「ほんと、かわいいよなー、恭弥は」
 日誌から顔をあげると、自称僕の家庭教師がそんなことをいう。
「あ、かわいいだけじゃないけどな。綺麗だし、なんつーのか、かっこいい」
「馬鹿じゃないの」
「うん、そういうとこがな。おまえの考え方はシンプルで、潔い。他人のくだらない思惑を気にしたり、媚びたりすることはきっとないんだろうな」
 そんなことはない。
 僕が今どれだけ馬鹿なことを考えているか教えてやったら、この能天気な家庭教師はどんな反応を示すだろう? 興味がないでもなかったけれども、僕は日誌のページをめくって、それに気を取られているふりをした。馬鹿みたいだ。僕がどれだけ他人の………この男の思惑を気にしているか、知ったらやっぱり幻滅するのだろうか? きっとそうだろう。僕だってこの情けない状況をとても受け止めきれていないのだ。
「好きだぜ。恭弥」
「ふん」
 思わず鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、多分これは失敗だ。恋愛のことなぞ知る由もないけれども、僕の知る限り………例えば源氏物語でもシェークスピアでも、口説かれた相手は多少は興味を示すのではなかったか? というか示さなければ話が進まない。ジュリエットだって誰だって、フィクションの中の登場人物は皆、風紀と年齢の点で鑑みれば指導を行いたい言動ばかりだ。だがそんなことを偉そうにいう僕が一番風紀を乱す、どうしようもない行動をとっている。
 だというのに我が家庭教師はにこにこと笑いながら頭を撫でてきて、正気を疑うとはこのことだ。大体この男が口にする僕の評価からして、わけがわからない。かわいいとか綺麗だとか………とても納得できるものではないし、大体僕は潔くなんてない。もしそうだったらもっとなにか、こんなふうに憎まれ口をたたく以外の対応をとれるんじゃないだろうか。
 好きだ、といわれた。このたぶんきっとおそらく頭がおかしいに違いないマフィアのボスにだ。数週間前のことだ。でも、好きになったのはもっと前、初めて会ったときだ、とも。まずそこからしておかしい。僕は見目に拘るような人間ではないから、普段の服装だって身なりを構う方ではなく、とりあえず普通にきちんと制服を着ているだけだし、人好きのするような性格でもない。それにあの日は応接室で二言三言応対をした後は、ただひたすら屋上で武器を交わした筈だ。あの人みたいに派手な容姿だったりするならともかく、そうではないのだからまず一目ぼれされることなぞ冷静に考えてありえないと思う。大体そんな容姿の彼に会ったときの僕だって、とりあえずトンファーで思いきり殴ってやりたい、という一心で、とてもとても恋愛ごとなんて思いつきもしなかったのだ。
「きょうや?」
 すっと、その見目だけは麗しい顔が間合いを詰めて僕の顔を覗き込む。いきなりすぎて、咄嗟に殴ることも出来なかった。不覚だ。
「わ、や、なに?」
「………んんー?」
 僅かに眉を顰める、その表情に胸を掴まれたような心持さえした。ほんの半日ほど前、同じような表情を同じような距離で僕は見たのだ。だけれどもそれは、今の状況における、如何にもまっとうな、他意はない、とお互いに言葉はなく主張し合っているような状況ではなかった。あの時はベッドの上、お互いの下腹部がこれ以上ない程密着している………いや身体の他のパーツだって理性的な距離を保っているとはとてもいいきれない具合だった。どうしてそうなってしまったのかは、未だによくわからない。いや、僕だって子どもではないのだから、好きだ好きだと煩いくらいいってくる相手とホテルに行くということは、つまりある種の行為における同意を示したと見做されても、文句はいえないらしいということぐらい理解してはいる。