靴を履いて、お互いにいってらっしゃいといってきますの挨拶をしたところで、父が下に寄っていってもいいかといいだしたので、雲雀は了承した。一つ下の階は日本に住んでいるキャバッローネファミリーの居住スペースになっている。エレベーターは使う程じゃないから階段で下りて、廊下の突き当たりが父の右腕であるロマーリオの部屋だ。チャイムを鳴らしてもしばらく応答はなく、雲雀がもう行こうといいだしそうになったタイミングで、何やらものすごい勢いでドアが開いた。
「おー、チャオ。出かけるから一応声かけとこうと思ってよ。わりいな、起こしちまったか?」
 慌てたように顔を出した彼の部下は、大きく息を吐いた。平日だってやっと学校が始まろうかという時間帯である。すわ襲撃かとでも思ったのかもしれない。
「いやボス………大丈夫だ、起きてた。てかびっくりしたぜ。あんたら休みの日はいつも遅くまで寝てるじゃねぇか」
「ん? んー、いやそりゃ次の日休みだと思うとついなー、いつもは遅くまで? でもほら今日出かけると思って昨夜は早く寝たし」
「そ、そーか………いやうん、早めに就寝するのはいいことだな…」
「おお。まあ、ちょっとくらいいいじゃないって恭弥にかわいくおねだりされちゃったしなー、全くってわけじゃねーけどでも日が変わる前にちゃんと」
「なにそれ、僕は残念だけど早く寝なきゃダメだっていっただろ! ちょっとくらいならいいだろっていいだしたのはあなたじゃないか」
 むっとして雲雀は思わず口を挟んだ。それは雲雀も、休みの前日、夜更かしして二人で映画のDVDを観るのを内心では楽しみにしていたりする。ポップコーンだとかチュロスだとか、ディーノのいう映画館っぽい菓子と、ポット一杯の飲み物を用意する。映画にはあたりはずれもあるけれども、それはそれで、感想をいいあったり、それとも全く関係ない話をするのも楽しい。雲雀はあまり多弁な方ではないけれども、ディーノは自分のどんな感想も真面目に聞いてくれるし、例えば海外の映画の知らない食べ物だとか習慣だとかも説明してくれて、如何にも家族団欒という感じがするのだ。集まって楽しく過ごすって意味だと、前に聞いた。
 だが、昨夜ばかりは、雲雀は早く寝ようと主張したのだ。いつもみたいに昼近くまで寝ていたら、殆ど遊園地に滞在できないことになってしまう。でもディーノはちょっと位ならといって昔の短編映画の………というか短編アニメ映画のDVDを取り出してきた。恭弥が好きそうだと思って、といわれた時は何たる子ども扱いかと憤慨したものだが、正直にいえば主人公の黄色い小鳥は自分の傍にいる鳥に比べると少々見劣りはするもののかなり………というかすごくかわいいと認めざるを得ないものだったし、その鳥を追いかけたりやり返されたりする黒猫もなかなかに愛嬌があった。そんなわけで映画は短かったものの充分に満足して、だけれども、まるで自分が無理をいったかのようにいわれるのは納得がいかない。
「いや仲がいいのはいいんだけどな………恭弥もそういうキャラじゃねーだろ、あんまりそういうことは人にはな」
 窘められて我に返る。確かにこんなことで目くじらを立てるのは自分らしくない。雲雀はクールな男なのだ。
「………知らないよ」
「っていってぇ! もう、恭弥つねんなよなー、いてぇだろ」
「痛くしたんだよ」
「ったくもう、しょうがねーなー、このいたずらっこめ………ってどうしたロマ、なんか疲れたみたいな顔してるぜ………ってあれそれ、なんだ? 白くて長い………髪?」
 ふと気づいたみたいにディーノが声をあげるので、思わず雲雀も視線をやった。ロマーリオの着ている黒のセーターの腹辺りについている白くて長い………なんだろう、と思った時点でそれは所有者の手によってぐしゃぐしゃとまとめられてポケットにしまわれてしまった。
「なんでもねぇ」
「え? いやなんでもねーってことねーだろ。女か? なんだよロマも隅におけねーなぁ」
「だから違うっつってんだろボス! ていうか何で女が白髪なんだよ、俺はどういう趣味だ」
「いや隠すことねーって趣味は人それぞれだろー。そうだよな、日本来てしばらくたつし、恋人ができてもおかしく」
「そうじゃねーってボス…」
