どうしてこうなった。
 真夜中にふとそんな疑問に立ち至った。白の、小花柄を配した壁紙。肌に触れた感触は限りなく使い慣れたものと近く、だが床照明のおぼろげな光でも間違えようがない程明らかに違った色に染め上げられている絹のシーツ。ここは日本の、並盛に於ける最も上質なホテル。その最上階の一室である。
「恭弥ぁ。おまえ、何してんの」
「………………寝てる」
「えー?」
「あなたうるさい。大人しくしてなよ」
 ぺちん、と音をたててかわいい手がオレの口を塞いだ。舐めたらどんな顔をするのだろう。いやだめだ。冗談にならない。
「って、恭弥!」
「うるさい」
 そのまま喉元にかじりついてきた弟子にオレはたいそう慌てた。湿った呼吸が首筋のあたりで感じ取れて、とても平静ではいられない。だがそんな時は、「君主論」でも頭から暗誦するに限るその昔から今に至るまで民衆の治めてきた何たらとかかんたらのそのすべてはなんとかだかかんとかだかのいずれかであるだとかなんかそんな。信仰深い家庭の子どもが主の祈りを覚えるのと同じように、並盛で生まれた子どもが並盛中学の校歌を覚えるのと同じように、オレはマフィアの家に生まれた子どもだったので………なのか、のになのかよくわからないけど、まあそんなこんなでごく自然に頭に叩き込まれていた筈で、でも今は全く思いだせない。数行唱えただけで安らかに眠られる魅惑の呪文だったのに。
「いや恭弥あのな」
「うるさい」
「いやそういうなって、あのな、その、今日はあっちのベッドで寝る気なんて、ない?」
「ない」
「ちょっとは考えろよ。ほら広いぞーふかふかだぞ」
「馬鹿じゃないの。あなた僕を不眠症にしてどうするつもりなの。咬み殺すよ」
 尖った視線を向けてくるこの子どもが本当に眠る気があるのかどうか。だが油断するなかれ。こんなむすっとした顔をしたまま、次の瞬間には寝入っていたりするのだ。
「そうじゃないぞ。前もいったろ。おまえの勘違いだって。恭弥、おまえ、上のシーツをマットレスから外さないで寝ようとしたんだろ。だから寝苦しいんだ」
 普段はどうやら布団で就寝しているらしい子どものことなので知らなくても不思議ではないが、ホテル等ではベッドメイキングの際、シーツを二枚使うのが一般的である。欧米ではライフスタイルから、それとも性的な理由から裸で寝る人間が多いので、衛生的な観点から、マットレス側だけでなく掛け布団側にももう一枚シーツを使う。そして寝る際は、綺麗に形を整えてある二枚目のシーツの端をマットレスの下から引き抜くのだ。そうでなければ寝返りすらまともにうてないし、狭苦しくて仕方がないだろう。明らかに安眠を阻害する状況となる。だが殆ど並盛を離れること自体なく、どこぞに泊まるにしても旅館を利用してきたらしい子どもは、あの一回でホテルのベッドは寝苦しいもの、と思いこんでしまったらしいのだ。
「あなたそんなことをいって、僕を寝かさないつもりなんだろ」
「え、うん………っていやそんなことないぜ!!」
 危なかった今夜は寝かさないぜとかいったら次の瞬間には噛み殺されていただろう。だいたいそんなこと、いくらいいたくたっていえやしない。
 それに恭弥がいっているのはそういう意味じゃない。あたりまえだ。どうにも汚れた大人は、「寝る」って単語に別な意味を付随させたがってしまう。イタリア語でもそうであるし、どうやら日本語でもそうである。たぶんこれは、世界共通の認識なのかもしれない。人類が猿であった頃はきっと、朝であろうと夜であろうと、森の中でも草原の上でも、発情期になった時点で双方の合意があれば遂行していたであろう行為が、何故文明を持った途端に万国共通で寝室の暗闇の中に追いやられたのか。どう考えてもNASAかフリーメイソンかヴィンディチェの陰謀である。許されることではない。