だけれども、彼が宿泊しているホテルはもちろん、僕の街に存在するということ自体とても認めがたいことだけれども遺憾にも駅前とかICあたりに計五軒営業しているので他業種よりも三割増しで寄付金を納めさせているような、そんなホテルではなかったのだし、それ以前に、修業に明け暮れていた時期は大体彼と同じ部屋に寝泊まりしていた。だから手合わせが終わったあと、何なら休んでいかないかといわれた時も、ああそれは楽でいいぞと単純に思っただけだったのだし、実際そんな流れで泊ったことも、今まで何度となくあったのだ。
 だのに、何で昨夜はあんなことになってしまったのかは、未だによくわからない。いつものとおり、彼がイタリアから持ってくる少し物珍しい菓子をつまんだり、戦闘についての話をした。さっさと一度戦ってみれば話は早いと僕なぞは思うのだけれども、彼は理論派ぶってあれこれとこちらの戦略を批判したり、細かい注意点を述べたりしたがるのだ。そんなこといわれると、今すぐもう一度戦いなおしたいなんて、そんな気分になって困る。だけれども、彼の話が有意義なのは認めるところだったし、偉そうな御モットーを並べる癖して、熱くなりやすいのは彼も同じで、敵と距離をとれなんて口を酸っぱくしていってくるのに、トンファーを掲げて懐に飛び込めばすぐにむきになって鞭で拘束しようとしてくるし、敵の体力を削って勝つみたいなつまらないやり方、例として説明して見せる時の彼の方が酷い顔をしている。僕のためだっていうならただ笑ってればいいんだよって、そのいつもよりつまらなかった、くだらない、けど彼の話から推測すれば少なくないんだろう粘着質の敵を想定した手合わせの批評を聞き流したあと僕は教えてあげて、そして、気づけばキスをしていた。ちゃんとした………って表現が正しいのかよくわからないけど、まぎれもない本物のキスだ。外国人だから挨拶の一環なんだろうと容認していた頬とかつむじとか首筋とか耳とか唇の端とかとは違う、反論を受け付けない程ちゃんとしたキスだ。
「なんだよ、恭弥。どうかした?」
「………別に」
 どうかしたも何もないものだ。破廉恥なイタリア人ならまだしも、まっとうな日本人の僕は一晩経ってもとても冷静に考えられやしない。あの時、気づいたら僕はベッドの上に移動していて、いつも鼈甲飴みたいに甘ったるい色をした彼の瞳が真夏日の炎天下屋外に放置したみたいに蕩けていて、そしてそれが僕を見ているということにどうしようもない喜びを感じていた。いつもは箸だってまともに使えない彼の指が信じられないくらい器用に動いて、僕はそれを息を詰めて見守っていた………馬鹿みたいだ。それに風紀が乱れる。男女七歳にして席を同じゅうせずというが、いやあれは、七歳にもなったらみだりに交流するな、っていう風紀を正しめる意味だったり、七歳程度の幼いうちに籍を同じく………つまり結婚させるなという人権的な問題だったり解釈が分かれるところみたいだけど、いやそれ以前に僕らは男女じゃないんだった、ああ我ながら混乱している。でもそんなことはどうでもよくて、つまりいいたいのは普通一般的にいって籍を同じくするまではこんな………こんな、破廉恥な行為をすべきではないということだ。どんな社会にだって重視すべき文化的プロセスというものがある。例え結果は同じであろうとも、みだりに男女が………いやさっきも思いだしたけど僕らは男女じゃないし、籍を同じくするなんて今の法律では無理だ。そうだ。でもだからといって、気軽にあんなことをしていいという理由にはならない。少なくとも双方の意思確認の必要性があるのではないか?
