結論からいって遊園地なるものはたいそう楽しかった。こんなに楽しいなら、もっとはやく誘えばよかったと思った程だ。メリーゴーランドは少々期待はずれだったけれど、そのぶんジェットコースターは気分爽快だったし、トルネードに巻き込まれたみたいに揺れる海賊船だって同様だった。父はちょっとばかり揺れすぎだって文句をいっていたけど。
 コーヒーカップは二人して競うように回して、正直少しばかり気分が悪くなった。成程これは、自分の平衡感覚を無視して何処まで回せるか、群れたちのチキンレースを誘う遊具に違いない。すっかり踊らされてしまった。でもそのあと乗ったぐるぐるまわるブランコはおもしろかったし、川下りをするいかだもよかった。一番大きな滝を落ちる時の写真が貰えるのだ。
 昼食にはハンバーガーショップに入った。こういうときはジャンクフードを食べるもんだぜとわかったように父がいって、実際、パンフレットを開いてみればジャンクフードの店しか見つからなかったのだ。恭弥はハンバーガーとか好きだろと父は自信満々で断言していたけれども、正直にいえば雲雀はそこまでハンバーガーが好きではない。見周りの最中活動費を徴収するためにはいった○クドナルドで、金と一緒に渡されたそれを食べたことが何度かあるだけだが、あれは、あの挟まれている肉は、どう考えてもハンバーグではない。ハンバーグに比べて薄いし、固い。だいたいあの至高のメニューにあうのはどう考えてもパンよりご飯である。たぶん、名前が「肉団子サンドイッチ」とかだったら普通に何の不満もなく食していたのだろうけれど、「ハンバーガー」と、こうくるからいけない。どうしたって期待値があがってしまうではないか。
 だがなんでだかパンフレットによると、この遊園地にはハンバーガーショップとピザショップと各種アイスクリームやらクレープやらジュースやらの店しかなく、他の店は全て休業中らしい。そして我が父は「ピザ」ショップなんていうものにうまいものがあるはずがないと強硬に主張したのだ。こういう店はアメリカ風の、パンにチーズとサラミとトマトソースが載ったみたいなものしかでないのだし、遠慮すんなよオレもハンバーガーは好きだぜ、とのことだ。パンにチーズとサラミとトマトソースが載っていたらそりゃピザであるし、間違っていないのではないかと雲雀は思うのだが、イタリア人にはイタリア人の拘りがあろう。というかおなかすいたし、正直にいえばポテトフライは嫌いじゃない。じゃぁ昼食はハンバーガーで夕食は遅くなるだろうしすきやきを食べに行く、と言質をとって、そんなわけで入ったハンバーガーショップであるが、運ばれてきたハンバーガーを頬張った瞬間、雲雀は思わず瞠目した。
 ふわふわで、かつ肉の味がしっかりするハンバーグ。まるで並盛亭特製ハンバーグそのもののような味わいである。まさか、こんな客が自分たち以外いないような店で食べられるとは。それが目玉焼きと分厚いベーコンとレタスと焼いた玉葱とクレソンとアボガドとトマトと一緒に、肌理の細かい胚芽パンで挟まれている。とんでもなく食べにくいがとんでもなくおいしかった。さすが並盛の店である。ちなみに、店員の勧めで、隣の「ピザ」ショップに注文して運ばせることもできるというので頼んでみたところ、数分で運ばれてきたそれは、我が家のムッシュー・サヴァランの寸評によると明らかに石窯で焼いたものであるらしい。まさかこんなおいしい「ピザ」がでてくるとは、とのことで、実際このところそれなりにイタリア料理を食す機会は増えているけれども、それと比べてもなかなかにおいしいマルゲリータであった。