 追い詰められたような声をあげる父の部下を横目に見ながら、雲雀は小さく欠伸をした。本音をいえばきっと父はなんだかんだいうに違いないので黙ってはいるが、正直彼の部下がどんな老婆とつきあっていようと本人たちが納得しているなら心の底からどうでもいい………ってあれ。
「なんかもう一本付いてるよ。白い………ってあれこれ、糸?」
 ふと視線をやったロマーリオの腰辺りに、もう一本付いていたそれを摘まむ。ちゃんと見てみれば、太さも材質も髪ではなかった。
「あ、ああ!! ちょっとな、服が破れちまって! 繕ってたんだよすまねーな!」
「なんだ」
「えー人騒がせだなー………ってあれ、でも中に誰かいないか?」
 なんだかんだいって我が父はすごい人なのだなと思うのはこういう場面だ。日常の、ほんの数分前まで楽しげに声をあげていたような時でも、常に警戒というか、状況を読む姿勢に怠りない。確かにいわれてみれば、ロマーリオの部屋に誰かの気配がする。とはいえ、悪意のある者でもなさそうなのだが。
「え、ああそりゃイワンだ! ちょうど来てて」
「ナンダヨロマーリオイツノマニイワントソンナナカニ」
「んなわけあるか!」
「なんだよ冗談だろーじゃあちょっとあいつにも挨拶を」
「いやそのあれだ! 酔っぱらって寝てるんだ、昨日かなり飲んだからな。そっとしておいてやってくれ」
 必死気な声で説得されて思わず二人して頷く。まあ、父はどうか知らないが、二日酔い患者を見舞おうと考える程雲雀はお人よしではない。
「じゃあ行く?」
「おう。ロマ、あとは頼んだぞ」
「おう、しっかり楽しんでこいよ」
 父の部下の励ましに自信を持って頷いて、今度こそ二人はエレベーターに乗り込んだ。ディーノが開閉ボタンを押している後ろで、雲雀はそっとポケットを探った。チケットはかさこそと音をたてて、ほっと息を吐く。出る前に何度も確認したのに、どうにも気になってしまうのだ。
「今日は、エンツィオに乗ってこうなー」
「え!…う、うん!!」
「ん? どしたきょうや」
「なんでもないよ」
 びっくりした。そわそわ楽しみにしているなんて、ばれたらくやしい。雲雀はなんとか平常心を装って、返事をした。
 ディーノがいっているエンツィオとは、もちろんあのかわいい亀のことではない。彼の愛車であるフェラーリのことで、以前はどこかに出かけるたびによく乗ったものだ。だが、このマンションに引っ越してきてすぐに、我が父は「ファミリーカー」を買う、といいだしたのである。
 もちろん雲雀はそこまで自動車に詳しくはなく、ファミリーカーの定義すらあいまいではあるが、「ファミリー」といっても、それが彼の五千人だかの部下を収納できる程大きくはなく、また自分たち二人用にわざわざ買うには大きいだろうということは想像ができた。だがうきうきとパンフレットを並べだした様子からして、どうやら相当楽しくて仕方ないらしいことだけは理解できたので、好きにさせておいたのである。そして実際使用してみると購入したミニバンはなかなかに便利なものであった。休日、海山川竹林………どこに遠出するにもよい。車内が広いから、口うるさいところのある父に譲歩して少し休憩をとるにも楽だし、荷物もたくさん積める。雲雀はもともとあまりかさばる所持品を持つのを好まない方だが、車に詰め込んでおけて、戦うに邪魔にならないとなれば利用するもやぶさかではない。だから、ディーノと雲雀の「ファミリーカー」の中には手合わせに出かけるに必要なもの………救急セットとか寝袋とか毛布とか雨具とかミネラルウォーターとかバーベキューセットとかコンロとか星座盤とか望遠鏡とか花火なんて物が詰め込まれていて、それらは一つ一つ出かける度に増えていった物なのだ。
「あいつに乗るのも久しぶりだなー」
「そうなの?」
「そうなの、っていつもファミリーカーの方に乗ってるだろ?」
 なんだか楽しげに発音するものだから笑ってしまう。確かにあの車には楽しい思い出ばかりで、だけれどもこれから乗るうるさいそれも、家族になる前はよく二人で乗って手合わせに出かけたものだ。
「仕事で使うにはさすがになー。どうせ運転させてもらえねぇし。ファミリーカーの方は恭弥との車だからな。助手席に恭弥以外乗せるつもりねぇし、ひとりじゃつまんねーし」
「ひとりだなんてだめだよ」