「………恭弥?」
 いや彼は悪くない。全然悪くない。僕が、つまり相手が、ああまたなんか馬鹿なこといってるという風に受け止めていたにせよ、彼は、好きだ、っていってた。何度も。つまりこれは遺憾ながら僕の落ち度で、気づいた時には呼吸もおぼつかない状況だったとか、執拗なキスに訳もわからないでいただとか、そんなことは言い訳にもならない。僕が風紀だ。風紀委員長として、そのような行為に及ぶ前に一言、何か一言意思表示をすべきだったのだ。
「恭弥、どうした?」
 つまりそれは
「きょうや?」
 好き、だとか。
「きょ」
「う、あああああああ!!」
「あ? ちょ、おいどうした恭弥!!」
「寄らないで!!」
 口に出した瞬間に、あ、これは失敗した、と思った。宙を漂って、そして止まった彼の手を掴んで、ごめんっていいたいいえるわけない。いつも、本当にいわなくちゃいけない言葉の方がずっとハードルが高い。もう一度叫び声をあげそうになって必死で押し殺した。好き。いえないそんな破廉恥なこと。
「………………ディーノ」
「………あー………ちくしょ」
「?」
「怒ってねぇよ。怒ってねぇからそんな顔すんな」
「そんな顔って」
 なに、といいかえす前にぎゅう、と抱きしめられた。咄嗟に息をとめて、だがすぐに大きく吐いて、そして吸った。つんと甘い、香水と、そして多分体臭の混じりあった彼の匂いがする。オレンジのそれに似た彼の香りが好きだってことぐらいは、いつかいえる日が来るのだろうか。正直自信がないけど。
「あ、近寄っちまった。怒ってねぇよな?」
「別に」
 あんなことをいっても怒らないでみせた人に、いくら恥ずかしくても怒っているなんていえる筈ない。ぽんぽんと背中を叩かれて、まるであやされているみたいだ。腹が立たないわけがないのについこうして大人しくしてしまうのは、彼のこの甘い匂いのせいだと思う。うん、きっとそうだ。
「かわいい。はじめて会った時にはな、驚いたぜ。リボーンには問題児だって聞いてたしな、並盛に来るたびにおまえの部下たちは見かけてたし。オレはもう、どんないかつくて長いリーゼントが出てくるんかと」
「草壁の方がいいなら最初から草壁がいいと」
「いやなんでその結論だよ。あー…つまりさ、おまえと応接室で会ったときは嬉しくて、これは運命だ、って思ったって話だよ。実はさ、オレは恭弥とその前に会ったことがあったから」
 全然覚えてない。
「あ、覚えてなくて当然だぜ。会った、つか見たっつうかそんな感じだったし。あの時オレは、雪玉で遭難しかけてたしさ」
「雪山?」
 本当に覚えてない。そも並盛にはいくら雪の日であろうとも、そんな簡単に遭難するような山なぞないのである。思わず首を傾げるとディーノは曖昧に笑った。
「ああ、まあ………山、っていうか、階段? で、オレとしたら現実には思えなくてさ、雪女とか雪の妖精とか、なんかそんなんだと思いこんでたっていうか。だからさ、修行だっていってここに来て、そしたらお前がいてさ、これが日本語でよく聞く、縁があるって奴なんだなって」
「………………まあ、袖擦りあうも他生の縁というしね」
 などとほざいた自分を咬み殺してやりたい。こんなふうにずかずかと心の中まで入ってきてさも家庭教師だから当然だなんて顔をして見せる人相手に、袖擦りあうも何も。否定の言葉を探して、でも何も思いつかない。焦れば焦る程混乱するだけだ。
「ふうん?」
「あ」
 怒ってる? すっと顔が近づいてきて驚いたのは一瞬。彼はすぐに笑顔を形作って、そして囁いた。
「まあ、袖擦りあったなんてレベルじゃねぇよな?」
「な!」
 思っているのと同じことをいわれただけなのに、どうにも恥ずかしい気分になってしまうのは、彼のその思わせぶりな口調、それとも近すぎる顔の距離が問題なのだろうか。情けないことに、即座に僕の頭は昨夜の記憶でいっぱいになってしまう。
 昨夜。気づけば運ばれていたベッドの上で、僕自身よりも僕のことがわかっているみたいに、彼の指が唇が僕の上で躍った。そのことに喜びよりも驚きよりも先に怖れを感じた………のが今ならわかる。でもあの時はただ、混乱して息を詰めるばかりだった。何かを怖れたことなんて、いままでほとんどなかったから。でもそんなことも彼は僕より先に気づいたのだろう。多分彼はもっと先の、なんていうかもっと突き進んだ行為を望んでいたらしいのに、そしてその為に僕のそこを弄ったりもしてい………たのに驚いて蹴っ飛ばしたのが今思えば不味かったのだろうか、彼は変な声をあげたあと、笑って、「今日はここまでな」といった。だから多分彼にとっては、不満足な行為だったのかもしれないけれど、僕にとってはその後に行われたことも充分すぎる程衝撃的すぎるものだった。
