Cenerentola ( Castello  della  Namimorijinja )


「あっ……ぐっ……がっ……つっ……ぐへっ!!」
 虹色に輝くバカラの十センチピンヒール。いかに華奢に美しくデザインされていようとも、オレの足が収納できる時点で大層ごついそれは、見事に綿々と続く神社の階段に蹴つまずいた。
「いってえー…」
 体中が痛い。地面に辿りつくまでに三回はバウンドした。泣きそうな気分で空を見上げる。あの子どもの髪のような夜空に浮かぶのは薄墨の月だ。
「こーしちゃいられねー」
「待ちなよ」
 振り返ると闇から生まれ落ちたような子どもがいた。たたなければ。たって此処から去らなければ。だが地面に張りついたように体が動かなかった。
「ごめん、オレ、もう行かなくちゃ」
「僕の用事はまだ終わってないよ」
「恭弥…駄目なんだよ、すぐまた」
「戦いなよ」
「ききわけてくれよ、な?」
 熱に浮かされたような目。だがそれをいうなら自分もそうなのだ。楽しかった。帰りたくなかった。子どもみたいな気分で、いつまでも遊んでいたかったのだ。
とん、と軽やかに恭弥は階段の中程から跳躍するとゆっくりとオレのほうに近づいてきた。そしておよそ雲雀恭弥らしくない動作でそれをオレの足元に置いた。
 ガラスの靴。
 軽やかに動ける靴。軽やかに踊れる靴。改めて見ればそのヒールは針のように細くて、何で立って歩けたのか不思議なほどだ。だがオレはほんの少し前まで彼と武器を交わしていた。彼の実力はまだまだ子どものものだったけれど、問題はそこじゃなかった。月光の下。熱狂的に、全てを忘れて。ああ、オレは本当はこんなことをしていていい人間ではない。
「恭弥……」
 どこか遠くの、日が変わることを伝える時計の鐘の音が聞こえた。魔法が解ける。肌に纏っていた高揚がひいていくのを感じた。馬鹿なことをしたという後悔。だが彼の目にまだ浮かぶ熱に羨望を感じたりもして、オレはまだ馬鹿なままだ。
「……ディーノ?」
 南瓜の馬車は赤のフェラーリに、白い馬は亀に、鼠の御者は髭面の黒服の男に。魔法が解ける。オレはもう裁きを待つ気分で公正で平等で傲慢な、オレの裁判官の顔を見上げた。
「ごめん、きょうや、オレ……オレは」
「……」
「本当は、マフィアのボスなんだ」
 恭弥は黙って靴を拾うと、オレの足をそれに押し込んだ。笑っちまうほど不似合いな靴だ。
「跳ね馬」
「ごめん、……ごめんな」
「そんなこと、とっくに知ってたよ。へなちょこ」












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