 難をいうとすれば、二人揃って頼んだ並盛バーガーセットのMサイズのコーラ二つ………が一つの容器に入れられて運ばれてきたことだろうか。もちろん、雲雀はエコを推進する活動に心から賛成するものだし、自分たちの心がけひとつで地球の資源が守られるならば協力するにやぶさかではない。同じ飲み物ならひとつの器に入れてしまえば、洗いものが一回で済む。だがそうはいっても、小さめの金魚鉢みたいな器に二本のストローが刺さったものが運ばれてきた時はびっくりしたし、父はといえば「日本人のモッタイナイ精神はここまできたのか…」と露骨に驚きを露わにしていた。しかも、子どもみたいなところがある人なので、飲む瞬間にぎりぎりまで鼻を近づけて、わざととんでもなく変な顔をして見せるのだ。たぶん、人種も違うし、顔面の筋肉の発達具合が異なるのだと思う。大仰に眉や目が動いてまるで真似できる気がしない………いや別にちっとも悔しくないけど。そんなわけで数度勝負を挑んだのだけれど、つい雲雀は吹き出してしまい、つられてディーノも笑うし、コーラはぶくぶくと泡だって、テーブルマナーのテの字もない。ハンバーガーショップなるものは、ディーノと何度か行った星のついたレストランや料亭とは違うし、今日はたまたま客が少ないが基本的にティーンエイジャーの群れが幅をきかせていて、作法をあれこれいわないようなイメージがある。とはいえ、流石にコーラを飲みながらにらめっこをしたのはよろしくなかったらしい。口唇を尖らしてディーノの笑いを誘ったあと(おまえそれ変顔のつもりかよしょっちゅうやってるじゃねぇか、かわいいけど………というのは聞き捨てならない。それをいうなら小首を傾げてにっこり笑ってみせるそのいつもの動作の方が卑怯であるどこのリヤドロだかわいいと思って)ついつい雲雀も笑って、だがふとカウンターの方角に視線を向けると、目があった店員は明らかに視線をそらした。 やはり、こんな子どもみたいにふざけるのはよろしくなかったのであろう。そんなわけで雲雀は反省して、そしてまた笑った。遺憾ながら、鹿爪らしい顔をしようとすればするほど笑えてくるものなのである。
 それから上がったり下がったりしながら回る飛行機に二回程乗ってから、ゴーカートにチャレンジした。スピード狂の我が父は、手合わせの時でもそうは見かけない程本気の目をしていて、それだけでなんかもう今すぐ咬み殺してやりたいなあという感じだったのだけれども、ここは遊園地で並盛の施設である。必死で我慢して、正々堂々レースで勝ってやるよとそう考えたのだが、別にマフィアのボスをやるに必要ではないだろうに「オレ実はこれ持ってるんだぜー」と得意気に財布から国際A級ライセンスなるものを………多分ゴーカートにはまったく関係ないと思うのだが………取り出して自慢してみせた人は、流石に強かった。十回勝負して最後に勝って………というか浮かれていた父が十回目にしてようやく冷静になって、あれ、このままじゃ無限ループじゃねと気づいただけという疑いは未だ払拭できていないのだけれどとにかく勝って、雲雀にしても手合わせとは違って、いくら楽しいといっても、じゃあ三十回勝負でこのまま僕が勝つまでやるよとかそんなことをいいだす気分にはとうていなれなかった。同じコースをこれだけ回ればもう充分である。じゃあこれで終わりだよといい置いて車を降りて、それからまたいろいろなアトラクションに乗った。ぐるぐる回りながら空を飛ぶぞうとか、縦に回転する魔法のじゅうたんだとか。それから、ジェットコースターとかいかだとか、乗って面白かったものにも。そしてはたと気づけば、いつのまにやら世界は薄暗い。
「いやー………楽しかったなー」
 アトラクションの多くは電飾で飾りつけられていて、だからこそ暗くなったのがよくわかった。園内のあちこちにあるスピーカーから流れる曲は軽快なままで、蛍の光でもなんでもないのだけれども、なんでだか物悲しい気分になる。たぶん、今日はすごく楽しかったせいだ。雲雀は思わずディーノの手を握る手に力を込めた。