 あぶない。ちょっと想像して雲雀はぞっとした。いくらディーノだってトラックと衝突して高速から転落かなんかしたら、流石に無事ではすまないかもしれない。まさかとは思うけれども。
「だからのらねーって。なんだよ、かわいいなきょうや」
「かわいくないよ」
「すーぐ謙遜すんだもんなー、いいんだぞ、もっと自信を持って」
「ふ、なにそれ」
 あいかわらず変なことをいう。雲雀は思わず笑いながら、駐車場の一番奥で、その身を輝かしているフェラーリに向かった。持ち主に似て、派手な車だ。
「なんか機嫌いいなー?」
「ふふ」
 そりゃそうである。こんな日に不機嫌でどうするのという話だ。
「やっぱあれだな、今日の朝食がうまくいったから!」
「………なんで」
 とはいえむっとするときはむっとする。自分はどれだけ食い意地が張っているというのだ。
「えー? おいしかっただろー」
「おいしかったけど」
 確かに美味であったのでそう返答して、いわれてみれば、料理がうまくいくと自分は機嫌がよい傾向があるかもしれない、と思う。
 だがそれも仕方のないことなのだ。我が父ときたらとんでもなく不器用で、鍋を焦がしたり電子レンジを駄目にしたり。雲雀だってこの家に来た当初は料理経験は殆どなくて、学校のパソコンや本で調べてみるまでは、だしを引くこともできなかったけれども、ディーノの失敗はそういうレベルを超えていた。でも、毎日一緒に作る内に、そういう失敗も殆どなくなった。この車だってそうだ。会ったばかりの頃、まだ父でなかった父が運転するフェラーリに乗って、食事だとかに出かけるときはいつも彼の部下の車が前に後ろに護衛と称して走っていたものだ。でも今は二人だけで出かけたって問題はない。もちろん今でも、たまに派手に食べこぼしたり転んだりなぞの失敗はしてはいるが、そんなのはかわいいものである。とにかく見るからに彼は進歩していて、それが雲雀は嬉しい。
 我が父が赤ん坊に聞いた話として知っているのだが、父はファミリーといないときは、とんだへなちょこなのだという。それを聞いた時は正直ショックだった。その時はもう、籍をいれて家族になっていたから尚更だ。あのかわいくて強い赤ん坊が嘘をつく筈もなく、実際父が群れた「ファミリー」と一緒にいる時、派手な失敗をしているのは見たことがない。だが、自分と一緒のときはあれこれとやらかしていて、所詮血の繋がった父子ではないのだと、見えない線を引かれたような気分だった。だが今ではそんな「ミスった」だとかいう声を聞くこともなくなって、これはきっと、自分たちが少しずつ親子らしくなってきたのだという、その証拠のように思える。そうだ。きっとそうである。だから、今日自分がディーノにひとつ頼みごとをしても、きっと受け入れてくれるに違いない。
「そっかー、じゃあ明日もまた頑張るな」
「うん」
 大仰に決意を表明する父に笑いながら助手席に乗り込む。確かに失敗は少なくなったとはいえ、さあ好きなように運転していてください僕は寝ていますといいきれるほどには豪胆な性格をしていないので、雲雀はとりあえずずっと運転する父の姿を眺めた。まあ、前方を眺める父の横顔が、どことなくとっつきにくく見えるというのもあった。ミラー越しに視線が合えば、微笑んできて、気のせいなのはわかっているのだけれどもなんとなく落ち着かない。つまりなんというか、いつもより格好良く見える。やはり高い鼻のせいだろうか。
「あーんま、こっち見んなって落ちつかねーだろ」
「見てないよ」
「見てるだろ、つうか恭弥、車乗ってるときはいつも見てるじゃねぇか………駄目だぞ、やってみてぇのはわかるけど、運転は十八になって免許取ってからなー」
「僕はいつでも好きな年齢だよ」
 ていうか別に運転したいとかいってない。
「でもだめ。怪我したらどうすんだよ」
「僕はトラックと衝突して高速から落ちたって平気だよ」
「いやそんなわけねーだろ………」
「なにそれ。甘く見ると咬み殺すよ」
 自分はきっと無事な癖に。そう考えると流石にむっとする。雲雀はぷいと顔を背けて、だけれども結局もう一度ついディーノの方を見た。まったくちょっと鼻が高いからって癪な話である。
「全然平気なんだからね………って、あれ」
 そしてディーノの向こう、車とガードレールの隙間を擦りぬけて、猛スピードで走っていくバイクがあった。その、運転者の男の髪型がひどく見慣れたものに見えたのだ。