 その後、僕らは袖以外のものを擦りあったのだ。
 いや正直にいえば、擦りあったというのは正しくない。途中から僕はただ彼の指に翻弄されるばかりで、握っていた、といった方がより的確な表現ともいえる有様だった。自分でも無様だったと思うのに、彼は愛しげに僕の名を呼んで、首筋に顔を埋めて………ああなんでこんなことを思い出してしまうのだろう。
「アレだって擦りあった仲だしな! 多少なんてもんじゃないよな」
「………」
「え? あれ? 怒ってる? きょうや」
 怒ってない。むしろほっとしている。破廉恥なことを考えてしまうのは僕だけではなかったのだ、という事実にほっとしているというのもあるが、何よりも彼が擦り「あった」と見做してくれているということに。だけれども僕には日本人として、彼に教えてやらねばならないことがある。
「多少、じゃないよ」
「え? きょうや」
「多い少ないの多少じゃない。他の生、つまり前世とかそういうのを指しているんだ。袖が擦りあうだとかのささやかな出会いも前世からの縁があるっていうことだよ」
 まあ説明している僕の方も、前世だとかなんだとか信じている筈もないけれど。だいたい命は一度きりだからこそ、皆本気で戦おうとするのだ。そうでなければつまらないことこの上ない。だが、普段からことわざだのなんだの、日本文化に対して偏った方向に興味津々な人だ。そう思って説明したのだけれども、彼は西洋人で輪廻転生の思想のない宗教圏の生まれである。明らかに困惑したような表情を浮かべて、だがすぐにぽんと手を打ち合わせた。
「ああつまり、オレと恭弥は袖なんてレベルじゃねぇもんを擦り合わせたわけだし、前世でも恋人同士だったに違いないってことだな!!」
「………え?」
 なんでそうなる。てかなにその論法。
 明らかにおかしい。だが目の前のマフィアのボスは、なんか照れるなだとかいって如何にも面映ゆそうにしている。いやいや。
 くだらない、と切って捨てるのは簡単である。実際ことわざの由来として説明したものの、僕は前世だのなんだのといった非科学的なものを信じてはいない。だけれども、咄嗟に僕の頭に浮かんだのは、あの男、何とかいうファミリーの昔の守護者で、秘密諜報部のトップだとかいう男だった。認定試験だのといって顔をあわせたけれど、非常にいけ好かない、身勝手で訳のわからない男だ。だがそうはいっても、ディーノが入れ入れとしつこくいう群れの初代守護者の一人で、全く力を認めていないという訳ではない。実際いつだったかの戦いの中で、初代の頃の記憶なるものが与えられて、まあその昔誰がどのように考えていたかなんて僕の関知するところではないけれども、その中でもその男の行動や考えだけはひどく理解しやすい、納得のできるものであったのだ。
 それに、あの男の容姿は、年齢や人種の違いをさて置いても、ひどく僕に似ていた………と思う。だから多分、もし前世なんてものがあるなら彼がその?
「馬鹿じゃないの」
「え!? いやなんでだよ。オレは生まれ変わったっておまえを」
「認めない」
 僕の前世だなんて。
 僕の前世で、しかも昨日僕が彼とあんなことをしたから、彼の前世の………多分順当にいくならキャッバローネの初代ボスだとかそういう人と恋人同士だなんて。何様のつもりだ。あんな性格の悪い、戦おうといっても素直に戦おうとしないつまらない男と彼の前世が恋人同士なんて、明らかに間違っている。僕だってそうじゃないのに、いやそれは純粋に自業自得なのはわかってる。ひとこといえばいいのだ。ひとこと。勝ちのわかった戦い。昨夜、いやそのずっと前からそれに挑もうとしてきて、でもリングに上がることすらできなかった。いえる筈がない、好きだ、なんて。あの男はいえたのだろうか? 考えて、つい笑った。だとしたところで、彼にふさわしくないという事実は変わらない。彼は、彼の前世はきっと彼の前世であるからして、強くて、とても強くて、すごく強くて、そして多分彼と同じくかわいい人だろう。あんな非戦闘的な奴、とても釣り合いが取れないのだ。きっとそうだ。
「きょうや、笑うなって。オレは真剣だぞー」
「やめときなよ」