「うん」
「そっか。また来ような。次こそいかだ乗ってもオレ悲鳴あげないし」
「また?」
「ん? やなのか?」
「やじゃない」
 じゃあ本当にディーノも楽しかったのだ。そうじゃなきゃまた、なんていいださないだろう。雲雀はふわふわと浮かれる心地すらして、どうすればいいのかと思う。今度は嬉しくて仕方がない。
「そ? それは嬉しいなー」
 ぽんぽんと頭を叩かれて、いい返したいけれど言葉が見当たらない。さっきからずっとそうだ。遊んでいるとき、はしゃいでいる時はいいのだけれど、こんなふうに乗り物をおりてしまうと、何を話せばいいのかわからなくなる。
 ディーノが、遊園地で遊んだこともないなんて、考えたこともなかった。
 しかも、他の、雲雀はよく知らないがきっといろいろあるのであろうアミューズメントパークや観光地なら出かけたとか、そういう話でもないらしい。今もう一度考えてみても、どうにも信じられない。雲雀の知る限り、ディーノはいつも群れの真ん中にいて、優しくて大らかで鷹揚で懐が広い。だから、きっと彼は子どもの頃から、周囲の人間に愛されて大事にされてきた人なのだとごく単純に考えていたのだ。そんな人だから自分にも、惜しげもなく愛情を分け与えることができるのだろうと。でも思い返せば、彼から聞いた子どもの頃の話は、いつも赤ん坊との話だ。すごく楽しそうな、ものすごく羨ましい赤ん坊との修行の話だった。父親との話は聞いたことがない。いや一度、キャバッローネのボスになった頃の話は聞いた。この夏、彼の子どもになったばかりの頃のことだ。どう考えても、たかが十二の子どもに過剰な重圧や責任を負わせようとした周囲の大人の判断ミスであるのに、彼はいまだに自分をひどく責めていて、それだけこのキャバッローネや父親のことを大事に思っているのだと、ひどく驚いたことを覚えている。促されたわけでもないのに、話題の少ない雲雀は結局自分の話をして、なんだか恥ずかしい、落ち着かない気分になった。自分はけしてあの頃の周囲の人間や環境に、彼のように感謝の気持ちを持つことはできないだろう。トンファー一つで戦って、並盛という大事な存在に気づいて、風紀委員長としての立場を確立して。わるいことばかりでは全くなかったのに。
「きょうや? どうした?」
「な………なんでもないよ!」
 はたと我に返る。目の前にきらきらした彼の笑顔があった。明るくて、幸せそうで、ちょっと鼻とか摘まみたくなる彼の笑顔だ。でもそんな身勝手なもやもやが、実は必要のないものなのだと、もう雲雀は知ってしまったのだ。
 雲雀からすれば、ボランティアだの慈善活動や募金などといった物は全て、富める者から貧しき者へ流れていくものだ。時間に余裕がある者、労働力に余裕がある者、金銭に余裕がある者。その中で更に心がけのよい人間がすることだ。それがどうこうという訳じゃない。理だというだけである。無い袖は振れない。もちろん全く例外がないとはいわないが、ふつう、新宿駅から徒歩0分、エコスタイルの紙の家に在住です、みたいな方々はあまり募金などには協力しないものだ。でもじゃあなんでディーノはここまでよくしてくれるのだろう? 子どもとして引き取ってくれたのだろう。弟子だから、という今まで納得してきた理由はあまりに弱いように思えた。ちょっと想像してみても、今の雲雀は幸せで金銭的にも全く不自由はないけれども、さていつか自分と同じ環境の、とんでもなく強い子どもが現れたとして、ここまで親身に対応してやれるかと聞かれたら答えはNOである。絶対に無理だ。どうして彼は、自分が与えられてこなかったものまで雲雀に与えることができるのだろう?