「本当かな」
「本当だって、きょうやいいこ、ねちまえねちまえ」
 耳元で繰り返してやるとくたりと力が抜けたのがわかる。ああきっと、ぎりぎりの選択として、寝ている方が幾分かましだ。寝顔はいつもよりかなりずっと幼く見えて、変な考えなんて、ほとんどまったくごく僅かしか頭に浮かびはしない。安全である。
 ああ、何度でも考えてしまう。まったく何でこんなことになってしまったのか。だが結局のところ答えは出ている。オレのせいだ。
 オレのベッドで一緒に寝ようと、そうあの日最初に提案したのはオレだ。いや今思い返すとあの時はそれが最善の策だと頭から思いこんでいたのだけれど、だがそうはいっても他にも方法はあった筈だ。歌を歌ってやるとか、いやきっとそれは却下されたろうなって今でも思うけど歌を歌ってやるとか、それか軽い睡眠薬でも与えてみるとか。いやそれ以前に、上のシーツを外していないことに気づいてやればそれでよかった。だが結果として恭弥はその案を受け入れて、そしてその夜はなかなかの睡眠が得られたらしく、その後オレが日本に滞在している日はいつも、オレが宿泊するホテルのオレが就寝するベッドで眠ることが彼の中で決定したようだった。ただ単にオレはきちんとベッドメイキングを解いていたから、ベッドの中でも狭苦しくなかっただけ、なのだけど。男二人で並んで寝るのだから、むしろきちんとベッドを使えば一人で寝た方が余程安眠できる筈である
 
中学生がそれでいいのかとも思うが、どう提案しても、僕は好きな時に好きな場所で寝るよと、なんともまあ自由極まりない答えが返ってきた。正直年齢云々の話は、それなりに歳のいった女性の中には同じモットーを掲げている方々も少なくないわけで、しょうがないなあと思いつつも特に違和感は感じていなかったのだけれども、これは羨ましい。恥ずかしい話だがマフィアのボスともなればそれなりに多忙で、そしてなんだかんだと、削られる時間は睡眠時間しかないのである。ああ好きな時に好きな場所で寝るだとか。ホームレスの方々か雲雀恭弥でもなければかっこよくいえないような台詞である。
「ん、んー」
「うっお」
 失礼な思考が読めたわけでもなかろうが、恭弥は眉をしかめて頭を振って、オレは思わず身体を強張らせた。だがすぐにまたその寝顔は穏やかなものに変わった。まったく今の状況も知らないで暢気なものである。だが、恭弥には非はない。実際一緒に寝るようになったときには、オレだって多少当惑したものの、懐かない野良猫がようやく懐いた、そんな気持ちだったのだ。
 嬉しかった。そして、不眠症なのだろうかと心配してあれこれ調べたりもしたのだけれど、話を聞くところによると家や応接室や屋上ではきちんと寝られているようだったし、ホテルのきちんとメイキングされたベッドでは寝つけないだけだということは予想がついた………のに、ここ最近までその推論を話してやらなかったのは、ただ単にこのやっと懐いた子猫を手放したくなかったからなのだ。かわいい。本当にかわいい。そしてそのかわいいという気持ちが恋に育つまでは殆ど時間はかからなかった。そして好きだと気づいた瞬間からオレは、とてもとても平常心では、彼と一緒に眠ることなど出来なくなったと、そういうわけだ。
「きょうや。きょーやぁ。風邪ひくぞ」
「うう」
「え、いやおま」
 ごろり、と恭弥は寝返りを打って、いやそれ自体は悪くない。脇腹のあたりに確かにあった温もりが消えたのを寂しいだとかそんなことちっとも思ってない。だけど子どもらしい奔放な寝相のかわいい弟子は思いきり白いバスローブを肌蹴させてしまっていてああドキがむらむらする………じゃねぇ、ムネムネする。
