擬似親子  2



「ロマーリオ、オレ結婚しようと思うんだ」
 書類の山と格闘しながら、オレは腹心の部下に告げた。近いうちにファミリーの主だった者を集めて報告することになるだろうが、最も近しい彼には先に伝えておきたかったからだ。
 返答はなく、書面から顔を上げると、呆然とした様子の部下がいた。そして数秒遅れて、ボスと呼ばれるものに対して許される最大限の、いやそれ以上の軽蔑をこめた視線を投げてよこした。オレは途方もなく狼狽えた。そりゃこれから先、批判も侮蔑も覚悟はしていた。だが何とも能天気なことにオレは今この瞬間まで、彼だけは何があろうと祝福してくれると、そう信じていたのだ。
「…………相手は誰だ、ボス」
 勿論知らないはずはなく、つまりは認めるつもりはないという意思表示だろう。家庭教師と弟子として恭弥とは出会ったが、家庭環境にかなりの問題を抱えていることを知って、自分の息子として引き取ることにした。危なっかしい性格の子どもだったから、放っておけなかったというのもあった。オレは恭弥に温かい家庭や時間を与えてやりたくて、多分恭弥も、本音ではそういったものを求めていたのだろう。共に暮らして少しずつ距離を縮めて、だが自分がいつしか、義理の息子に向けるべきではない愛情を抱えていることに気づいた。
 恭弥が恋人であることを部下たちに隠したことはないし、特にロマーリオと恭弥はかなり打ち解けていたはずだ。こんな反応は全く予想していなかった。
「何だよ、知ってんだろ」
「知らねぇな。知りたくもねぇ」
 瞬間的に怒りがわく。理解してもらえているとばかり思っていたのに、若気の至りとか火遊びかなにかのように思われていたのだろうか。
 これから先のファミリーのことを考えれば反対するのも仕方がないのかもしれない。後継の問題もある。しかし一歩も引くつもりはない。オレは何とか説得しようと口を開いた。
「やっぱりこういうことはさ、きちんとしておきたいんだよ。何があるかわかんねぇし」
「本当に必要なことか?」
 そりゃ結婚したとしても、恭弥はここにいたければいるし、逆に興味を引くことがあれば、すぐに世界のどこにでも飛び出していくことだろう。彼は浮雲だ。そしてオレは恭弥のその性質を羨みこそすれ、止めたいと思ったことはなかった。何も変わらないといえば確かにそうなのだろう。
 だが如何にもそういって素直に疑問と反論を並べてくださりそうな人が、オレのプロポーズに迷いなく頷いてくれた。それだけでオレにとって、この世界の全てを敵に回しても彼と共に生きていく理由には充分なのだ。
「必要だ。それがオレの人生なんだ」
「そうじゃねぇ。そうじゃねぇだろ、ボス。あんたはあんたが思うように生きていいんだ」
「そうだな。そのつもりだぜ。これは考えた末の結論なんだ」
「あんたがそこまで思ってくれたことは嬉しい。だが、こんなことファミリーの人間が喜ぶと思うのか」
 振り絞るような声でロマーリオがいう。彼としてもこんなことはいいたくないのだと、初めて気づいた。同性愛に寛容だとはとてもいえないこの国で、ボンゴレの雲の守護者とキャバッローネのボスとの関係を正式にするリスク。偏見をビジネスに持ち込む馬鹿はいくらでもいる。
「いずれわかってくれると信じてるさ。キャバッローネはこんなことで揺るぎはしねぇ。させねぇよ」
「あんたにとって一番重要なのは本当にそれか?」
 泣きそうになる。まだ幼い頃この身をファミリーに捧げると決めて、それなのにオレは揺らいだ。恭弥は、恋人である前に家族だったから。オレが失ったもの、与えられずにきたものをあいつには全て与えてやりたくて、だが気づけばそれ以上のもので満たされていた。家族とファミリーは違う。そういったのはオレだ。まだあいつを引き取ったばかりの頃だ。だがオレはあの頃はまだ、それがどういうことかさっぱりわかっちゃいなかった。
「悪りぃ、ロマーリオ。でもオレは、これだけは譲れねぇよ」
「だがな、オレらはファミリーのために自分を曲げて欲しくねぇんだ」
「恭弥を愛しているんだ。ロマーリオ」
「恭弥の幸せも考えてくれ、ボス」
 最後の叫ぶような一言は見事に重なった。あいつの幸せ? それがオレと共にいることだと自惚れるつもりはない。だからこれはオレのエゴだ。恭弥をオレが幸せにしてやりたい。オレをそうしてくれるように。
 視線を向けると、呆然とした様子の部下がいた。今日はよくよく見慣れない様子の部下の姿を見る日だ。まるで現実逃避のようにそんなことを考える。
「……ちょっと待ってくれ、ボス。あんた……誰と結婚する気だ?」
「ロマーリオ。……恭弥の他にいるわけないだろ」
 苦い思いで口にする。何を今更。オレが恭弥以外の誰を愛せるというのだろう。
 ロマーリオは目をしばたかせると大きく息をつく。ぽい、と机の上に投げ出された書類は復元不可能なほどしわくちゃになっていた。彼が思い切り握り締めていた所為だ。そして眉間を揉むと低い声で口にした。
「……何いってんだボス。あんたもうとっくに恭弥と結婚しているじゃねぇか」
 ……………………いつのまに。
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