翌日の夜、ひどく悲しい気分でオレは目覚めた。どう考えても恭弥は怒っている。当たり前だ。せっかく用意してくれた食事を取らなかったのだ。だから、居間に入ってソファの上、また男を見つけたとき感じたのはまず安堵だった。
「おはよう、ディーノ」
「きょうや! おはよう!!」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめても大人しくしている。なんていい子だ。
「はやくご飯食べなよ」
「あんがとな。……でもこれとそれとは話が別っていうか」
「別じゃないよ。僕も反省した。今度は殴って連れてきてない。あなたがそういう人だってことは判ってるべきだったんだ」

 重々しく頷くと、さあ吸え、とばかりに手で指し示す。基本的な問題点というか性別というものはお判りにはなっていないらしい。
「いや……どうやって」
「薬で。簡単だったよ」
 頭を抱える。これはましになったと見做していいものかどうか。
「コレステロール値が高そうなのもまずかったよね。今度はもっと鍛えてる奴にしたよ」
「鍛えてる?」
「スポーツ選手。プロの」
「……」
 確かにかなり引き締まった体をしている。半ズボンから除いた脚はすごくえらが張っていたし、腕も太い。てか顎割れてる。
「おまえ、どこでこいつ見つけてきたんだよ……」
「ウインブルドン」
「ウインブルドン!?」
「飛べばそんなに遠くないよ。スポーツには詳しくないけど、そこぐらいは知ってる。他にもいっぱいいたよ。いい狩場になりそうだ」
「おまえな、昼は飛べねぇじゃん」
「車のトランクにつめた」
 いうだけ無駄なのは判ってはいるが、見た目はティーンエイジャーな使い魔である。 勿論免許も持っていない。
「………う、うう…」
「さっさと食べちゃいなよ」
「いいか恭弥、確かにオレは吸血鬼だけどな、了解もとらずに人を襲うような真似」
「ア、アのー」
「わりいちょっと待ってな、しちゃいけねぇんだよ。恭弥、判るだろ」
「知らないよ、いつもごちゃごちゃいってるから、食べそびれるんだろ。あんな女たちに時間をかけて何が楽しいの」
「……恭弥」
 睨みつけるような濡れた目に、こっちが泣きそうになった。こんなこと絶対ないと思ってたのに。
「きょうや」
「あのう」
「うるせえ黙ってろ! 恭弥、気持ちは嬉しいぜ」
「さあ? 飢え死にしたければ勝手にすればいいんだ」

 出来ることなら。獲物を追いかけるよりも彼と一緒にいたかった。オレの飢えを満たすのは、この子どもだけなのだ。
 夜な夜な腹を満たすために女性を誘惑し、オレはそのたびに罪悪感と空しさに押しつぶされそうになった。恭弥は気にしてる様子も見せなかったけれど、オレはそれにほっとしつつも、ちょっとくらい妬いてくれればいいのになんて思っていた。なんて馬鹿だったんだろう。オレはどうしたって、こんな生きかたしか出来ないのに。
「オレにはお前だけだよ」
 自分でもわかるほど、縋るような声になった。
「何いって」
「おまえをおいて死んだりしねぇよ。でもさ、無駄に人を傷つけちゃいけねぇし、オレは自分の面倒は自分で見るよ」
「ディーノ」「な、わかってくれよ」
 抱きしめてキスをしながら説得する。ふにゃふにゃになった恭弥をベッドに運ぼうとして、振り向くと男はいつの間にか意識を取り戻していた。勝手に逃げ帰ってくれてもいいのに、と思いながら一応話しかけると、何故か感動に打ち震えている様子だった。少しばかり聞き取りづらい話し方で、この恩は一生忘れないだとかいう。
「………えーと」
「ハイ」
「二時間くらい待っててくれるか。家まで送ってやるから」







inserted by FC2 system