擬似親子



 ミルフィオーレとの一件が片付き現代に無事帰ってきて数日後、ディーノが帰国するというので綱吉は家庭教師と共に空港に見送りに行くことにした。
「ディーノさんにも本当に迷惑かけちゃったよな……」
 雲雀も共に行方不明になったためか、出席日数等の件ではお咎めなしだった。もしかすると手を回してくれたのかもしれない。だが成績の問題もあり、授業の遅れを取り戻すのに皆必死になっているため、平日のこの日学校を休んでの行動は学友たちには告げていない。
 現代に帰ってはきたものの、平和な日常にスムーズに戻ったとはいいがたかった。どんなに心配したことかと、泣いて理由を聞く母を宥めるには苦労した。久しぶりに見る母はひどく痩せていて、このまま自分のおかれている現状を告げずにいることが正しいことなのかわからない。ディーノは仕事を放り出して日本に来てくれていたらしいのだが、今日まで碌に礼もいえずにいた。こちらの無事を確認しねぎらいの言葉をかけるとすぐに姿を消した。母子の対面の邪魔をしないように気を利かせたのは明らかだった。マフィア関連の事件であることは察しているのだろうし、リボーンとは既に話をしているのかもしれない。自分はといえば、母がひどく神経質になって片時も目を離そうとしないので、こうやって学校を抜け出す以外に会う方法がなかった。
「お、あそこにいるぞ」
「はは、わっかりやすいなー」
 空港など不案内極まりなく、見つかるかどうか心配していたのだが、ロビーに入るなり黒服の集団が視界に飛び込んできて苦笑する。真ん中のあたりにふわふわとした金髪がちらちらと覗いてみえる。いつもの倍かそれ以上の人数がいて、多分総出で自分達の行方を探していてくれたのだろう。やはり皆で礼をいいに来るべきだったのだと反省する。恩着せがましいようなことは決して口にする人ではないが、彼だってきっと、酷く心配してくれたに違いないのだ。
「ディーノさ……って、うっっわっ!!」
 あわてて体ばかりは小さい家庭教師をひっつかみ、柱の陰に隠れる。人が多いのが幸いした。距離は近いが気づかれている様子はない。ディーノはきょろきょろと首を伸ばして周囲を見渡したが、すぐに気のせいだとでも思い直したのか、部下との会話に戻っている。そしてその隣。
「なんだ、ヒバリも来てたのか」
「そうだよなんでヒバリさん……てかあのひと空港でも制服なのかよ!!」
 小声で突っ込む。屈強なイタリアンマフィアに囲まれているとだいぶ小柄な上、同じ黒の上着である。埋もれていてさっぱり気づかなかった。
 あの雲雀が学校をサボって家庭教師の見送りをするとはにわかには信じがたかった。だが例え同じ罪状であろうとも、自分が見つかれば問答無用で咬み殺されるだろうことは理解できる。超直感など欠片たりとも必要ない。
「どうした。さっさと挨拶して来るんだぞ」
「うっわ!! 無理無理! 絶対嫌だ!!」
「む……まあ面白そうだしな」
 家庭教師のけりを食らいつつ小声で反論すると、素直に了承された。何故かといえば愉快げに聞き耳を立てだしたからで、綱吉としたら恩義を感じてる兄弟子相手にそんな卑怯なことはしたくない。しかも見つかったら容赦なく五回くらい咬み殺されそうな所業はごめんこうむりたい。だが、今迂闊に動いて雲雀の目に留まっても、結局は同じ結末ではないだろうか。
 そうこうしていると、向こうでは別れを惜しんでいるのかハグしたり頬にキスをしたりとどうにも慌ただしくしている。一瞬驚愕したが、雲雀は慌てる様子もなくトンファーで牽制していた。むしろ戦闘にそのまま移行しなかったことのほうが驚きだといえるのかもしれない。だが、ディーノとしたら姿を消した弟子のこともさぞ心配したに違いなく、当然の対応なのかもしれなかった。
「てかやっぱりイタリア人なんだよなあ……」
「ツナ……いまさらだぞ」
 確かにそうだ。だが相手は日本語が堪能で、むしろ諺や言い回しなぞ国語が二の自分よりも余程把握していたりする。こういう如何にも外国人ぽい行動を目にすることは少なく、ちょっと驚いた。
「恭弥」
「うん?」
「いきなりでちょっと驚くかもしれねぇけどさ……オレの家族になってくれねぇか?」
 もっと驚いた。ちょっとどころではない。ディーノは声を潜める気はないらしく、人ごみの向こうであるにもかかわらず会話は良く聞こえた。こんな場所で。いやドラマだとかではよくあるロケーションではあるのだが。
「あなたのファミリーに入れっていうの?」
「違う。家族に。オレの息子になってほしい。おまえがいない間いろいろ考えてさ、話はつけた。うん、っていってくれるだけでいいんだ」
 密着するようにたっていたディーノの部下たちが、その規格外のサイズのなかではさりげなく、すこしずつ離れていった。やばい、と思った瞬間には可能な限り己が存在を消しているロマーリオと目があった。人差し指を唇に当てて眉を顰める。すみませんそれはもうとっくに了解です。
 純情な綱吉ではあるが、この会話の意味はわかった。確か同性同士のカップルは親子として籍を入れるのではなかったか。というか、いつのまに。
「そうか、あのへなちょこも立派になったもんだなあ……」
「ええ、これでうちのボスも一人前です」
 しみじみと会話する家庭教師とディーノの部下に困惑する。ここはそんなに温かく見守るべき場面なのか。
「いや……リボーン……知ってたのかよ」
「何だツナ、反対する気か?」 
 その気はなくとも、自分の意見はボンゴレのものとして受け止められる。百戦錬磨な彼の部下たちが途端に緊張して、むしろこっちがびびった。
「びっくりするだろ」
「リング戦の頃に、ヒバリが了承すればキャバッローネで引き取るつもりだと話があった。根回しが済んだんだろう。とっくに話はついている。」
 そういう問題か。年齢までは明らかではないが、一応義務教育期間中のはずの学生である。そんな簡単に。
「ついたって……?」
「うん、だから親御さんとな」
「あんなの親じゃ」
 ない、という前にディーノが指で雲雀の唇を塞いだ。酷い台詞をディーノは嗜めるでもなく微笑んでる。だが綱吉にはわかった。反抗期真っ盛りの自分。危険極まりない職種を勝手に押し付けてくる父親に、打ち解けることなどできそうもなかった。だがあんなにも泣いて縋った母親。一回りも二回りも小さくなったみたいだった。戻ってきてからこっち片時も離そうとしなかった。だが本当は自分の方が、離れたくなかった。ずっと、寂しかった。会いたかった。母さん。
 だから今、そんな冷たい言葉を口にしようとする雲雀は、きっとただ若さから辛辣なことをいっているのではなかった。話がついた? 中学生とマフィアのボスが?