「恭弥どうした。疲れた?」
「疲れてない」
「そっか? もうけっこう暗いしなー。そろそろ帰るか」
「だいじょうぶだってば! まだ平気だよ!!」
「………………そか、そっかー」
 思わずいい返せば、ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜられて困惑する。なんでそんなに嬉しそうな顔をしているのだろう。やっぱりこの人は、自分には理解不能だ。
「おまえ手合わせでもなんでもいっつもそれな。はは、そうだよなー、オレも正直帰りたくねぇ」
「………ディーノ」
「だからまた来ようぜ。ほら、恭弥は最後になに乗りたい? あ、ジェットコースター五連荘はなしな。オレがメシ食えなくなるから」
「………………あれ」
 咄嗟に指さしたのは大きな大きな、とんでもなく大きな観覧車だった。この遊園地で一番の呼びものであるという話である。
「あー観覧車かー。なんかすごいんだろ?さっきパンフレット見たとき載ってたぞ。日本で何番目だとか」
「並盛の景色が全部見えるんだよ」
 晴れた日はその先まで見える時もあるらしい。すばらしいことである。
「へー。あ、でもだったら明るいうちのがよかったよなー。まぁいいかまた来ればいいしな!」
「うん、僕も昼間の方がよく見えると思ったんだけど………草壁が暗くなってからがいいって」
 チケットを渡す際、何やらくどくどと注意事項を述べたてていた。僕は好きなようにやるつもりだよと半分以上聞き流していたけれども、でも一応クレープも食べたしいかだの写真も貰った。観覧車に対する意見は父にまるまる同意だが、彼の話では暗くなってライトアップされてからのるもの、だそうだ。
「草壁が?」
「………………なに、変な顔して」
「いや、てかうん、だって…」
「だって?」
「朝もなんかいってたし、恭弥は草壁のこと信用しているんだな…」
「うん」
「うんて………そ、そうか」
「何が問題なの」
 確かに少し融通が利かないところはあるが、真面目で風紀のためには努力を惜しまない男だ。そして保身を考えて嘘をつくような人間ではない。信用するにはそれだけで充分である。
「………………………………………いや、うん。問題はねぇよ」
「あるんだろ」
 まぁ嘘をつくようでもここまでわかりやすかったら信用に足りる。
「てかその………そういうアドヴァイスとかさ、聞くならオレに聞けよというか…」
「………………なにいってるのあなた」
 そして馬鹿でもここまで馬鹿なら………………てかなんだそれ。遊園地のオーソリティだと思っていたマフィアのボスが、実は自分とまったく同じレベルの初心者であると判明した今、自分の知る限り最も遊園地に詳しいらしい部下の意見を尊重するのはあたりまえのことではないだろうか。
「あ、恭弥笑うなよー」
「笑ってないよ」
「笑ってるだろ………恭弥は嘘が下手だなぁ」
 自分のことをすっかり棚に上げたマフィアのボスが勝手なことをいう。つられたように屈託のない笑みをみせるので、雲雀はおかしくてしかたがない。この人のことだから、自分が下手だってことにも、気づいてないのかも。
「じゃあ乗ってみようぜ。草壁御推薦のやつにさ」
「うん」
 頷いて、そこで雲雀は気づいた。もしかしてこれはチャンスなのかもしれない。今日の計画、ディーノにひとつ頼みごとをするという計画を実行するタイミングなのかも。夕食時にでもと考えていたけれど、いつ店員が入ってくるかしれない店の個室より観覧車の中の方が話しやすいような、そんな気がする。
 考えて、思わず自己嫌悪に陥りそうになった。やはり自分は彼のようにはなれそうもない。朝の内は傷一つない完璧な計画のように思われたのに、今はただ、子どもっぽい、馬鹿げた駄々をこねてみせるだけのことにすぎないのではないのかと、そう思う。でも引っ込みはつかない。計画がどうこうというより、諦めがつかない。むしろ朝よりもずっと、執着しているといえるだろう。
「うあー………確かにすっげー綺麗だなぁ」
「え?」
 思わず瞬きをして周囲を見回せば、雲雀は既に観覧車の中にいて、車体はしずしずとあがっていくところだった。メリーゴーランドや海賊船といった今日のったアトラクションが電飾で飾りつけられて、きらきらと輝いているのが眼下に見えた。並盛の全景が見えるのはもっと上の地点だろうが、暗くなりきってはいない分見通しはよく、家やマンションの、小さくて暖かそうな明かりがそこかしこに散らばっているのがわかった。この数だけ、いやもっとたくさんの家族が並盛にはいて、そしてその過ごし方は皆違う。ディーノはそういった。
「ほらあれ………おまえの学校じゃねーか? なぁみてみろよ」
「ああ………………そうだね」
 今はそれどころではないというのに、学校が好きな我が父がはしゃいだ声をあげる。指し示された方角に目をやれば、確かに見慣れた間隔で配置された明かりを備えた建物が見えた。綺麗だ。雲雀は思わず息を吐いて、それからあれ、と首を傾げた。今日は休日である。部活動があるから締め切ってはいないが、もう帰宅している時間帯だし、それ以前にここまでくまなく明かりをつける必要はない。
