白磁のように透き通る肌、量は少ないが人目を引くプラチナブロンド、北方人種特有の彫りの深い顔立ち。
「なんだこれ」
 日課の長い長い昼寝を終えて居間に入ると、お気に入りのソファの上で大の字になって眠っている人間がいた。
「おい、恭弥、恭弥」
 だからといって安易に恋人の浮気を疑うほど、オレは愚かではない。だがどこからどう見ても不審者である。オレは慌てて、かわいい使い魔の名前を呼んだ。
「何あなたおきたの」
「おう、おはよう……ってそうじゃねえ! 何だよこいつ」

 ぎゅうっと抱きしめて朝の挨拶を頬に落としたところで、何とか我に返って疑問を提示した。明らかに説明が必要な状況なわけだが、恭弥は何当たり前のこと聞いてるのかこの人、って顔だ。いやいや。
「見ればわからない? 夜ご飯だよ」
「へ?」
「あなたの夜ご飯。さっき捕まえてきたばかりだよ」
「……いやそんな、まだ新鮮だよ、みたいにいわれてもな」
 自己紹介が遅れたが、オレの名はディーノ。夜な夜な獲物を求めて街を彷徨う孤独な吸血鬼である。いや最近は孤独というよりは、幸せいっぱいという状況ではあるのだが、そうはいっても食事のために恋人を置いて毎夜でかけなければならないのだ。人を犠牲に血を啜る存在としての苦労というものもある。というわけで何もせずとも食事が用意されているとなればこんな楽なことはない。
 改めて、正体をなくして四肢を投げ出している人間に目をやる。透き通るような白磁の肌。量は少ないが人目を引くプラチナブロンド。北方人種特有の彫りの深い顔立ち。だが。
「……男じゃねぇか」
「だからって何の問題が?」
 きょとん、と小首を傾げたかわいい人は、これはもうさっぱりわかってない。いやもしかすると、毎夜うら若き女性を襲う恋人に焼餅を焼いていたりするのだろうか。いやないな。ない。そういう人ではないのだ。一瞬で結論を下してオレは溜め息をついた。
「大有りだろ! オレは吸血鬼だぞ、いくらなんでもこんな」
「好き嫌いはいけないよ」
「好き嫌いじゃねえよ、ビジュアル的にないだろこれは」
「それが好き嫌いだろ。あなた最近痩せたよ。夏バテじゃないの。スタミナをとらなくちゃ」
「オレは別に血液でカロリー摂取してるわけじゃねぇぞ……」
 自分でもよくわかっているわけではないが、そこから得ているのは生命エネルギーだとかなんだとかそんなものな筈で、間違っても血液に含まれる糖分だとか鉄分だとかで生を維持しているわけではない、と思う。だがまあ確かにソファの上の鰻は、脂がいい具合に乗ってそうな体格の男ではある。頭頂部のみに頭髪を生やした中年男性。……勘弁してくれ。確かに最近痩せては来ている。ここの所どうにも狩りが不調なのだ。だがそれはちょっとした食欲不振というか、どうにも恋人と引き比べて食指が動かなくなるという精神的問題で、別に食おうと思えば食えないわけではない。大丈夫だ。
「食べないの?」
 拗ねたような口調で言う恋人に根負けしそうになるが、これはない。ない。オレにだって吸血鬼としての矜持というものがある。だがこうやって獲物を捕まえてくるのには苦労もあったはずだ。いくら恭弥がオレと違い陽の光で死ぬまでのダメージを受けないといっても、魔術の類は使えなくなる。……今回くらいは譲るべきだろうか。
「きょうや、こいつどこでつかまえてきたんだ?」
 少なくとも労ってやる位するべきだ。そう思ってオレが聞くと、小悪魔は得意げに頷いた。
「プロレスジムに行ったんだよ。スタミナがつきそうな奴がいるかと思って。簡単だった。僕と遊ばないかっていったらすぐついてきたし。また明日も捕まえてきてあげるね」
「………………きょうや」
「どうしたの食べないの?」
「二度とやるな」
 文句を言い出す子どもを無視して男の襟首を掴む。半殺しにして切り裂いてやっても足りないくらいだ。が、そこで見慣れた殴打痕で埋まっている男の首筋が目に入り、気分がなえた。そう、夜でなければ恭弥は魔力が使えない。だがだからといって大人しい存在だとはとてもいえない。
「おーい、おきろー」
 ソファに乗りあがると、ぺちぺちと頬を叩く。だがいくらなんでもこんな危険な人間に永遠の命を与えてやるほどお人よしではない。存分に脅した後に放り出してやるのがいいだろう。男は小さく呻いて目を開けると、こちらが口を開く前に、ひ、と体を縮こまらせた。
「ば、ばけもの!」
「おいおいひでーな。まちがっちゃねぇけど」
「あんた気をつけろ! その子どもだ! 迷子かと思って近づいたらいきなり豹変して俺を」
「……」
 男はオレの腕を掴むと立ち上がらせ、後ろに押しやった。
「逃げろ! あんたみたいにひょろっこい奴じゃやられちまうぞ!!」
「……いやその」
「ねえ、マスター」
「「マスター?!」」
「はやくそいつを召し上がってください。せっかく用意したんですから」
 にっこり微笑んだ恭弥は明らかに怒っている。オレに。確かにオレは恭弥の主人だ。だが出会って今まで、マスターなどと呼ばれたことは一度もない。
「おい恭弥、そりゃオレは吸血鬼だがな、いくらなんでも」
「……吸血鬼?」
「ああ」
「あんた、吸血鬼、なのか?」
「あーまあ、その、一応。だが安心しろ、オレはお前の血を吸うつもりはねーから」
「………………本当か」
「ああ」
 驚いたように男は固まっている。オレは言い知れない罪悪感に駆られた。下らない矜持がなんだというのだろう。見た目で人間を判断するなんて以ての外だ。多分きっと、味は変わりないかもしれない。しかも話してみれば、結構、かなり、いい奴っぽいのだし。
「なんていい奴なんだ! 俺の血を吸わないなんて!!」
「え! いやその」
「ありがとう! 本当にいいのか? そんな痩せて、腹減ってるんだろ?」
「いやいいよ、いいんだ、いい」
「……すまねぇな」
「気にすんな。家はどこだ? 送ってやるよ」
 オレが笑いかけてやると、男は少し泣いた。
「この恩は一生忘れねぇよ」








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