ヒバえもん


 イタリアにおけるキャバッローネボスの部屋に押入れはない。居候の身であるからして、適当に隅の方でで寝れば構わないと思うのだけれども、嫌に広々とした彼の部屋にはそんな落ち着くようなスペースはなかった。ちなみにウォーキングクローゼットは既に限界まで服が詰め込まれている状況なので、寝るのに不向きなのだ。
 そんなわけで雲雀はいつものように、馬鹿みたいに大きい天蓋付きベッドに潜り込んだ。初代の頃から、木材の枠部分は変わっていない。彼も自分の子守ロボットといっしょに寝ていたから、多分間違ってはいないのだろう。もぞもぞと枕に頭を埋めようとしていると、寝台に腰掛けていた男が盛大に溜め息をついた。
「なに、どうしたの。いじめられた?」
「いじめられてねぇよ」
「そう?」
 目を閉じれば三秒で眠れる機能が搭載されているのでこうしていても大層眠い。だが雲雀はなんとか体を起こした。こんなへなちょこ、自分が助けてやらねば仕方がない。
「僕に任せておきなよ」
 平坦な声で、組み込まれているプログラミングにしたがって歌を歌った。ぱらぱっぱっぱぱー。
「トンファー」
「いやおまえひみつ道具とかいってそればっかじゃねぇか。それしかでてこねぇじゃねぇか」
「たいていのことはこれで解決可能だよ」
「可能じゃねーよ。よしんば可能だったとしてもそれで解決すんなよ………」
 生意気なことをいう。だがいまだディーノがしょぼくれたままなので雲雀は慌てた。いつもはなんだかんだいってもすぐに笑顔になる人なのだ。どうすればいいのだろう。
「なに、何が欲しいの。いってごらんよ」
 肉弾戦の方が好きなので、いつも四次元制服の袖から出す道具は決まってトンファーだったけれども、ほかにも提供することは可能だ。匣とか。
「………恭弥」
「なに」
「恭弥が欲しい」
 真剣な目がこちらを見ていて、自然喉がなった。どんなに勧めても、へなちょこのくせに自分の道具を積極的に欲しがったりしない人なのだ。それが欲しいという。
「何を今更。僕はあなたの子守ロボットだよ」
 自分をこの時代に送り込んだ人は、別の人間、別の時代の人間の世話をさせたがっていたのだ。わかっているけれども、もう、彼以外の面倒を見るつもりはなかった。
「そういう意味じゃなくて。だから、オレは恭弥が欲しいんだ。ずっと、会ったときから。おまえが執務室の引き出しから顔を出してきたときからだ。恋人として」
「………………ああ」
 なるほど。
 理解した。それならそうとはやくいえという話だ。雲雀はパジャマのボタンを外した。ぎゃ、とマフィアのボスが真っ赤になって声をあげる。だから何を今更。
「おまえなにやってんだよ!」
「僕が欲しいんじゃなかったの」
「いやいやいやだからオレがいいたいのは精神的な」
「セックス。したくないの」
「したいですすみません!! てかおまえ子守ロボットだろ! そんなことできんのかよ」
 精神的なことしか考えてない男がベッドに座って頭を抱えているだろうか。だが言質は取れたのでひとまず満足する。トンファーだろうとなんだろうと欲しいなら欲しいと素直にいえばいいのだ。そこらへんの教育がこれからの課題であろう。
「何いってるの。この時代だってそうだろ。携帯然りパソコン然り。普通必要かなと思うような機能まで搭載されてる」
「えええー………………てかおまえそれ」
「うん?」
「その機能使ったことあんのかよ」
「………僕はあなたの子守ロボットだっていっただろ。他の面倒を見たことはないよ」
「そうか。そか、嬉しいぜ。………嫌でも子守かあ?」
 てれたように、子どもっぽい顔でディーノは笑った。まったく他のロボットにこんなへなちょこの面倒が見れると思っているなら大きな自惚れである。
「あたりまえだろ。一人前の大人の男に育てるのも役目のうちだよ」
「ワオ。いやでもなあ、オレがいくつだと思ってんだよ。さすがに子どもじゃねぇよ」
「精神的な問題だよ。一定の年齢になれば誰でも大人だなんて物でもないだろ」
「そりゃそうかもしれねーけどさー………てかどうやって大人になったって判断すんだ」
「さあ、なんとなくわかるんじゃない」
「え、それってほら誰が判定するとか」
「僕が決めるよ」
 何を当然なことを聞くのだろう。ディーノに関する責任は全て自分にある。そんなこともわからないなど本当に子どもで、自分がちゃんと面倒を見てやるしかない。
「その、おまえをここに送り込んだ初代もさ、子守ロボットを持ってたんだよな?」
「うん、アラウディロボットだよ。オリジナルの。僕も色が変わってなかったら、もっと彼に似てたはずだね」
「恭弥はそのままで充分かわいいぜ」
「耳もついてた」
「うん、それは………いやそれでもかわいいぜ、かわいい。いやその聞きたいのはな、その、初代はいくつだったんだ? つまりおまえが出会った時点でって話だけど」
「ん? たしか32」
「………32? いやだってそれって」
「あんな凶暴なロボットを連れてるなんて気が知れないね。一度会っただけだけど、手錠で彼をぐるぐる巻きにしたんだよ。しばらく泊めてくれるって彼はいったのに、とんでもなく怒って」
「………へえ」
「僕だってあれくらい戦えるのに」
 思い出すだけで怒りが湧く。勿論今はこの状況に満足してはいるが、しばらくねぐらを提供してもらって勤務先を探す心積もりだったのだ。まったくあのロボットは何様のつもりだ。不当な扱いだと思う。間に加わることも許されなかった戦いのあと、引っかき傷だらけになったキャバッローネのボスは、雲雀を過去の時代に送りたいので、考えてみてくれといった。
「32にもなって子どもだったのか?」
 困ったようにディーノがいう。なんといってもファミリーを立ち上げた先祖だ。様々な逸話も伝わっているらしく尊敬していることは知っている。そのイメージを壊すのは忍びなく、また、多少へなちょこな部分はあったとはいえ、優しくおおらかで、そして自分に生きる場所を与えてくれた人だ。だが子供か子どもでないかといえば子どもだったのだろう。少なくともあの虫の好かない子守ロボットはそう判断していた。
「大丈夫。あなたのほうがましだよ」
「え?」
「あなたの方がしっかりしてる。マフィアのボスとしての才能があるんじゃないかな。彼なんて、アラウディがいないとオレは息もできねぇとか何度もいってたよ。子どもっぽいにも程があるよね」
「………へー、そうか、そうなんだ………」
「ね、しないの」
「え!! いやする、するぜ!!」
 真っ赤になってマフィアのボスは反発した。まったく欲しいなら欲しいと。こんなへなちょこが充分な大人になる日など十年二十年、いやそれよりももっと先に決まっている。それはなかなか面白い話に思えたので、雲雀は笑みを浮かべた。













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