「………草壁?」
「ん、どした?」
 どうしたもこうしたもない。今通ったのは確かに草壁に似ていた。だがそんな筈はない。雲雀はぱちぱちと瞬きをした。
 風紀委員の中で、雲雀と、そして副委員長である草壁はバイクに乗ることが認められている。というか秩序である雲雀が認めた。委員活動において、どうにも必要だったのである。だから、草壁がバイクに乗っていても本来は何ら不思議はないのだけれども、生真面目な部下は委員活動の時間内にしかけっして乗ろうとしないし、安全運転を心掛けている。今日は委員の仕事は休みだし、それに、あんなスピードで運転するなんてそこからあり得ない。
「なんだよ、風紀の………仕事、あったりするのか?」
「え?」
「いや、止めるとかじゃないぜ、ごめんな。オレだって早く帰れない日とか、恭弥に我慢させてるし。でも、なんつーかちょっとかなり楽しみにしてたもんだから」
「違う! 違うよ、そうじゃない、仕事はないよ」
「あ、そうか? いやでも今、草壁って………メールでもきたのかと」
「え?」
 いわれて雲雀はポケットの中の携帯を探った。着信がないことを確認して、思わず苦笑する。そうだ、きっと勘違いだ。副委員長が休日にバイクを飛ばすことがまずありえないし、もし何かそうせざるを得ないような問題がおこったとして、まず自分のところに連絡が来ないなんてことがある筈がない。きっと良く似ている別人だろう。並盛では風紀を守る人間の髪型としてリーゼントは定着しつつあるから、いつ流行りだしても不思議はないと思っていた。
「きてないよ」
「そうかー。………正直嬉しいぜ。もうすぐ着くからな、恭弥」
 いわれて視線をやれば、並盛遊園地までの距離を示した看板が数百メートルおきに設置されているのが見えた。なるほどなかなか便利なものであり、我が校の周りにも置くべきではなかろうか。
「もうすぐ?」
「もうすぐ………いやもうもうだな」
 そうディーノは自分が口にしたジョークに笑って、そして車は遊園地直属の駐車場に騒がしく滑り込んだ。
「うわ広い………」
 車から降りた瞬間、感じたのはそんな感想だ。開園時刻四十分過ぎほど。それが雲雀たちの到着時刻だった。だが千台は収納できるという駐車場には、ぽつんぽつんと車が止まっているきりだった。どれもこれも並盛以外のナンバーである。雲雀はいきなり不安になって、周囲を見渡した。いつだったかテレビで見た、黄色くて赤いシャツの熊だとか、黒くて赤いパンツの鼠だとかのキャラクターがいる遊園地は一つ乗り物に乗るだけでも何十分も待ったりするほどで、常に群れで溢れ返っているらしい。だがここはどうだろう。並盛では一番人気の遊戯施設だと聞いているのに、駐車場がこんなにも閑散としているなんてことがあり得るのだろうか。もちろん、雲雀は群れが嫌いだし、すいているならこんな結構なことはないけれども、あまりの寂れっぷりに流石に落ち着かない気分になる。今日一日楽しめないのも嫌だし、並盛のよろしくないところ………いままであるなんて考えたこともなかったけれども、もしあるとしたらまさしくこれだ………をディーノにみられるのも嫌である。
「ね………ねぇ」
「ん? どした」
「その、嫌いにならないでね?」
「はい? いやほんとどうした恭弥」
 肩を揺さぶられて思わず身を捩る。今の自分はきっと、すごく赤い顔をしていることだろう。
「たまたま………そう、たまたまだと思うんだ。僕ももっと頑張るからだから」
「何いってんだよ!」
「こんなこというの恥ずかしいけどでも」
「オレが恭弥のこと嫌いになるわけねーだろ!!」
「………………はい?」
「………………ん?」
 思わずまじまじと雲雀は父を見返した。何をいっているのだろうこの人。
「あなたが僕のこと嫌いになるわけないだろ。そうじゃなくて僕がいいたいのは」
「そっかー………いやいきなり思い詰めたみたいな顔するからびびったっていうかいやでもそうかー嫌いになるわけねーよなーふふ」
「ちょっと僕の話聞いてる?」
「あ、うん、きいてるきいてる」
「だからその………遊園地が流行ってなくても………並盛を嫌にならないで欲しいって」
「ばっかだなー恭弥」
「ちょっとなにいってるの」
