ごくせん(間違ってません)



「そういえば昔あなたのもこんなこといってたよね」
 学園物らしき映画のCM。TVは何となくつけていたというだけで、興味を持ってみているというわけではなかった。だがそれがかかった途端、恭弥はどこぞのうざい長髪の雲の戦士のように鼻で笑った。ワオむかつく。常々思うのだが雲雀恭弥には教師に対する尊敬の念というものが足りない。
「今もかわらねぇよ? おまえはずっとオレの大事な生徒だ」
 だがこのマイルールで生きる弟子に、空気を読めと要求するのが無茶なのだ。だから、わかりきったことでも、オレはちゃんと口に出していってやった。
「え?」
「……いやおまえ、わかっててきいたんじゃないのかよ」
「僕がそんな無駄なことすると思う?」
 きょとん、とした顔が目の前にあって戦慄する。いやおまえまさかそんな。
「だってあなた二日とたたずにキスしてきたじゃない。無理矢理」
「む!? いや違うだろ、八日我慢したぞ八日!」
「ワオ、覚えてるんだ」
「忘れるか……てか問題はそこじゃないだろ。それはアレだ多少アレだったけどな、オレがおまえの先生だって事実は」
「先生はそんなことしないよ」
「しちゃ、いけねぇのはわかってるけどそこは」
「しないよ」
「いやわっかんねぇぞ? この美人の先生だって、じゃじゃ馬な生徒とあんなことそんなこと」
「しないよ」
 やけに自信満々に恭弥が宣言する。もしかして観てるのか。登場人物が多いというだけで観なさそうなイメージだったのだが。
「知らないけど」
「知らないのかよ!」
 だがそれはつまり、教師というもののイメージだけで話しているということかもしれない。まあそこを突かれると非常に疚しい。オレはオレの戦闘知識全てを恭弥に伝えたいと思って出会ってから頑張ってきたけれど、行動規範として正しい存在だったかと問われるとどうにも胸が痛い。
 だが確かジャポーネでは、天は人の上に人を作らずととかいった人を唯一の教師として、あとは後学の者を教えていても門下生と見做されるという、なんか微妙に間違ってる気のする学派があるんじゃなかったか。その図式でいうとオレは恭弥の先生だけど先生じゃなくてアレが唯一の先生。
 連想してぞっとしたのは、オレは一生リボーンに頭があがらないんじゃないかと思ったからだ。わかっていたことだが。
「オレは、ずっと死ぬまでおまえの先生だよ、恭弥」
 それでも口にしたのはそれがオレの切実な望みだからだ。恭弥は強くなった。負けるつもりはないけれど、戦闘は水物で、それを凌駕するほど力量に差があるとは最早いえない。恋人としても、優位に立ちたいとか、常にイニシアチブを取っていたいなどと考えたことはなかった。だって相手はあの雲雀恭弥だ。だがオレはいつまでも彼の先生でいたかった。彼が知らないこと、必要ないと切り捨ててきたことを教えてあげたい。
「本当に?」
「本当に。恭弥が知りたいことは全部教えてやるよ」
「そう」
 嬉しそうに恭弥は笑った。情けないことにオレは動揺する。好きだといっても愛しているといっても、いっそ清々しいほどにそっけない態度しか見せてくれない人だ。恭弥自身はわかっていなくても、オレのいっていることは同じ意味だった。
「じゃあやろう?」
 トンファーをちらつかせて恭弥は立ち上がる。まったく、先生じゃないと思っていたとしても、やることは変わらなかった気がするのは気のせいだろうか?
「しょうがねえな。つきあってやるよ」
「当然だよ」
 そっけなく答えて恭弥は先にたって歩き出す。だが浮かれきった足取りは隠しようもなく、まるで子どものようだった。オレはどうしたって罪悪感に駆られる。こんなにも喜ぶのなら、もっともっともっともっと、闘ってやるべきだった。いくらでも言い訳は出来る。彼には他にも教えたいことがあった。だがそれは、ただ単に自分の欲を押し付けているだけではないのか。
「恭弥」
「なに」
「オレはずっと死ぬまでおまえが好きだよ」
 そしてオレは結局口にした。オレが一番恭弥に教えたいことだったから。
「きょうや」
「…………当然だよ」
 耳まで赤くして恭弥が呟く。ご理解戴けていたなら幸いだ。背後から彼を抱きしめ、首筋に唇を当てる。
「きょうや……っが!!」
「だから闘って」
「おまえな……」
 トンファーが打ち下ろされたのは何とかとめた。だが正直怒りも湧く。ここまで相手が照れくさそうにしてなかったらの話だ。
「まったく、先生に対する態度を知らない奴は、躾けなおしてやらねぇとな」
「できるもんならやってみなよ」
 鞭を取り出して見せると、恭弥は満足そうに微笑んだ。
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