 だいたいあれだほらそれだ。こういうのは色素沈着だとかそういうあれで、遊んでいるからどうこうっていうのは都市伝説だっていう都市伝説で、つまり黄色人種で男の子の我が弟子の乳首がこんなぴんくなのはおかしくて、てかこんなぴんくでかわいくてつんとしててむしゃぶりつきたいのはありえないってメンデル先生だってそう論文かなんかで断言してる筈である咬みつきたい。
 いや違う。何を考えているのだ。こんな平たい胸の上の乳首がいくらかわいいからってピンクだからっていちいち反応していたら、そのうち春に桜を見たってくらくら反応するようになりかねない。素数だ、こういうときは素数である。
「………………ディー、ノ?」
「ん? ああ! どした起きたのか?」
「うん、なんかお経みたいのが聞こえて」
「そ、そうか?」
「僕は葉が落ちる音でも目が覚めるから」
「ああ。うん、その、そうだな?」
 いや別にそんな音がオレは聞こえなかったとかの理由で曖昧な返事を返したわけではない。だが我が弟子は如何にも自信満々な様子で、睡眠を妨害した音源を把握しているようなことをいう。教えてやるべきなのだろうか。おまえが聞いたのはオレが寝るためにイタリア語で唱えてみた素数です。咬み殺されるという予感しかない。
「その、ごめんな?」
「なにが」
「そのお経………的なもの、唱えたのオレかもしれねぇ」
「ワオ。そんなのあなたいつの間に覚えて」
「ねぇけどな。それ的なもの口にしたような気がしないでも」
「へぇ、物好きだね」
 ふわぁ、と恭弥は欠伸をして、次の瞬間オレの頭部は水鳥の羽を豪勢に詰め込んだ枕に沈んでいた。そして今まさに、恭弥のかわいくてまんまるい頭部もオレの胸に沈もうとしていて、いやオレの胸には残念なことにそこまでの弾力も柔軟さもないのだけれどもとにかくそうしていて、で、人間二人がかような態勢を取ろうとするとき、頭部だけを接触させて睡眠に移行するという訳には行かなくて、そして恭弥は未だバスローブを肌蹴させたままであるのだ。
「きょ、きょ、きょうや!」
「何。大人しくしてなよ」
 顔を擦りつけながらファムファタルがのたまう。こんなこといわれて、それで大人しくしていたらそれは男ではない。というかこれ以上オレの乳首が開発されてはたまらない。大体開発されるならもっとピンクでかわいくてかわいくてピンクな恭弥の乳首であるべきでああ開発したい。
「恭弥」
「………ぁに。いいから」
 もぞもぞと恭弥が頭を振る度、絹のような髪が肌を擽る。いいから、ってよくはないっていうかよくはないわけではないけどよくないそれは。
「恭弥、いいか話が」
「んー…………………いいから」
 きゅっと瞼を閉じたまま恭弥はいやいやとする。かっと熱があがってそしてまた冷めた。だめだ、このままではだめである。
 正直にいおう。オレはこの睡眠形態を歓迎しているかと問われればそうではない、と答えることだろう。それはオレの理性を厳しく試すものであるからだ。だがその一方で、オレは初めて一緒に恭弥と寝たときの喜びを忘れられずにいた。そう、やっとじゃじゃ馬な弟子に懐かれたという途方もない感悦。それは今この瞬間だってオレを世界で一番幸せな男にしてくれる。だから手放せない。そう、嫌だつらいといいながらも、オレは結局のところ彼の体温を感じてすごす時間を大事に思っていた。だがだめだ。このままではだめだ。オレはいつか恭弥を傷つけてしまう。苦しいながらも何とか飲み込めると思っていた自分の欲望の強大さに気づいて、オレは身震いをした。
「恭弥………起きろ」
「………な、に」
 いつもより低いオレの声に驚いたみたいに恭弥は目を見開いて、オレは罪悪感に押しつぶされそうになった。一緒に寝ようといったり寝るなといったりこれは全部オレの勝手だ。先生として許されることではない。だがこのままにするわけにもまた、いかないのだ。
「隣のベッドにいけ。これからは一人で寝なくちゃだめだ」
「なんで」