「なにいってんだ。恭弥の前世だったらきっとすっごくかわいいに違いねぇ」
「馬鹿じゃないの」
 この浮気者、と続けそうになって何とか飲み込んだ。まだ、僕にはそんなことをいう権利はないのだ。だがそうはいっても腹がたたないかといえばたつに決まっているわけで何をへらへらと、というか大体何でそんな迷信如き理由で、僕の前世が自分の前世に惚れて当然みたいな、そりゃディーノの前世だったらすっごく強いに違いないけど自惚れるのも大概にしておけという話だ。
「なんでだよー。しかたねぇだろ、あんなもん擦りあっちまった仲なんだし。もう観念しとけ」
 ちゅ、と向かい合ったまま首筋にキスがおとされた。くすぐったい。だがこんなことで、いつもみたいに僕が大人しくなると思ったら大間違いだ。大体ちょっと僕より手慣れているからといって余裕ぶったその態度が気にくわないのだ。
「はっきりいっておくけど」
「………恭弥?」
 すっと固くなった声に溜飲を下げる。怯えたみたいな瞳。そうだ、それが正しい。あまり僕のことを甘く見ないことだ。
「あんなことしたからって、いい気にならないで貰えるかな」
「恭弥………いやそれは」
「あんな………もの擦ったからって、前世でまで僕があなたに惚れてるとか、そんなの決まったわけじゃないから。自惚れないで!」
「………」
 何とかいいきって、大きく息を吐く。いった。いってやった。
 だが顔をあげた瞬間に後悔した。ディーノはどこぞの仏像みたいに、いやどこぞのローマのダヴィデ像みたいに固まっていて、明らかに失敗である。大体好きだって今日こそいう筈だったのに何でこんな………こんどこそ愛想を尽かされたって文句はいえない。決定打である。たぶんきっと、気にくわなくても、彼の前世は僕のもの………じゃなくて僕の前世のものだっていってやるべきだったのだ。
「………恭弥」
「ディ………ノ」
 間近で見る彼の瞳は、いつだって息を呑む程綺麗だ。僕は視線をそらしたくなる衝動と、その美しさの持つ引力との間で、固まったように動けずにいた。それらの力はまるで拮抗するかのようだったのに、僕が只ひたすら彼の瞳を覗き込んでいたのは、彼が僕の顎を固定して僕の眼の奥を覗き込もうとしていたからだ。
「………こっち、見るな」
「なんで?」
「何ででも」
 理由なんてない。ただわかっているのだ。彼と視線が合えば、僕は平常心ではいられない。
「わかんねぇよ。あんな熱烈な告白されて、大人しくなんてしてられねぇ。恭弥かわいい。最高だぜ」
「告白?」
 ぎゅむぎゅむと抱きしめる腕が力を強めてきて、僕は呆気にとられた。告白? そんなものはしていない。というか、そんなもの、簡単にできるなら苦労はないのだ
 
ここ数カ月ずっと、僕の中の風紀を守るために彼に意思表示をしなければと思い続けていて、でも一度だっていえたことはなかった。好きだって、世界で一番好きだって、ずっと並盛にいて僕と戦っていればいいのにっていつも思ってるなんていえやしなかった。恥ずかしい。その癖結局昨夜はあのありさまだ。正直いつかこうなってしまうのではないかと恐れていた。ああ僕はふしだらな男だ。告白もせずにあんなことをしてしまうなんて、倫理観が欠けると批判されても文句はいえない
 
だが考えてみれば彼だって悪いのだ。相手の心を推し量る態度に欠けている。そもこちらは、女と見れば口説くようなラテン系民族とは生まれも育ちも違うのである。告白なんてそんな簡単にできるわけない。彼みたいにぺらぺらと好きだとか愛してるだとかいえたら苦労しないのだ。
「きょうや?」
「好っ………!!」
「どうした?」
「………なんでもない」
 危なかった。咄嗟に頭の中を渦巻いていた啖呵をそのまま切ってしまいそうになった。
 だが僕だってここまで失態を重ねれば流石に学ぶこともある。そんなことをいえば、今度こそ愛想を尽かされてしまうだろう。
「ねぇ」
「ん?」
「戦おうよ」
「へ? いやなんでこのタイミングで?!」
「いいから」
 思い切り戦って戦って戦えば彼だって馬鹿なこという余裕なんてなくなって、僕だって告白できる筈。新たな期待を胸に僕は屋上に向かった。勿論何度となく失敗している策だが、僕が強くなって彼を打ち負かせば問題はないのだ………きっと今日こそ勝てるに違いない。













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