フェミニズムと女体化とあれこれ


「でも女子と本気だして戦うっていうのは、やっぱりよくないよね。風紀が乱れる」
 ふと思いついたように我が弟子が首を傾げる。いやおまえ、話を聞いたところによると、その女子と屋上で武器を掲げて対峙していたらしいじゃないか、と指摘するのは簡単だ。だが消化不良で終わった戦いのことなぞ思い出させるだけでムカつかれるのは必至で、オレはなんとか口を噤んだ。
「まあそうだな。女の子だからな」
 実際問題として、女子どもであろうとも分け隔てなく残虐に扱うファミリーはいくらでも存在する。恥ずべき行いであるとはもちろん思うが、我が元家庭教師の愛人の一人を例に挙げるまでもなく、女だてらに殺人の技に精通する、そしてその顔を淑女の擬態で隠してみせる、そんな恐るべき殺し屋は少なくない。また弟分のファミリーの一角を担う牛の着ぐるみの幼児などまだかわいいもので、幼い子どもに武器をとらせる、そんな悲惨な状況はいくらでもあるのだ。甘さを見せればつけこまれる。だから仁義にもとるファミリーに眉を顰めても、オレはその対応を批判できない。むしろ許されるべきでないのは簡単に揺らぐ、誰もかれも守りたいと思っているオレの甘っちろい倫理ではないのか。
 だが教えるまでもなく、きっとずっと揺らぐことはない「風紀」を持っている我が弟子を、何の準備もなくあのシモンというファミリー、特にあの女性と対峙させるわけにはいかなかった。
 襲撃を受けたパーティーでは数多くのファミリーのボスや幹部が顔を連ねていた。表向きはボンゴレと舵向きを合わせていても、本音ではそのワンマンな力関係に不満を持つ者も多い。ボンゴレ次期守護者の中で最強と謳われる「雲」。シモンの明らかにこちらの面子を潰すことを目的とした襲撃のやり方を見てもなお、彼が女を相手にして戦ったとなれば、得意気に道徳をかさに着て批判してくるであろう様子は、目に浮かぶようだった。普段は男性優位主義をまるでこの世の真実であるがごとくかかげて見せる狸親父が、得意気にフェニミズムを笠に着る。ああまったく世も末だ!
「だよね。いくらなんでも叩き潰すのは」
「いやおまえ潰さんでも」
「ぐちゃぐちゃに」
「あーうん、そうだな」
 これはまだ相当怒ってるなあ。はりつめた背中をさすってやると素直な弟子はゆっくりと力を抜いて、ああまったくかわいいったらない。
「つまりあれだろ。おまえは本気だして、全力で戦いたいけど、風紀の面からそれはありえない、と」
「まあそうだね」
「それは相手が女の子だからだ」
「そういうことだね」
「じゃあつまり、女同士なら何の問題もないってことだよな」
「………………………へ?」
 恭弥は目を丸くして、それからすぐに盛大に口を曲げて見せた。あなた何馬鹿なこといってるのかな、っていいだす前の顔だ。
「あなた何馬鹿なこといってるのかな。僕はお」
「わかってるわかってる。おまえはいつだっておまえの好きな性別だ、だろ?」
「そ…」
「でもだからって、手術ってのは賛成しかねるぜ。親にもらった体を傷つけるのはよくねぇし、回復するまで時間がかかるからな、戦いに支障が」
「ばっ」
「そこで! オレが、ボンゴレの研究室に最特急で作らせた、じゃあん!! 飲んだら女になる薬、だ」
「………………あなた何馬鹿なこといってるのかな」
 ぱくぱくと喘いでた唇がやっとまともな言葉を紡ぐと、恭弥は途端に冷めた顔をした。視線の先にはオレが持っっている小さなピンク色のボトルがある。確かにこれでそうかと素直に信じたら、それはそれで問題である。明らかに胡散臭いだろう。それにいかにボンゴレといえどもここまで短時間でこのように画期的な薬を開発することなぞ不可能である。実はオレは既に十月の中頃からこの研究を頼みこんで………………いやそれでも依頼者のほうが驚愕するほどの速さではあるのだが。なんでもボンゴレの初代の頃に、どこぞのファミリーのこれまた初代の所有していた研究室と合同で同じテーマで薬剤を開発しており、その頃の資料や安全性を調べるだけでほとんどすんだらしい。まったくどこのファミリーか知らないが感謝してもしきれないくらいだ。
「大丈夫だ、安全性はばっちり、人体実験も済んでいる」
「ワオ、さすがマフィアだね」
「そういうこというなよ。ボンゴレのためなら、自分の体を犠牲にすることも厭わないっていってな、ヴァリアーの………おまえも顔は知ってるだろ、ルッスーリア、って奴が自分から志願してくれてな」
「…………………ああ」
「うん。そう。あいつだ。資料によると、あんま胸はでっかくなんないみたいだな。オレはそれでも全然問題はないと思うぜ。で、筋力もほとんど変化はない。まったくないとはいわないが、今日までの修行で、充分フォロー可能な程度鍛えた筈だ」
「………ほんとに?」
「ああ、強くなったぜ恭弥」
「いやそうじゃなくて。ほんとに女になるの」
「ああ。これで戦えるな。効き目はだいたい一年程度」
「え? いやなんで戦う間だけでいいんだけど!」
「そりゃそうだけどよ、これはめちゃくちゃ画期的な薬なんだぜ。そうそう思い通りにはいかねーよ。なんだ、恭弥はその程度のリスクも背負えねぇような覚悟で戦うつもりか?」
「そうじゃない」
 殊更に逆撫でるような台詞を連ねてやると恭弥は明らかにムカついた顔をした。計画通り。
 そうはいっても効き目がここまで長いことからして降って湧いた幸運だった。性別を偽ることを必要とするマフィアの所業といえば、他ファミリーの潜入とか詐欺とかだろうか。ここまで長期的に計画を練る必要があるほどの逸話は漏れ聞いてはいないが、そのどこぞのファミリーのボスと、初代雲の守護者が共に研究するほどの何かがあったのだ。何があったのかは知らないが余程の大事業だったに違いない。
「そうか。それはさすがオレの弟子だぜ」
「………」
「この薬がほしいか?」
「あなた何いって」
「欲しいか、恭弥。オレはな、おまえのためだったら何でもするくらいの気概はあるぜ。だがこの薬はキャバッローネの立場を超えて、開発させたものだ。見返りがほしいな」
「………………へぇ?」
 むしろ愉快気に恭弥は唇の端を持ち上げた。オレは深呼吸を一度する。足りなくてもう一度。こんな形で伝えるつもりなどなかったけれど、チャンスがあれば逃しはしない。この望みがかなうというのならば、オレはどんな悪辣なことだってするだろう。
「恭弥、愛してる。この戦いが終わったら、オレと結婚してくれ」
「………」


 そのあとオレは、何勝手に死亡フラグ立ててるの、とたいそう怒られたけれど、結局は「終わったら」ではなく「勝ったら」の条件付きで恭弥は条件を飲んでくれた。その後恭弥は戦いには勝ったものの別の勝負では負けたらしく、「女になったから戦おう」といったら「どこが」と鼻で笑われただとかで、それはもう悔しそうにしていた。オレはこれはこれで十分かわいらしいとは思うけれども、短い間のこととはいえ弟子が望むのならばその成長を助けるのは師匠の役目である。オレのできる限り、いくらでも大きくしてやるつもりだ。






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