 ぷうっと膨れた頬を突きまわしてごめんな酷いこといってって謝りたい。でもオレはその欲求を何とか飲み込んだ。これ以上彼を傷つけることほど酷いことが他にあるだろうか。
「なんででも」
「理由をいいなよ。聞いてあげるから」
 どこまでも偉そうにいう人の目が不安そうに揺れているのを見て、オレは罪悪感のあまり全てを打ち明けそうになった。だがそれはできない。必死に恭弥が納得しそうな理由を考える。
「だからほらそれはあれだ。一緒に寝たら、風紀が乱れるだろ」
「乱れないよ」
 並盛の秩序を自任する人が即答する。ならばと甘えそうになる自分は一度思いきりぶん殴って側溝にでも打ち捨てるべきだ。
「いや乱れる。おまえが知らないだけだ。乱れるんだすごく」
「どんなふうに」
「いやそれはおまえ、聞かねーほうがいい」
「ふうん。何で乱れるの」
 オレが不純なせいです、とは流石に白状できない。オレはなんとかまっとうな理由を探した。
「えーと、ほらあれだ、一般的な良識から逸脱している」
「そんなの」
「そんなの、じゃないだろ風紀委員長。重要なことだ」
「………………まぁ」
「結婚してるとか、つきあってるとかじゃなきゃ一緒のベッドで寝ちゃいけねぇ。風紀が乱れるからな」
「………」
 同性同士だから問題ないだろうとか反論してこないかとはらはらしたが、恭弥はそうは考えなかったようだ。まぁ、普通の同性同士もあまり同じベッドで寝たりはしない。眉を顰めたまま俯いていて、多分これは己の中の風紀との整合性を確かめているに違いない。オレは小さく息を吐いた。いかに雲雀恭弥の雲雀恭弥による雲雀恭弥のための風紀であるとはいえ、とうの雲雀恭弥がこの小さな街の平和と繁栄を心から望んでいる以上、それはそう突飛な内容のものではない筈である。
「つまりそれは、あなたとつきあえば一緒に寝てもいいってことだよね」
「………………………………う、ぁ?」
 違ったらしい。恭弥は真面目な顔をしていて、オレは口から心臓が飛び出そうになった。
「あなたとつきあえば一緒に寝てもいいってことだよね」
「いやいやいやいや何度もいわなくていい! オレの理性がやばい」
「やばいんだ」
「うんすごく………ってそうじゃねぇ、おまえ、あれだ、もっと自分を大切にしなさい」
「そんなのするわけないだろ。僕は僕のものだ」
 自信満々に象も動かなくなるよな毒にも負けず戦う人がいう。ああそうだそんなことは知っている。だからオレはいつもおまえが放っておけないんだと、そんなことをこの場面で打ち明けるのは卑怯なことだろうか。
「いやでもな、それは大事な」
「だったらあなたがその分僕を大事にしたらいいだろ」
「………」
 いかにも、あ、名案思いついちゃった、みたいな感じで恭弥がいう。ぜんぜんわかってない。わかりっこないのだ。こんな醜い感情なぞ。
「きょうや」
「あなた、僕とつきあいたくないの」
「………………いやおまえな」
 なんでそんなまったく疑ってないような目をして。
「いいから、僕と寝なよ」
 ほら、と抱き枕よろしく引き寄せられて、その仕草一つでも彼がわかっていないことは充分に察せられた。だがオレはそれに気づいていてなお、彼に身体を擦りよせ、こめかみにキスを落とした。卑怯者と罵られてもいい。オレはどうしたって彼が欲しいのだ。





明け方に囀り始めた鳥の声がいつもよりずっと騒がしい。
 ああ、鳥といっても半ペット状態で傍に置いている小鳥のことではなく、野生の、種類もわからぬ鳥の話である。気候の違いか、それともこの家の周りを多くの木々が鬱蒼と取り囲んでいるせいか、随分と騒々しい声音で鳴くのだ。それにやたらスプリングのきいたベッドとか派手な内装。そんなものでここがどこかは容易に把握できた。
「………よく寝た」
