできない、という点だろうか。だがそれも、我が家庭教師ならどんな裏道だって思いつくに違いない。綱吉は自宅へと向かった。











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