「だからオレがおまえの親になる」
「……」
「家族になる。きょうや」
「……本気?」
「オレがどれだけ心配したかわかってねぇの? ずっとそばにいる。おまえみてぇなやつ目を離しちゃいけないんだ」
「心配する人間なんて僕には必要ないよ」
「そうじゃねぇよ恭弥。オレだけじゃねぇもん」
「そんな物好き、あなただけでいいよ」
「オレが一番、な」
 くしゃくしゃと髪を掻き混ぜる。どうやったって血縁関係があるようには見えないわけだが、髪形だけはほんの一瞬似て、重力に逆らってあちこちを向いた。
「出来るだけこっちにいられるようにする。おまえはまだ学生だしな。マンションも目星はつけてあるし」
「……でも」
「でも例えば長期の休みの時とかには、イタリアにも来て欲しい。一緒にいたい。家族になるんなら。恭弥」
「……」
「……ダメか?」
「…………だっ……」
 めじゃない、という続きは聴こえなかった。ぎゅうぎゅうと雲雀を抱きしめるディーノの姿が見えただけだ。色っぽい場面というよりは、やっと欲しいものを手に入れた子どもが力任せに拘束しているみたいだった。母も、どこにそんな力が残っていたんだろうと思うような痩せた腕で自分を痛いほど抱きしめた。いや、そんなことを思い出すのは間違っているのだろう。二人は違う。
「ツナ?」
 反論は許さない、そんな気配を漂わせて家庭教師が声をかける。だがむしろそっちの対応のほうが意外だった。いや彼に対しても親に対しても、いままで綱吉はその心情を理解しようとしていなかっただけかもしれない。
 ぷは、と胸に押し付けられていた頭を上げて雲雀が呼吸した。真っ赤な顔だ。
「……反対なんて、するわけないだろ」
 そしてそれを覗き込んでいるディーノのへにゃへにゃした顔が見える。いろいろとこの非日常に慣れつつあるが、それでもどこがマフィアのボスだと突っ込みたい感じだった。まあ今更だともいえるわけだが、少なくともいつもはもっと、頼りになる兄貴分の顔をしている。そう考えて気づいた。自分は焼き餅を焼いているのだろう。大事な兄を取られるような。相手がまた自分と同年代の男だというのがいけない。いつだって日本に来たときは子どものように楽しげに、こちらに付き合ってくれる人だと思っていたのだ。だが反対? どうやって。あそこまで雄弁に表情で幸福を表現すべきではない。
「おめでとうございます。ディーノさん」
 勇気を振り絞って声をかける。だが予想したトンファーでの一撃はなかった。思い切り固まってる。
「ツナ! あ、リボーンも!! 来てたのか」
「ええ、ごめんなさい、ちょっと聞いちゃいました。式には是非呼んでくださいね」
「式……? ああ、御披露目の場所は設けるべきだよな」
「ちょっと。なにそれ」
「こっちと、あとオレのファミリー向けにさ。ちょっと顔出してくれるだけでいいし」
「やだ」
「そういうと思ってたけどなー」
 ああこれは照れ隠しなんだろうな、と思う。トンファーは刺々しくギミックを露にしたが威嚇した猫のようにそのまま動かない。ディーノに拘束されているので動けないともいえる。常々思っていたことだが超直感とか必要ない。無いほうがいい。
「ヒバリ」
「……赤ん坊」
「あんまこのへなちょこを困らせないでくれるか。オレは楽しみにしてるぞ」
「そう?」
「ドレスとかな」
「なにそれ」
「似合いそうだ」
「……だからなにそれ?」
「どんな格好でもいいって話だろ。恭弥、出てくれんの?」
「…………気が向いたらね」
「あいっかわらずリボーンのいうことは聞くなちくしょー」
 ぐにぐにとヒバリの頬を揉むと、名残惜しげにじゃあまたな、といった。イタリア人だからかどうなのか、まあ団体の人数が多い所為もあるだろう、そこからがまたやたら時間がかかることは知っている。だがディーノが去る前に綱吉は本気逃げした。いや死ぬ気だ。こんな場所で暴れられては堪らない。
「ツナ、もう外だぞ」
 家庭教師に指摘されてようやく気づく。冷たい風がやけに頬に冷たかった。
「この程度で赤くなりやがって。まだまだガキだな」
「走ってくりゃ赤くなるに決まってんだろ!!」
 にやり、と何でもお見通しの家庭教師が唇を歪める。だがそれをいうなら自分だけではない。意外な顔を見てしまった。なんだか落ち着かない気分で綱吉は飛んでいる飛行機をしばらく眺めていた。
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