ヒバえもん 2 (スマイル0円)


「恭弥、腹減ってねぇか?」
 子守ロボットとしてあなたの戦闘力を鍛えるのは当然だよ、とかいいだす我が恋人と手合わせをして数時間。荒い息をしているかわいい子にオレはそう尋ねた。ちなみに今のところオレの全勝なわけだが、これは、子どもに自信をつけさせようとか、そんな教育方針だったりするのだろうか。滅茶苦茶悔しそうな顔をしているけど。
 まあそうはいっても、彼の戦闘スタイル、咄嗟の反応や攻撃力の強さは並外れたものがあり、肝を冷やすのも度々だった。つまり、ほぼ毎昼下がり、彼の誘いに乗って武器を交わす時間でオレが学ぶものも決して少なくないのだ。そういう意味で、オレたちはお互いの師であり生徒だった。
「いらない」
「そういうなって。水だけじゃなくて、なんか食え。体調管理も大事だぞ」
「僕の台詞だよ」
 いやオレは結構食ってるし。一応我が子守ロボットはロボットであるらしいのだが、みたところ普通の食事でエネルギーを得ている。
「おまえ、甘いの好きだろ。今日は特別なの用意したんだぜ」
「なに」
「ふふふー、ひ、み、つ」
 ムカつく、我が子守ロボットは間違いなくそんな表情を浮かべた。だがちょっともったいぶりたいこちらの気持ちも汲んで欲しい。情報源は数百年前の研究室の極秘書類。遺憾なことに今の時代には伝わっていない技術と思想を基に製作されたロボットの研究記録だ。タイムトラベル、しかも予定とは違う時間へ来てしまったらしい我が恋人。のちのちの故障や危険への対応としてできるだけ情報を得たいと思うのはごく当然の心理だろう。だが資料の多くは、助力を願った科学者たちにとっても、理解不能だった。どうすればいいのだろう。オレはキャバッローネに伝わるボスの日記や記録、手紙、そんなものを必死で漁り、調べた。多くは意味不明、いや、これは自分にも深く諭したいところなのだが、癖字がすぎて解読不能だった。多少は読み解けたところも、オレの子守ロボットは今日もかわいいとか妖精のようだとかあの手錠でどうこうしてみたいだとかそんなつれづれの心情の吐露で占められていて、まったく心底呆れ返ったものだ。なんといっても我がファミリーの祖であり、幼い頃から何かと引き合いに出されて見習って立派なボスになれだとか何とか説教されたこともしばしば。どんな時も冷静で豪胆な人であったと聞かされてきて、幼いながらに憧れてもいたのである。まさかこんな中学生みたいな日記をあとに残すような人だとは夢にも思わなかった。
「どうしたの変な顔して」
「ん? いやなんでもねぇ。恭弥は天使みてぇだなと思ってな!」
「………馬鹿じゃないの」
 呆れ返った目で我が子守ロボットにみつめかえされて慌てる。ちょっとあれだっただろうか。いや、妖精だとかいいだす、先祖とは違う。なんといっても天使は我が教区の司祭もいうように、実在するものである。それにこの美しく純粋な存在が天使以外のなんだというのだろう。
「そういうなって。じゃあ特別に教えてやろう! ドラ焼き!!」
「………なにそれ」
「え?」
 雇った科学者たちが、先日ついにわかったと教えてくれた情報がこれなのだ。アラウディタイプの子守ロボットの特徴として、好物の一つとしてドラ焼きがあげられる、と。
 異国の食べ物であり、オレは教えられるまで食べたこともなかった。空輸可能な店から取り寄せて、試しにいくつか食べてみたのだがなかなかおいしかった。だが数百年前の時代であれば、なおさら手軽に手に入るものではなかっただろう。好きなものも食べたことがなかったなんてかわいそうにと、オレは同情した。
「ふわふわの生地二枚でな、餡子を挟んだものなんだ。うまいぞ」
「興味ない。おなかへってないし」
「そういうなよ。なんか腹に入れたほうがいいって。あ、トッピングもいろいろあるんだぞ」
「トッピング?」
「そう。餅とか栗とかな。中に入ってるんだ。やっぱこういうのは作り立てが一番だろうと思ってな。うちのシェフに日本から取り寄せたのを渡して研究させたから。要望があるなら、どんなトッピングでも大丈夫だぞ」
「ハンバーグ」
「………へ?」
「だからトッピング。ハンバーグがいい」
「………」
 どうしよう。試したことはないが明らかにあわない。異色の取り合わせである。ひょっとしてとんでもない悪食だったりするのだろうか、とオレは恋人をまじまじとみつめた。
「トマトとレタスも。で、餡子抜いて」
「………………いやそれ」
「アボカドもトッピングしてくれても構わないよ?」
 それはどう考えても別の食べ物だろう。まあ多分うちの厨房ですぐに作成可能だ。上下の生地も、なんかパンに変えてもらったほうがいいだろう。どう考えてもよくわかってないし。
「つうかそれ、普通はハンバーガーっていうんだぞ」
「いわないよ。ドラ焼きのハンバーグとトマトとレタスとアボカドと目玉焼きトッピング。餡子抜きで」
 増えてる。
「付け合せにポテトはいかがっすかー」
「いる」
「トッピングにあとピクルスはどうだ? 胡瓜のやつ」
「………それはいらない」
 むっつりとそっぽをむく。かわいいなおい。まだまだお子ちゃまな我が子守ロボットに向けてオレは無償の微笑を浮かべた。














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