Happy Halloween


「………やられた!!」
 部屋に入るなりディーノは呻き声をあげた。作戦は失敗である。
 無情にも山のように積み上げられた仕事。日本に来る前に厄介な案件はほぼ片付けてきたつもりだったのだが、書類というのは一枚見つかれば、他に百枚はあるものなのだ。なんとか死ぬ気で片をつけ日が変わる前にいつもの宿泊先であるホテルの一室に辿りつくことに成功したのだが、逢いたくて仕方なかった当の子猫は、革張りのソファの上で丸くなって寝ている。
 そして丸くなっているのは腹もまた同じであろう。ちいさくなってる姿勢のせいではっきりとは窺い知れないが、ローテーブルの上には所狭しとお菓子の箱が散乱している。よくもまあ、これだけ集めたなという量だ。キャンディにチョコレート、クッキー。ロールケーキに和菓子まであった。流石に全部食べきっているわけではないようだが、ちょこちょこと摘むだけでも十分腹いっぱいになったことだろう。
「無駄になっちまったな………」
 部下の気づかいには感謝している。日本にいたって仕事はあるし、いくらそうしたくたってかわいい弟子の世話を四六時中やいてやるわけにはいかない。腹が減っているようだったら食事を取らせるだろうし、今日は菓子も沢山食わせてやろうとそう考えてくれたのも充分理解できる。我が部下たちは、ボスの恋人としてなのか単に子どもとしてなのか今一微妙だが、雲雀をずいぶんかわいがっているのだ。大人しくかわいがられる人ではないので表に出ないだけで。
 だからこれは、先に話しておかなかったディーノのミスである。だが恥ずかしくて、どうにも内緒にしておきたかったのだ。息せき切って走り込んできたディーノの手には二つの袋が下げられている。地元の町で購入したチョコレートの箱と、そして服。偉大なる、熱帯の森を意味する名を掲げた通販サイトで先日購入したものである。
 計画はシンプルかつ完璧だった。菓子を食わせてやるからこれを着てください、と懇願するつもりだったのだ。雲雀は行事に疎く、しかも妙に素直なところがあるうえあれで結構甘い物好きだ。五十%は成功するだろうと見ていたのだが、これですべてパーである。ああとてもとてもかわいらしい魔法使いの衣装であったのに!
「…………ん」
「あ! おはよう! きょうや」
「………………おはよ」
 ふわあ、と大きく欠伸をするさまは、明らかに腹がいっぱいの猫である。だがディーノは諦めの悪いたちだ。取り敢えずいうだけはいってみよう、と口を開いた。
「きょうやー、trick or treat!」
「………とっぷあすりー、と?」
 だめだこりゃ。
「なんだよ寝ボケてんだろー。ぜんぜんあってねぇぞ」
「謙遜しなくていいよ」
「してねぇし!」
「………………とっぷあすりーと………」
「お、おい大丈夫か、恭弥」
 ぐーらぐら揺れる頭のまま雲雀は寝室に向かう。そりゃここまで寝たいなら邪魔をするつもりはないが、それにしたって転びでもしないか不安だ。あとを追いかけようかとディーノは立ち上がったが、すぐにいくつもの袋を携えてかわいい子どもは戻ってきた。
「どれがいい?」
「なんだよ、まだ食う気か? そのへんにしとかないと腹こわすぞー」
「ちがう………ふく」
「服?」
「あなたのぶかが…持ってきた。お菓子をあげるからボスの前で着てくれって。そういう行事なんだろ?」
「………」
 恥ずかしい。何が恥ずかしいって全部ばれていたらしいのが恥ずかしい。だいたいそうだ、まだあんなに未決済の仕事が残っていたこと時点で不自然だったのだ。まったく部下もあれだ、こんな子どもに間違った知識を植え込むなんて、許されないことに決まっているではないか。
「あのな、恭弥それはな」
「どれにする?」
「へ?」
「取引だからね。一枚くらいは着てあげるよ」
 だんだん目が覚めてきたらしい。がそがそと袋を探って如何にも適当に雲雀は一着取りだした。その白い、明らかにこの日の行事とは関係ない一般的に看護師が着用するであろう衣装を目にした途端、ディーノの僅かながらの良心は雲散霧消した。
「それ………」
「これは確か髭の人が持ってきた奴だよ。あと………これはなんだろ、うさぎ?」
「ぜんぶおねがいします!」
「………全部?」
 部下の真心をむげにはできない。せっかく用意したのだから着てやらなくては服がかわいそうではないか。
「面倒なんだけど。我儘だね」
「………悪い大人だからな」
 なかば自嘲しながら答えると素直な弟子はうんうんと頷いた。
「悪人のほうがひどい目にあうってことだね。なまはげみたいなものか」
 ぜんぜんひどい目じゃない。先日買い換えたばかりの、衛星電話かつ超高画質なカメラ機能を搭載した携帯に心の底から感謝しつつ、ディーノは熱心に相槌を打った。






















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