 我が人生にそう何度もない程の殊勝な気分だったにもかかわらず、笑い飛ばされれば腹も立つ。雲雀が唇を尖らすと、ディーノはまるで子ども相手のように頭を撫でてきた。いや、実際子どもなのだけれども。
「オレが、恭弥の大事なもの、嫌になる筈ねーじゃねーか」
「………そうなの?」
「あたりまえだろー。それに今はオレも、並盛の住人なんだぜ」
「あ」
 そういえばそうだ。イタリアに度々戻ってはいるものの、この並盛にマンションを所有する、立派な世帯主様である。
「自分の住んでる街のこと、嫌いになるわけないだろ?」
「………そっか」
「そうだって! それに、すいてたらいっぱい乗れるぞ。メリーゴーランドなんて乗り放題じゃねぇか?」
「そうか! そうだね!!」
「おう、じゃ、行こうぜ」
 差し出された手をとって、指をからめて繋ぐ。今さらな事実であるのに、ディーノも並盛の人間なのだと思えば、妙に嬉しくて、走り出したいような、叫びだしたいような、そんな気分になった。取りあえず頬が緩む。だが見ればディーノも嬉しそうな顔をしていて、ほんとに仕方のない人だ。並盛の住人になれたことが、そんなに嬉しいのだろうか。
「どうしたの」
「ん? んー………恭弥も嫌がらずに手をつないでくれるようになったなあって」
「………………なんだ」
「なんだって! すっげー嬉しいんだぞ、オレとしたら。おまえ、最初の内はすごく嫌がってたじゃねーか」
「だって、いつの話してるの」
 家族になった当初は、出かけるたび手を繋ごうと促されるたびどうにも困惑していた。家族なのだから当たり前だとわかってはいても、どうにも気恥かしく、今だったら単なる自意識過剰だとわかっているけれども、その頃は通りすがりの人たちが皆、驚いたようにこっちをじろじろと見ているような気すらしたものだ。だが手を繋いでいれば、隙あればあちこちよそ見をする父とはぐれてしまうこともないし、父が転ぶこともない。今は手を繋いで歩く方がよっぽど自然だ。きっと見る人が見れば、髪の色や人種が違うにもかかわらず、ああ仲のいい親子が歩いているなぁとそう思う筈だ。想像して雲雀はどうにも嬉しくなった。
「そうだな………あ、恭弥、チケット出して」
「うん」
 カラフルで派手なゲートが見えてきて、雲雀は慌ててポケットを探った。
「ディーノほらこれ………どうしたの」
「きょうや………あれ」
 チケットを差し出すと父は呆気にとられたように固まっていて、雲雀は首をかしげつつその視線の方向に目をやった。
「え、なにあれ」
 派手なゲートの上、並盛遊園地、という看板の下だ。黒の巨大な垂れ幕が威風堂々と風にたなびいていた。
「雲雀恭弥様、ディーノ様、祝初御来園、おめでとうございます………………うわなんだよあれ………ロマか?」
「ロマーリオ?」
「ああだってさっきの白い糸、あれの刺繍に使った奴だろ、きっと」
「あ」
 そういえば、いやに慌てた様子だったのを思い出した。こっそりと準備して驚かせるつもりだったのだろう。
「てかどう考えても一人でできる仕事じゃねーよな………イワンも………多分他の奴らもだな」
「草壁もだよ」
「草壁?」
「ここに来る途中、草壁がすごい速さでバイクに乗っているのが見えたんだ。見間違いかと思ってたんだけど」
「あ、さっきいってたのそれか………バイクのが速いもんな、道込んでたし」
「………………」
「………………入るか」
「うん…」
 そしてこの遊園地がすいている理由も、なんとなくわかってしまった。雲雀は精力的に委員の活動に励んでおり、この並盛に住んでいて風紀を守ろうとする人間ならば、群れることは処罰を伴う可能性があることも充分に知っていることだろう。だが遊園地なんて、群れずに行く方が難しいくらいである。雲雀としたらそれくらい承知しているし、何とか今日一日は耐えきってみせようという決死の覚悟でやってきたわけだが、向こうがそんなことを知る筈がない。日を改めようと帰ってしまったのだろう。
 全く人騒がせな。だが設備に問題がないのなら、すいているのはむしろ喜ぶべきことだ。ディーノのいうように、沢山乗れる。さてまずは何に乗ろう? うきうきしながら二人はゲートをくぐった。











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