「もうてっぺんだ。よく見えるな………綺麗だ」
「うん」
 既に並盛市民である我が父が嬉しげに感想を漏らして、雲雀は思わず胸を熱くした。だがそんな場合ではない。夜景だったら以前ディーノが宿泊していたホテルの最上階の部屋でも存分に堪能したし………いや嘘だ、本当は方角も違うし全然違って見える筈で、そこら辺を細かく検証したい。でももう時間がない。おかしい。早すぎる。タイミングをはかっているうちにもうてっぺんなんて。
「ディーノ」
「ん? 見にくいか? こっちのがいいかもな、外側の席だし」
 きゅ、と手を引かれてディーノの隣に座る。しっかりしたつくりらしい観覧車はほとんど揺れもしなかった。
「その………今日は楽しかった、ね?」
「おう! そっか楽しかったかー………嬉しいぜ」
 ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜてくる我が父はさっぱりわかっていない。こっちが聞きたいのは彼が楽しかったか、ということだ。だが問い詰めても、恭弥が楽しいならオレも楽しいぜとか、わけのわからない禅問答のような返答を返してくるであろうことは過去から予想がついたので、雲雀は潔く諦めた。まぁゴーカートとかゴーカートとかゴーカートのはしゃぎようからして、楽しんでないってことはないと思うたぶん。あ、コーヒーカップとかブランコもすごく楽しそうだった。いかだの写真を選ぶ時も。
「だいぶその、僕らも家族っぽくなってきたよね。遊園地にも………………きた、し」
 まずい、と思った時にはもう口にしていた。ずっと考えていたシナリオはもう何の役にも立たない。我が父は家族と遊園地に来たことがないそうだ。彼の父親が忙しかったから。
 やっぱり理解できない。自分だったら彼を殴って、敵のファミリーがいるなら僕が咬み殺してくるから、仕事が終わったら寝るなり遊ぶなり手合わせをするなりしようよと、そういうと思う。いやそれは大分気を使ったやり方で………というのも父はそれじゃよろしくなんていわない人だってことはもう知っているからだけれど、全部終わらせてからさあこれからどうでしょうと誘うだけかもしれない。どっちが正しいんだろう。彼のいうとおり家族の数だけ答えがあるとしても、雲雀は正解を選びたい。疑いようもなく、一目瞭然で、家族らしい答え。だがそれがどれなのかさっぱりわからないのだ。
「そうだな。はじめは正直どうすればいいのか手探りだったし………頼りねぇ親父だったと思うけど。あんがとな。恭弥のおかげだ。今日だけじゃねぇ。オレは毎日すっげー楽しい。幸せだ。」
「………………」
 最初から頼りがいのある父なんて期待してない。馬鹿だ。大馬鹿。なんで雲雀がいいたいことを全部先にいってしまうのだろう。
「ねぇ」
 嬉しい。予想もしていなかった。父は雲雀が望んでいる以上の言葉をくれた。それだけで満足できないのは、雲雀が強欲なせいだろうか。もっともっとと、その先を、揺らがないものを期待してしまう。
「僕をちゃんとあなたの子どもにして欲しいんだ」
「なにいって………おまえはオレの子どもだろ?」
「あなたの後継ぎにして欲しい。書類が必要なら作成して。あと赤ん坊も………前にお披露目の席がどうとかいっていたよね。それも」
 ここまでしてやったじゃないかと怒られても文句はいえない。もっと最悪なのは、彼の大切にしているものを、愛しているファミリーを軽んじていると思われることだ。短い間だがイタリアにも行った。日本でも、こっちで仕事をしている人員には世話になっているし、話のわかる人間も少なくない。彼のファミリーはもう、雲雀にとって顔のわからない「群れ」ではない。だが今雲雀がしようとしていることはそういうことだ。彼とずっと家族でいるために、彼のファミリーという存在を利用しようとしている。
「僕は強くなるよ。絶対、もっとずっと強くなる。あなたのファミリーだって守れるようになる。だから………」
「きょうや………」
 もっとたくさん、いっぱいアピールポイントを考えていた筈なのに、今はもう何も思いだせなかった。強いだけなら彼だって強い。こんな話で説得できる筈がない。でもどうしたら、彼に自分が必要だと思って貰えるだろう。虫のいい望みであることは理解している。でも雲雀は幸せで、とんでもなく、ずっとずっと幸せで、これ以上はないだろうと思っているのに翌日になるとさらに満たされている。まるで、これからすごい勢いで下るってわかっているジェットコースターの登っていくレーンに乗っかっている気分。
 でも、もしかしたら落っこちるのは今なのかもしれない。小さく息を呑む父を見て、雲雀はそう思った。













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