おまえがかわいいから


「あなたが好きだよ」
「え………なんで?」
「理由が必要?」
 心の底を覗き込むような透き通った眼。唐突な告白だというのに、気負いも恐れも恥じらいすら感じられない。あどけない表情は子どものようで、ディーノはこんな場面だというのに、頭を撫でてやりたくなった。
「え、だって………恭弥は男が好きな奴なのか?」
「なにそれ? 好きに男も女もないよ」
「いやあるだろ。あ、あれか親愛とか先生とし」
「違う」
 雲雀がそういうのならそうなのだろう。だがこのかわいい弟子と、恋愛を結び付けて考えたことが、ディーノは未だかつてなかった。だがバイだって多分きっと、男女どちらかよりの比重があるはずだ。だってそうだろう、どちらも受け入れ可能だとしても、異性の方が好きならわざわざまだ差別の残る社会でアウトサイダーを貫く必要性がどこにある。バイ? 考えてディーノは愕然とした。まだまだ恋愛よりも戦いのほうに興味がある、子どもだとばかり。
「あなたが好き」
 かわいい弟子には幸せになって欲しいと思う。だがその幸せは、ディーノの想像の及ばない、あらゆる制約を解き放った場所にあるようだった。彼は浮雲だ。彼にはきっと男とか女とか、そんなことは全く些細な違いでしかないのだろう。
「恭弥は、オレのどこが好きなんだ?」
 聞いたものの答えは期待していなかった。例え答えてくれたとしても理解できる気がしない。マフィアのボスなどよりもずっと、ふさわしい相手はいるはずではないか?
「強いから」
「………それは」
 嘘だ、とはいえなかった。ディーノより強い人間は多分この世界にはそれなりにいる。己の師からしてそうで、雲雀がそれを知らないはずはないのだ。男女に拘らないというのなら、見た目の年齢など更にたいした障害にはならないはずだ。あんなわかりやすい人間がいながらディーノが好きだというのなら、それはこの世の誰よりも雲雀にとって自分は。
「そか………ああそうか」
「あなたはどんな人が好きなの?」
 えへん、と偉そうに胸を張って聞くのだから笑ってしまう。このかわいい人は多分迎合しようなどという気はまったくない。
「やっぱり強い人?」
「やっぱりってなんだよ………流石にそこが評価基準じゃねぇよ」
 まったくというわけではなく、マフィアのボスと付き合うとなれば、それはかなりの精神的強さが要求される。というかそういうタイプでなければまずご承諾いただけない。だが肉体的な強さであれば、部下たちの協力である程度フォロー可能なわけだ。
「………そう」
「恭弥、あのなあ、誰も彼もおまえと同じ考えで生きてるってわけじゃないんだぞ」
 きついことをいうようだが、それでも師匠としてディーノは口にした。いくら自分が彼と同じものを見てやりたいと常々願っているとしても、それは無理なことなのだ。
「だって………僕は強いから」
「………おまえは」
 強いよ。そう思って、だが口にはしなかった。雲雀は充分に知っているだろう。他の、彼が既に持っている多くの美徳には無関心なくせに。
「じゃあ、どんな人が好きなの。きらきらしてるとか?」
「おま………それは。いやそのあれだな、美人かどうかとかはどうでもいい、とはいわねぇけどな、やっぱかわいいとか………」
「ディーノ?」
「………かわいいとか………いやまあかわいいとか?」
「なにそれ」
 む、と眉を顰めた弟子を見る。浮かんだ感想は、いつも彼と会うたびに心の中で繰り返しているものだ。そうだ。男だからとか弟子だからだとか、そんな瑣末な条件を取り払ってみれば実に簡単だった。なによりも、彼が誰よりもそう見えるというのならば疑いようもなく。
「恭弥が好きだ」
「え………………………なんで?」
「理由が必要か?」
 かわいい人の機嫌を損ねそうな理由は黙秘したいところだ。常々口にしているところで、きっともう判っているに違いないのだけれど。
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