 欠伸とともに思わず漏らして、だがすぐに気づいた。そんなに「よく」は寝ていない。少なくとも時間的には。渡伊したその日は、いやその日だけじゃないけど彼はしつこくて、眠りについた時にはもう、真面目な吸血鬼なら帰り支度を始めているであろう頃合いだった。だけれども、彼とともに寝たときはいつでも、非常にすっきりとした満足感を持って目覚めることができる。腰はまだ重いし、疲労がすべて回復したとはとてもいいきれないことは、徐々に覚醒を始めた脳が冷静に判断して教えてくれるので、これはきっと多分に精神的な問題なのだろう。
「馬鹿みたいな顔して」
 眠っている男のほっぺたを引っ張ってやりたいという欲求は浮かび上がってきたけれども、僕は何とか飲み下した。聞けば性懲りもなく否定するに違いないが、彼はいつも多忙な人だ。疲れているのかもしれない。
 二度寝という悪徳を楽しむべく、僕はもう一度シーツの中にもぐりこんだ。裸で寝るから二枚使うんだぜと、彼が真面目な顔をして教えてくれたシーツの狭間に。そう、あの時からもう十年近く経つのだ。
「ん………きょや…」
「大人しくしてなよ」
 放っておくと何やらずっと寝言をいいそうな人を窘める。むうむう何やらいっているが、睡眠学習的な意味での効果が期待できないことはこの十年で充分学んでいる。呼吸音、心臓の音、たまに寝言も。彼は寝ている間だって騒がしい人だ。不眠症を抱えて、「葉の落ちる音でも目が覚める」といっていた昔の僕に教えてやりたい。こんな煩い環境でも眠れるようになる日が来るのだと。
 今はあの頃と違い並盛から飛び出して世界中を回っている。毎晩彼と同じベッドで寝る、という訳にはいかないけれども、それでも昔よりはずっと効率よく睡眠がとられるようになった。だがそうはいってもこの、騒がしいベッドで寝る歓びとは比べようもない。
 右の二の腕を枕にしてやって僕は大きく息を吐いた。彼とつきあうようになって、一緒にいてこの枕の使用権を行使しなかった夜は一度もない。程良い弾力と厚みの理想的な枕である。勿論分厚い彼の胸もまた、なかなか寝心地のいい枕ではあるけれど。
「ん……んん」
「ああもういいこだから、大人しくしてなって」
 騒がしい枕の頭をおざなりに撫でてやる。睡眠が浅いのなら、明日に支障が出てしまうかもしれない。
 この枕の所有権を獲得するまでは大変だった。「つきあう」だけじゃなくて「好きあう」ようにならないと一緒に寝ると風紀が乱れるんだとかなんだとか、マフィアのボスの主張が二転三転したからだ。そんなに僕と一緒に寝たくはないのかと随分腹を立てたのを覚えている。
 「好き」という気持ちはいまだによくわからない。きっと一生わかることはないだろう。僕は今まで人を好きになったことはないし、これからもそうだろう。僕は人とは性能が違うから。そういえば随分と強硬に押し出していた主張を枕が取り下げたのは、いつ頃のことだったろうか。
「ん………きょうや」
「ほらいいこ」
 おでこにキスをしてやるとまるでわかっているみたいに枕が薄く微笑んだ。いい歳して、信じられないくらいかわいい人なのである。体温の高い身体に頬を擦りつけると僕は大きく息を吐いた。ああこれが好き、だということならよかったのに。この温もりに感じる満足感とか歓びとか、鼓動を聞く安心感だとか、身体が蕩けていくような感覚とか。葉が落ちる音とかだけじゃなく、周囲の状況全てに気を張って眠っていた頃の自分が知らなかった幸福感だとか。そんなものが睡眠に付随する、ごく当然の疲労を回復しているが故の反応とかじゃなくて、彼を好き、ってことだったらよかったのに。そしたらきっと彼はあの子どもみたいな笑顔を見せて喜んでくれるのになと思いながら、僕は瞼を閉じた。











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